【第3章 みちびく 第22話 仕事で雑誌やSNSを読み漁るチェンは知識幅が広い】
チェンにとってとても楽しい時間は、あっという間に過ぎていった。帰り際に美咲とSNSの交換をして、チェンはいつでも美咲と連絡が取れるようになったことがとても嬉しかった。
ちょうど同じころ、共産主義国ではワンが人民解放軍の情報部から報告を受けていた。
ワンはチェンが閃電白虎に出した依頼から、WHOと富岳の関係性を探るべく、朝の段階でスイスジュネーブに滞在する諜報員に調査を指示していた。
「という訳でワン警護官、WHOの職員から得た情報によると、日本の厚生労働省の職員である『アリス』という人物が相当な切れ者で、プロテオブロックに関して、かなり深くかかわっているのではないかという情報を得た次第です」
ワンは椅子に座ったままで身動き一つせずに答えた。
「ご苦労」
情報部の職員が部屋を出ると、ワンはスマホを取り出して電話をかけた。
「閃電白虎に優先行動を指示する。厚生労働省職員である『アリス』という名前の職員と、その経歴を探れ。その結果を私とチェンに報告せよ」
中南海の夜は静かに更けていった。
そんなことを知らないチェンは、ホテルに戻りシャワーを浴びていた。
「楽しかったなぁ……本当に楽しかった。またこんな機会があったら、幸せだなぁ……」
シャワーを終えて部屋に戻ると、スマホに着信履歴があった。
チェンは現実に引き戻されることに一瞬躊躇いがあったが、それでも仕事は仕事だと割り切って、スマホを開くと閃電白虎からのメッセージだった。
「チェン同士。1時間ほど前にワン警護官からあった優先依頼の報告です。WHO職員からの情報にあったとされる、日本の厚生労働省職員の『アリス』という存在は、我々の調査では確認されませんでした。また、チェン同士から依頼があった、厚生労働省及びその外郭団体が、富岳を使用したという事については、発見できませんでした。その他の省庁及びその外郭団体に枠を広げて調査を継続した結果は、国土交通省、農林水産省と文部科学省の関係団体が富岳を使用しています。国土交通省の外郭団体である防災科学技術研究所が依頼した津波予測。農林水産省は大地震による崖崩れ予測。文部科学省は製薬拠点とウイルス拡大の関係予測。これらがフルノードに近い使用率。詳細情報が必要であればお申し付けください」
――アリスって何かしら?ワン警護官からの優先依頼?
チェンが思考を巡らせ始めると、ワンからメッセージが届いた。
「チェンが閃電白虎に依頼した内容から、私がスイスジュネーブの諜報員にWHOと富岳についての関係を調査させた結果、厚生労働省の職員でアリスという名前の人物が、プロテオブロックの製造にかかわっている可能性を手に入れた。その為、閃電白虎にこの人物の特定を依頼したが、データではつかめなかった。この件について、チェンの方でも探りを入れてくれ」
――なるほどね。それじゃあ、京都大学に富岳の事を聞くより優先で、この件についてつぶしちゃおう。
チェンはワンにメッセージを送った。
「ワン警護官。厚生労働省の職員タグというか身分証明というか、建物に入る際に使うカードのようなものでも良いのですが、実存する何かしらのものが必要です。その職員名は『山本アリス』として作っていただきたいです」
チェンは明日からの行動を組みなおしてベッドに入った。
朝起きると、ドアの隙間から差し込まれた封筒が目に入った。
少し眉間にしわを寄せて封筒を光にかざすと、クレジットカード大の何かが入っていた。
チェンは封を破いて中身を取り出すと、厚生労働省の入門カードキーが入っていた。その名前は『山本アリス』となっており、自分と同じくらいの年齢の女性の画像とバーコードが印刷されていた。
「怖いくらいの早さね……私のホテルの部屋番号なんて、誰にも報告していないのに」
チェンは首を縮めて身震いする動作をした。
コンビニに出かけたチェンは、ライターと油性マジックペンを買った。それと朝食も。
いつもの公園で朝食を食べながら、厚生労働省のカードキーを油性マジックで名字やバーコード、写真がよく見えないように汚し、一部をライターであぶって焦がした。
仕上げに公園の砂で擦って汚し、厚生労働省とアリスという二つの名前だけははっきりと読めるが、それ以外はよく読めない状態にした。
チェンは朝、ドタバタする時間を狙って、厚生労働省に行き、入口の総合受付で眉間にしわを寄せて小声で話し始めた。
「すみませんが、その……それなりに責任が取れる、セキュリティーについて責任が取れる方とお話がしたいのですが……」
当然のように受付にいた女性職員も眉間にしわを寄せた。
「どういったご用件でございましょうか?」
「ちょっと個人の尊厳にかかわる事なので、あなたにそれを言わない方が良いと思うのですが……」
当然のように、ますます怪訝そうな顔をして女性職員は言った。
「ですが、何もおっしゃっていただけないと、私といたしましても対応のしようがありません」
チェンは意を決するような表情を浮かべて、周りをキョロキョロ見ながら言った。
「あの……ハプニングバーというものを……ご存知ですか?」
チェンの目の前にいた女性は、首を傾げて言った。
「ハプニングバー……ですか?すみませんが存じ上げませんが……」
すると隣に座っていた女性が口をはさんできた。
「どうなさいましたか?」
チェンは言い難そうな表情を浮かべて言った。
「実は昨夜、私は夫に連れられて……その……ハプニングバーに行ったのですが、そこで厚生労働省の女性職員の身分証明証のようなものを拾いまして……とてもデリケートな場所なので、公にしない形でお返ししたく……」
横から口をはさんできた女性職員が言った。
「少々お待ちください」
その女性は受話器を取り、誰かと話し終えるとチェンを面談室に案内した。
その女性としばらく面談室内で待っていると、ドアをノックして40代くらいの男性が入ってきた。
「わたくし、人事の友内と申します」
入れ替わる様に頭を下げて、受付の女性は部屋から出て行った。




