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縁の理(えにしのことわり)中巻~ReTake.ZERO~悪(あく)のいない世界の片隅で、なぜ銃は火を噴いたのか?  作者: 平瀬川神木
第3章 みちびく

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【第3章 みちびく 第25話 美咲とウインナーとキャラウェイな鎌倉ブギ】

 約束の時間30分前、12時30分には鎌倉に降り立ったチェンは、小町通りをキョロキョロしながら進み、指定された地下にある喫茶店へつながる階段を見つけて降りて行った。


 店内には誰もおらず、カウンターの向こうには、二人の男性店員がいる。カウンターにはたくさんのサイフォンが並んでおり、その奥にはダッチコーヒーを入れる為の、大きなウォータードリッパーが鎮座している。昭和時代の古き良き日本の喫茶店という雰囲気を持った店内である。


 どうしたらよいかわからずに、入口で足を止めているチェンを見て、カウンターの奥にいる若い方の店員が落ち着いた低い声を出した。

「お好きな席へどうぞ」


 チェンは入り口右側のボックス席に座った。

 銀色の大きな丸盆の上に、おしぼりと氷水が入ったグラスを運んできてくれた店員にチェンは言った。


「ウインナーコーヒーをお願いします」


「かしこまりました」


 静々と店員はカウンターの奥へ戻っていった。

――ウインナーコーヒーって、どんななんだろう……


 実は昨日交わした美咲からのメッセージに「昔からそのお店ではブラックコーヒーではなくウインナーコーヒーを飲んでしまうの。久しぶりに飲みたいからそこで待ち合わせで良いかしら?」

 そんな言葉があったので、美咲のファンであるチェンとしては、当然自分も味わってみたくなった。


 店内をキョロキョロ見回していると、机の上にウインナーコーヒーが運ばれてきた。コーヒーにソーセージが入っている訳ではないことはわかっていたが、チェンにとっては初めてのウインナーコーヒー。


「あの」


「はい」


「お砂糖は入れるべきですか?」


 チェンの質問に、銀の丸盆を左脇に挟んだ店員が答えた。

「お客様のお好みによります」


 チェンは踏切の遮断機のように、ウインナーコーヒーと店員に視線を上下に入れ替えながら言った。

「私ウインナーコーヒーを飲むの初めてで……」


 店員は優しい笑みを浮かべて言った。

「コーヒーは世界中で飲まれているので、日本だけで通じる茶道のような正しさはありません。私の好みとしましては、コーヒーシュガーを入れて、軽く3周くらいかき回してクリームを少し潰して飲むのが好きです。初めはクリームの濃厚さを楽しみ、後半は溶け残っていたコーヒーシュガーの甘さを楽しむ。あくまでも私の好みですが……」


 チェンはとても嬉しい気持ちになっていた。

「ありがとうございます。それで飲んでみます」


 そう言ったとたん、入り口のドアが開き、店員が入り口に視線を向けた後、少しの驚きと、懐かしさを含んだ笑顔になった。

「いらっしゃいませ」


「久しぶり」

 そこには笑顔がまた美しい、黒いワンピースを着た美咲が立っていた。


 美咲はすぐにチェンに気が付いた。大きくはない店内だ。


 チェンのテーブルの上の来たばかりのウインナーコーヒーを見て、美咲は「お」という口の動きをして、歩きながら店員に言った。

「私もウインナーコーヒーをください」


 店員は頷いて答えた。

 

「チェンさん、お腹はすいているの?昼ごはんはまだよね?」


「はい。ペコペコって訳ではないですけれど、昼ご飯はまだです」


「コーヒー飲んだら八幡様にお参りに行こう。その後は、地元の花楓に連れまわされていたお店しか知らないんだけれど、美味しいけれどすっごい量のカレー屋さんとか、どこにでもあるようなあんパンやコッペパンに何か挟んだようなパン屋さんとか、あと、お汁粉とかあんみつとか、ここのは結構甘いんだけれど。私が知っている鎌倉のお店は、そんなようなものばかりなのよね。一般の観光客がもつ鎌倉のイメージとは違う感じ?」


「実はいまコンビニのカレーパンにはまっていまして……でもすごい量のカレーって……」


「高校生の時の花楓はね、ご飯減らしてもらっても食べきれてなかったのよ。そのくせいっつもそこに行きたがるんだけれどね」


「美咲さんも食べきれなかったですか?」


「誰だと思っているの?食べきるに決まっているじゃないの。私は普通を頼んで花楓の分まで完食していたから」


「……やっぱりカッコいいなぁ……私もカレー食べてみたいです」


「わかったわ。八幡様、カレー、材木座の海、お土産にどこにでもあるパン買って、余裕があったらおやつに甘味処。こんな感じかしらね」


 美咲の分のウインナーコーヒーも運んできた店員に美咲が言った。

「久しぶりですね。中々鎌倉まで来るリソースが残らない毎日で」


 店員も懐かしそうな笑顔で言った。

「お元気そうで何よりです。今日は美しいお二人で、鎌倉めぐりですか?」


「彼女は今、共産主義国で働いているから、たまには日本っぽいところを歩かないとね」


「そうでしたか。ごゆっくりしている時間もないでしょうけれど、どうぞごゆっくり」

 頭を下げて店員がカウンターに戻った。


「この店も花楓さんと来ていたのですか?」


「そう。小町通りはお店が出来たり消えたり、結構激しいのよね。観光客相手がメインだからね。昔から残っているお店も少なくなってきているけれどね」


 美咲はコーヒーシュガーを二杯入れて、3周かき回してウインナーコーヒーを一口飲んだ。


 店を出て鶴岡八幡宮に向かった二人は、色々と近況報告をしあっていた。チェンは嘘は言っていないが、突っ込んだことは言わなかった。美咲はチェンが話す事には耳を向けるが、それ以上を聞き出すような質問はしなかった。


 本当のことは言えないが嘘は言いたくないチェンにとって、美咲のこのスタンスはとても心地よく感じ、ついつい饒舌になってしまう自分に注意を払っていた。



 カレー店に入ると、ポーク、ビーフ、チキン、ホタテのカレーがあり、どれにしたらよいか悩んでしまったので、美咲は何を食べるのか聞くと、迷いなくポークだと答えた。

「言い方が難しいですが、普通ですね」


「ハハハ。私も始めの頃は色々食べていたんだけれどね、お店の人に聞いたことがあるの。自分だったらどれを食べるかって。全員がポークって答えたのよ。安心安定のポークって。だからそれ以来私も習っているの」


「なるほど。じゃあ私もポークにします」

 チェンはご飯少なめのポークを選び、美咲は一瞬考えてご飯普通のポークを選んだ。


 チェンは美咲の真似をして、チャツネをたっぷり乗せて、おいしくポークカレーを食べた。確かにコンビニのカレーパンとは違うけれど、正道で王道なおいしいカレーライスだった。


 チェンは頑張って、小盛カレーを全部食べたし、美咲は当たり前のように普通盛りカレーをたいらげた。


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