【第4章 うごく 第34話 ファイティングアリシアというネーミングセンス】
光也が納得した様子をちらっと確認した紗耶香は、場を次へ移すように席を立った。
「ありがとうございます、安田主任。次に、NSS側からの報告です。過去72時間のうち、閃電白虎による侵入試行が15回。現状の分析で言えることは、知識層と実行層の存在は把握した。そしてどんな存在なのかは把握できていないが、実行層は何かにつながっている可能性も把握していると予測しています。つまり『人格記憶層』の物理的な存在は把握されていると考えています。ここ3回の侵入試行においては、この人格記憶層への介入の試みが見られるのがその根拠です」
会議室にため息が漏れた。
「これは彼らが、『知識データではなく思考プロセス』つまり『アリシアそのもの』を盗もうとしている可能性があると、我々解析係では見ています」
その空気を打ち破るように、光也が軽く手を上げて発言した。
「それなら、あげちゃえばいいじゃん。プレゼント・フォー・ユーだよ。どうせさ、同じ教材を渡して、同じ脳みそプレゼントしても、アリシアにはならないよ。だって、アリシアってプロのエンジニアたちが商品として作ったものじゃなくってさ、美咲ちゃんと悠太君が、バカみたいに長い時間を費やして、毎日毎日会話に対する返答のどこが変か、アリシアが出してくるテストとかスケジュールとかを、アナログっぽく怒ったり直したりしながら、アリシアに教えていったという、あの二人の弟子みたいなもんじゃん?どの順番でどの知識が入ってきて、どういうタイミングで『意味』を学んだかって、すっごい大事なんだよ。だから……アリシアは、マジ奇跡であんな頭の良い子になったんだけど、今アリシアが学んだすべてのデータを、ハイどうぞって渡して勉強させたとしても、相当バカな子が出来上がるだけだと思うけれどね。同じ材料で作ったAIっていってもLLM(大規模言語モデル)対アレクサとかOKグーグルとかよりももっと差がある結果になると思うよ」
会議室が静まり返ったまま、数秒の間があった。
その沈黙を冴子が破った。
「まあ、『あげる』としても、簡単にはいかないのよ。国家の犬である私たちが、共産主義国に国家の持ち物の何をどうやってあげることができるのよ?個人的に缶コーヒー奢るくらいが関の山なのよ。私たちは私たちの仕事として、漏れてもいい場所と、絶対にいじられちゃダメな場所、そこをはっきりさせましょう。厚労省、エリシオン、NSS、それぞれの防御対策とリスクの擦り合わせが必要よ。どこなら『囮』を置いても安全か。どこを突破されたら、『人質を取られた』と判断すべきか。線引きを再構築しましょう」
紗耶香が頷く。
「了解しました。我々で防御マップを再整理します」
その時、光也が再び手を挙げた。
「ちょっと時田室長にお願いがあるんだけど」
突然話を振られた時田は、少し驚いた表情で光也に顔を向けた。
「なんでしょうか?」
「いざって時の話なんだけど……『ファイティングアリシア』作っとこうよ!これ、悠太君しか無理なんだけどさ、アリシアに『攻撃特化ブロック』を別途インストールして、まったく違う場所に保管しておくの。いざとなったら、そいつを起動して、閃電白虎と戦わせるの。ほら、『データでできた兵士』ってロマンあるじゃん。美咲ちゃんベースのファイティングアリシアなんてさぁ、冴ちゃんよりクールで嫌な感じの喧嘩しそうじゃん」
会議室の空気がまた微妙に動いた。時田もまた、眉間にしわを寄せた。
「えぇと、つまりNSSやエリシオン社のエンジニアだけではなく、アリシア自身に対応させるべきだし、他の業務の安全を担保する為に、別場所にアリシアが攻撃を受けている時に対応するような特殊プログラムを設置しておくということですか?」
「そうそう。アリシアって、他のAIとは全然違う作りだからさぁ。もしかすると、勝っちゃうかもよ。ボロ負けするかもだけど……閃電白虎といつもやり合っているのってさぁ、沖田係長の攻撃対策係や紗耶香ちゃんのところの解析係なんだよね。僕も趣味で参戦する時あるけれど、閃電白虎って結構強いんだよ。人数が多い国だから、当然IQ高いやつの人数も多いんだ。だから結構押されるんだよね。事前に準備しておくのは僕ら人間の仕事だけれどさぁ、殴り合いになった時は『ファイティングアリシア先生、お願いします』って、呼び出せるようにしておいた方が良いと思うよ」
冴子は小さくため息をついた。
「時代劇の悪代官じゃあるまいし……でも光也はほんと、時々恐ろしく的確なことを言うわね」
「何言ってるんだよ、冴ちゃん。いつもいつでもニコニコ的確な事しか言わないよ。ぼくは」
冴子は笑いながら言った。
「時田室長。私も光也の意見はごもっともだと思います。アリシアは本来医療特化型のAIでしたが、特段の調整なしに、全省庁のプラットフォームとして活躍している。ここまでの専門性の拡大をやってのけたのも、やはり土台の違いがあるからだと思うのです。ダッさい名前は別として、アリシアの自己防衛用反転攻勢システムを別場所に搭載させることには、私も賛成ですし、たぶん向上係長と沖田係長も賛成してくれると考えます」
二人の係長は、大きくうなずいて賛成の意思を時田係長に伝えていた。
「ファイティングアリシアのどこがダサいんだよ。冴ちゃんはセンスなさすぎ」
光也は不満げな顔で、シベリアの包みを開けた。




