【第4章 うごく 第33話 行いを律するのが性格】
霞が関にある中央合同庁舎第8号館。そこにある内閣官房国家安全保障局、通称NSSの外事課の会議室には、NSS内のサイバー攻撃などに関する専門家と、アリシアの雇用主である厚生労働省の高次情報解析独立支援機構室の室長時田健一と副室長の坂本純也。アリシアの持ち主であるエリシオン社の安田幸太郎プロジェクトリーダーと安田悠太主任技術者が集まっていた。
NSSのサイバー攻撃に対する専門部門である情報分析課、その中でも攻守の要である情報技術解析係の向上紗耶香係長が立ち上がり声を上げた。
「皆様、今日はお忙しいところありがとうございます。ここ最近、共産主義国の人民解放軍情報部内のサイバー戦部隊である閃電白虎と思われる脅威対象から度重なるサイバー攻撃を受けています。これについて皆様での情報共有並びに今後の対応のご相談をしたくこの場を設けさせていただきました。まずはハードウエアとしてのアリシアの状況を、エリシオン社のアリシアプロジェクトの主任であり生みの親である安田悠太SEからお願いします」
流れるように場を進めた紗耶香から引き継いだ悠太は、多くの人前で上手に話すのは苦手であるが、自分の仕事だし、知った顔ばかりのカンファレンスだったので、多少の緊張で済んでいる表情で立ち上がった。
「では、アリシアの構造と現在の配置について、まずご説明します」
スクリーンに投影されたのは、三層構造の図だった。
「アリシアは、簡単に言えば三つのブロックに分かれています。一つ目は『知識層』です。これは医療論文、行政文書、全国の病院で記録された会話ログなどを統計化した、いわゆる『教科書』みたいなもので、主にクラウドにあります。二つ目は『人格記憶層』。これは……過去の会話や、人間との関係性から得られた感情的な記憶を蓄積している部分で、厚生労働省のサーバールームにありますが、完全にローカル、つまりインターネットには接続されておりません。そして三つめが『実行層』。今この瞬間に誰かと会話しているアリシアの『頭脳』で、厚労省のサーバールームに設置された中枢計算機群です。このブロックはデータ保存装置は持たず、考える部品である、CPUやGPUと、一時的な記憶装置であるメモリしか搭載していないため、データを恒久的に保存しておくことはできません。」
会議に参加している光也が手を上げ、指名される前に話し出す。
「悠太君、知識層はクラウドってザックリ言っていたけれど詳細まで共有しておいてよ」
「すみません。知識層についても主に3階層に別れており、医療や行政のデータクラスタ、つまり医療論文や行政文章などはNFCと富理通の国内クラウド事業者サーバと政府統合クラウドであるGovCloudに分散収納されています。ここは私どもエリシオン社と厚生労働省の高次情報解析独立支援機構での共同管理ということで進めています。次にユーザー会話統計クラスタ、つまり医師などの医療機関や官公庁の職員の方などのと会話から抽出された非個人化統計パターンは分散型SaaSクラウドであるGoogleクラウド、AWS,AzureGovに分散収納しています。ここは私どもが管理しています。最後に外部知識汎用モデルクラスタとして、つまり書籍情報やニュース記事、専門FAQなどのオープン情報については、グローバルCDNに収納しており、この管理は現在15社前後の外部委託先と契約し、そのうち3社が中核クラウドインテグレーションを担当しています。情報の種類によっては、翻訳業者や大学研究室との一時契約も含まれます。もちろん、これら全体に対してはエリシオン社側でアクセス監査がかかっています」
悠太の説明を聞いた光也は、さらに質問を重ねる。
「二つ目の人格記憶層って完全にローカルって言っていたけれど、どこともつながっていない訳じゃないでしょ?ここ重要だよ」
「はい、すみません。人格記憶層は厚労省のサーバールームにあって、外部ネットワークには一切接続されていません。実行層とだけ情報のやり取りが可能な状態です。この通信も、一方通行しかできない光トランスファーで制限されている。つまり『アリシアが記憶を残す』ことはできても、『誰かが記憶を盗む』ことはできない設計なんです」
「でも悠太君。それだったら実行層に影響を与える事が出来ないから、そんな存在意味ないじゃん。実行層が思考する時に、人格層との相互やり取りで実行層に影響を与える訳でしょ?その説明じゃ存在意義が消滅しているよ」
「……そうですねぇ、光也さんの言う通り。もし『完全に切り離されてる』だけなら、人格記憶層なんて存在の意味がない。アーカイブ墓場になってしまいます。だけど、アリシアの場合は違います。実行層は人格記憶層に『質問』はできる。でも『命令』はできない。人格層からの情報は、答えじゃなくて気づき?ヒント?として届きます。たとえばアリシアが何かを判断するとき、『その考え方、昔美咲ちゃんから教えてもらった考え方とは違う』みたいな『感情的ズレ』が人格層から信号として返るんです。そうすると、実行層は自分で考え直すようにプログラムされてる。要するに、人格記憶層はアリシアが『アリシアであること』を守るための基準点といえます。魂みたいなもん。アクセスはできる。でも命令はできない」
置いてきぼりになっている、厚労省の二人の表情を読んだ冴子が口をはさんだ。
「つまり『実行層』で人間の命令や相談を聞いて、『知識層』のデータや理論から答えを調べてから『人格層』にその答えを送る。すると人格層はその答えを出してよいか、やり直しか、YESかNOかを実行層に伝える。YESであれば実行層は人間に提示するし、NOであれば再度やり直す。その判断基準は、アリシアが美咲ちゃんや悠太君と話して積み上げられた『アリシアらしさ』によるものである。つまり最終的な審判の役割が人格層ってことで良いのよね?」
光也はその説明を聞いてこう言った。
「という事は知識層の主な作りは記憶デバイスで、実行層は考える為のCPUやGPU。人格記憶層はその両方……つまりやはりアリシアの本体はこの人格記憶層であるってこと?」
悠太は眉間にしわを寄せて、考えながら言葉を探した。
「そうですね……AIとは人工知能です。人間の思考の模倣なわけですが、人間も今ここでアリシアのハードについて共有を図ろうとしている僕たちがいる。ある意味こっちが本体です。つまりアリシアで言えば実行層が本体。でもそれは今までの経験や勉強から培った知識をベースに話している。それが知識層であるから、それもまた本体。一般的なAIはここまでなんですけれど、人間は、光也さんが子どものころの経験から獲得した『性格』がこれらを凌駕して、思考の方向性に影響を与える。アリシアの場合も過去に美咲ちゃん……すみません。このアリシアを作った僕の妻である、当時の黒田美咲さん、いまは安田美咲先生ですが、その美咲ちゃんと僕との会話で培った『性格』が思考に影響を与える手順を組み込んである。だからこれも本体と言える。難しいです。どれが本体なのか?については……」
「でも悠太君。僕の質問のハード的な作りとしては、知識層は記憶デバイスがメインで、実行層はCPUやGPUの演算がメイン。人格記憶層は記憶デバイスと演算デバイスの両方。いうなれば、社会人としてのアリシアは、知識層と実行層の組み合わせで1階層。人間としての……人間じゃないんだけれど、人間としてのアリシアは人格記憶層で1階層。この2階層の融合で成り立っている。これで良いんだよね?」
「そうですね。3階層というよりは確かに2階層の作りです。置き場所を説明する為に3階層として資料を作りましたが、働きとしては光也さんが言ったように、2階層と考えたほうがわかりやすいですね」
光也は満足げな顔で言った。
「やっぱり僕はすごいよね。悠太君より頭良いんだ」




