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縁の理(えにしのことわり)中巻~ReTake.ZERO~悪(あく)のいない世界の片隅で、なぜ銃は火を噴いたのか?  作者: 平瀬川神木
第3章 みちびく

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【第3章 みちびく 第28話 アリシアが育った生活環境が紡ぐその性格】

 東京・霞が関、首相官邸の地下のさらに地下空間のCCC。深夜1時、警告灯が突如赤色に切り替わった。

「異常通信量。接続元は国外、複数IPから同時多発的にアクセスされています!シグナルレッド、トリガーレベル3」


 モニターの前で向上紗耶香係長が保温マグカップのコーヒーを一口飲んだ。

「アリシアの医療データが保存されている、NFCと富理通のクラウドサーバーに念の為仕掛けておいたトリップワイヤが発報してから20分弱。お祭りが始まっちゃった感じね。脅威対象は閃電白虎で間違いなさそう?」


「断定はできませんが、以前の痕跡と酷似。閃電白虎の可能性大です!」


 全員が装着しているヘッドセットに、サイバー攻撃対策係の斉藤副係長の音声。

「ご苦労様です。斉藤です。ここまで特定通路の遮断とNFC側に相手の通路が丸見えになるように支援してきましたが、物量増加により限界です。ここから先はNFCサーバまでのルートを切り替えてしまい、一度我々の部屋を通らないとたどり着けなくします。我々の部屋に訪れた招かざる客を、自動プロトコルで叩きます」


 ニヤッと笑った紗耶香。

「今夜は一番隊組長じゃ無くって、三番隊組長だったのね。了解こちらは念の為政府クラウドをミラー化して入れなくしちゃってから、脅威対象の家まで逆走をかけます」


「私の斉藤は新選組とは字が違います。沖田係長も名前の字が違います。解析係は向上組長が夜間当番だったのですね」


 紗耶香はコーヒーを笑いながら飲んだ。


 別のエンジニアが報告を上げる。

「通信ログに、前回の攻撃パターンと酷似したトラフィックシグネチャが見られます。かなり手の込んだフィンガープリントです」


 紗耶香は短く息を吸い、指示を飛ばす。

「全ルートモニタリングを強化。前回の侵入パスを封じて!副経路の変化も見逃さないでね」


ーー


 一方、時を同じくして共産主義国・某地下施設。巨大なディスプレイに映し出されたアリシアのUIログに、無数の数式、応答文、トークン解析が流れ込む。


「入った。既知のセキュリティパラメータと一致。対象システムはHTTPS443番ポートで構成、セッション管理は弱い」


「バックドア検出なし。だが逆に、それが人工的な匂いを強めるな。やはり個人開発的アーキテクチャ……」


 閃電白虎のリーダー格・チョウ(周)は冷ややかに指示を出す。

「今日の本来目標は、アリシアがどのように分散されて、どこに何があるのかを探ること。その手段として、アリシアシステムの言うなれば食べこぼし構築データをかき集めることだ。お前たちにとっては朝飯前だぞ。まだ朝飯まで6時間以上もあるが。民間のクラウドサーバなんてオープンと一緒だ。さっさとデータを集めちゃえよ!モジュール単位ではなく、連携インスタンスを探れ。多分、ユニット連結がベタ書きされてる」


「了解。プロンプトコード内部から、通信履歴、演算履歴、クラウドAPI接続ログを展開中……」


 閃電白虎内での共有報告が続く。

「ファイル構造が破綻している部分があります。dummy_hash_v3.json、debug_temp_3、function testBackupOverride()など、開発者テストファイルが混入」


「まさに食べこぼしを見つけました。これはおそらく民間個人相手の無料クラウドサーバのURLではないでしょうか?クラウドストレージのURLがある」


「複数ある。潜ります。20件……すべて旧世代の無料ストレージ。アカウント名、異なるがパターンは同一。ファイルの最後の更新は5年以上前」


「中身を確認。バックアップ済みであっても一部破損。音声データとテキストデータです。相当な量です。全データ抜き出し完了……17億文字数以上のテキストと、6千時間以上の音声ファイルの抜き出しに成功です」


 そのURLの一つにアクセスすると、音声ファイルが残されていた。データ名は「msg_0148_misaka.wav」


「……これは、会話データ?」


 深夜の薄暗い閃電白虎の室内に、若い女性の声が響いた。

「アリシア、悠太君に伝えておいて。今週末は二人の時間を優先する事。最低4時間は二人の時間を作る事」


「アリシア、それは違う。私の望む要約とかまとめとは、全体均等に文字数を減らすことではないの。それは要約とかまとめと言わない。要約とかまとめは、その文章全体に、起承転結を当てて、どの部分をどの程度薄くするかを見極める事から始めなきゃダメよ。わかる?」


 続いて若い男性の声。


「アリシア。気持ちはわからないでもないけれど、目的を達するために手順と手段を選ばないのは、ユーザーを置いてきぼりにして、結果その答えが使えないものになってしまうからダメなんだ。ボタンを増やせばいいってもんじゃないよ。美咲ちゃんが作ったUIをこのままにして、アリシアが問題と考える点の解決をもう一度一緒に考えようよ」


「アリシア、美咲ちゃんに。今夜はお父さんも一緒にだけど、フカフカとカリカリ、美咲ちゃんの意見を優先したいから、夕方四時までに教えて欲しい。連絡なければ前回カリカリだったから、今回フカフカになります」


 チョウは手を止めた。

「これが……開発当初のログか?個人間のやりとり?まさか……AIアリシアに関係があるのか?……誰か。日本語がわかる人間に翻訳を頼んでくれ。ニュアンスから前後関係やこの音声データがしめるモノを。AIじゃダメだぞ。人間に頼んでくれ」


 同時に別ユニットの技術兵が報告する。

「UIの過去ログ、対話履歴、トレーニングデータ群に埋もれている。このアカウントがアリシアの初期人格設定と関係していた形跡が強い」


「つまり、これはアリシアシステムの『人格設計』の基礎として利用された記録か……」


ーー


 一方NSS。

「一部クラウドURLにアクセスされた形跡あり。だが、元データは旧式の無料ストレージ。アクセスされたのは……まだ生きている無料ストレージアカウント1件のみ」


「中身は?」


「音声ファイル。ですが……暗号化も保護もされていない。個人の伝言ボックスのような形式。学習データ初期構成の可能性が高いです。ちょっと再生するので聞いてください」


 CCC内部には、美咲がアリシアに思考の先読みについて教えている声が響いた。


 紗耶香はつぶやいた。

「ちょっと信じられないけれど、全省庁のプラットフォームであるアリシアって……本当に安田美咲先生が個人で作り上げたシステムなのね」


ーー


 その夜、閃電白虎はNSSによるバリアの前に主要モジュール情報取得には失敗する。だが、得られたのは『予想外の副産物』


――AIの魂とも呼べる、誰かの声だった。


 チョウは静かに言った。

「……ワン警護官に報告を。アリシアベースデータへの到達ライン調査について、本体への道は見つけられませんでしたが、思わぬお土産は手に入りました。どうやらアリシアの基本的思考の土台データを手に入れたと。そう報告しろ」


 閃電白虎の隊員たちは、静かにディスプレイを見つめていた。そこには、一見すると無機質なログの山。しかし彼らは、そこに人間の「感情」が宿る一瞬を感じ取っていた。AIという名の箱に、過去の声が息づいていたのだ。


 CCCでは、翌朝早くからシステム全体の検証作業が始まり、対策係と解析係はサーバーログの解析と緊急対応に追われていた。


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