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縁の理(えにしのことわり)中巻~ReTake.ZERO~悪(あく)のいない世界の片隅で、なぜ銃は火を噴いたのか?  作者: 平瀬川神木
第3章 みちびく

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【第3章 みちびく 第27話 筆箱を象に踏ませる意味はない】

 閃電白虎からワンへの報告書を読んだチェンはスマホの画面から目を離し、軽くため息をついて呟いた。


「私の知識では半分も理解できていないけれど……つまり……この『アリシア』というシステム、見た目は結構賢い。でも中身は、あんまりお金かけて作った感じがしないってことね。設計がちょっと……素人くさい?」


 チェンは指で空中に何かを書くような仕草をして、頭の中を整理するように続けた。

「まず、日本語がめちゃくちゃ得意。英語が得意な一般的なLLM、大規模言語モデルと言われているAIとは逆で、助詞とか語順とか、そこにやたら詳しい。まるで……日本語で育った子どもが、そのまま大人になったみたいな印象」


「それから……普通のAIなら、大きな部品をバラして、使い回しできるように作るはずなのに、このアリシアは、機能同士がベッタリくっついてる。『疎結合』じゃなくて『密結合』。修正しにくいし、拡張もしづらいってわけ。商業的な拡張対応を前提としていない」


「それと……レスポンスの中に、『デバッグ用のメモ』みたいなのがそのまま残ってる。//debugって何よ。普通、そんなの製品版には絶対入れない。つまり……開発チームはたぶんすごく小さくて、もしかしたら一人か二人。ちゃんとした商用サービスじゃなくて、『とりあえず動くようにしてみた』みたいな雰囲気がある」


「あとね、通信の仕組みも少し妙。やたら更新が速くて、サーバーとのやり取りも雑。セキュリティの穴……とまでは言わないけど、ちょっと『ゆるい』。ある意味、追跡されないようにしてるのかもだけど……本当に偶然?」


 チェンは口をつぐみ、しばらく考え込んだ。

「……これって、国家が作ったAIじゃなくて、日本のどこかにいる個人、あるいは少人数の研究者が作った『私的な存在』なのかも。だとしたら……あれ?……」


 彼女は静かにスマホを閉じて、もう一度だけ呟いた。

「どうしよう……美咲さんが言っていたこととあまりにもマッチしてしまうのは……私の考えすぎ?」


 チェンはしばらく考えた後、とりあえず自分ができること、富岳の件が中途半端な状態であることを考えて、京都大学の西嶋准教授にメールを送る事にした。


―――


西嶋先生

 お忙しいところ恐れ入ります。先日は宇宙物理学におけるスーパーコンピュータ利用に関する貴重なお話をありがとうございました。


 私の方では現在、各国の大規模演算資源の利用実態について文化・情報的な側面から研究をしており、とくに日本国内での富岳の運用傾向に関心を持っております。


 富岳の予約スケジュール表を拝見しておりましたところ、フルノード利用(=約15.9万ノードすべてを占有)されていた例が年に数回あることに気付きました。とりわけ下記の3件が気になりました:


防災科学技術研究所(国土交通省)──地震津波予測


農研機構(農林水産省)──大地震に伴う土砂災害(崖崩れ等)の地形変化予測


文部科学省主導タスク──「ワクチン普及と感染拡大に関する、ワクチン製造業者の本拠地と製造地の関係性」


 私自身、宇宙物理学ほどの演算要求を想定していた分野と比較した際、これらの演算分析でフルノードが必要だったことに、不思議を感じています。


 専門外ゆえご見識をお借りできれば幸いです。フルノード使用に合理性があるのか、それとも統計モデル的な予測で足りる内容なのか、先生のご意見をお聞かせいただければと思います。


 どうぞよろしくお願いいたします。


敬具 陳 柔

―――


数分後には西嶋准教授から返信があった。


―――

陳さん


 ご連絡ありがとうございます。富岳利用におけるノード規模の問題は、我々の分野でもしばしば議論の対象となりますので、良い視点だと思います。


 それにしてもよく富岳のスケジュール表など見るチャンスがありましたね。またこないだのように、いきなり理研に押しかけて行ったのかな?と想像して笑ってしまいました。


 さてご質問の件、私見も交えてご返信いたします。


1. 地震津波予測(防災科研)

→ フルノード使用は現実的です。3D地殻モデルと高精度流体動力解析を組み合わせる場合、解像度1km以下で広域(例:日本全域+太平洋プレート周辺)を扱うとなると、ノード数を惜しむわけにはいきません。フルノードでもシミュレーション期間が1週間以上に及ぶこともあります。


2. 土砂災害・崖崩れ(農林水産省 or 防災科研)

→ こちらも地形変動予測にDEM(デジタル標高モデル)をミリ単位で繋げた上で、降雨シナリオと地盤構造を連動させるので、数万ノード規模は普通に要求されます。これも納得可能。


3. ワクチン普及と感染拡大に関する「本拠地と製造地の関係性」

→ 正直なところ……これはいくらなんでも過剰だと感じました。

位置情報を因子としたSIRモデル(感染拡大予測)でフルノードが必要とは思えませんし、せいぜいRなどで分散処理できる程度のスケール感ではないかと。つまり私のノートパソコンでもできるような、R言語の分析処理でも十分ではないかな?という印象を持ちます。


 可能性としては、実際の主目的が別にある、つまり「表向きのタスク名と実際の演算内容にズレが生じている」ケースかもしれません。


 もちろん、私の知らない新しい数理モデルがある可能性も否定はしませんが……やや眉唾に感じますね。


ご参考になれば幸いです。

京都大学大学院 理学研究科

宇宙物理学講座

西嶋 尚志


―――

※R言語とは統計やデータ分析に特化したプログラミング言語


「なるほどね。じゃあ私はこの、文部科学省が行ったというワクチン普及と感染症の拡大というものについて、もう少し探ってみる感じね」


 チェンはぼんやりと遠くを眺めるような視線でつぶやいた。


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