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【第2章 すすむ 第19話 不安や不穏を生み出す不明瞭】

 自分の国のイメージを、日本人は良く思っていない。雑にまとめると、こんな展開になってしまった今日の結果について、チェンは少し傷心な気分で電車に乗っていた。

 いつもであれば、今後の流れを思考する場面だが、どうにも今日は脳が思考を拒否する。


 日本人の父親に幼い頃から言われた習慣で、都心の電車では、どんなに空いていても椅子に座らずに立っているチェン。京浜東北線の中でスマホが振動した。


 スマホのロックを解除したチェンの表情は、一気に明るくなり、メッセージを読み進めるうちに、両足をドタバタ『その場でスキップ』を踏み始めた。表情は満面の笑みだ。

 他の乗客と目が合ったチェンは、頭を下げて小声で「すみません」と謝ったが、あまりの嬉しそうな表情を見て、その乗客も笑顔になっていた。


 スマホの画面には、日本で使われているSNSが表示されており、そこには花楓からのメッセージが表示されていた。

「エミは忙しいらしいから、私から直接のお誘いよ!明日の午後7時から、元々は美咲が始めたようなものである『萬珍会議』を開催するわよ!あんたはどんな都合も、そう、万障お繰り合わせのうえで参加しなさい!今回は美咲とその夫も来るわよ!』


 何度も読み返し、そのたびにチェンの笑顔は強くなり、最終的には涙目になっていた。

「ああ……美咲さんに会える……うれしいよ~」

 誰にも聞こえない位小さな声で、チェンの心の声は漏れ出ていた。


 ホテルに戻っても、チェンは明日のことが頭から離れずに、プロテオブロックが割り込んでくる隙が無いほどウキウキしていた。


 それでも夕方のWoChat+の着信音が鳴った時には、脳が仕事モードに切り替わり、うっすらと笑顔は残っていたが、スマホを開いてメッセージを確認した。


「チェン同士。ご依頼いただいた調査に関する初期報告です。過日我々が調査をした際に取得した[治験申請として、薬効評価テストの申請文章(仮)]という文章内にあった『別送ファイル』は現在特定できていません。本日の朝、対象製薬会社のサーバー内に侵入した結果としては見つけることができませんでした。既に収集したデータ内を再度洗い直しておりますので、いましばらくお時間をください。また、富岳のスケジュール関係ですが、日本国の内閣安全保障局に邪魔をされて、浅いデータ収集にとどまっております。本解析は完了しておりませんが、現状では特定の製薬会社が富岳を利用した形跡は発見できておりません。取得できているデータの一部をお送りいたします」


 チェンの目の前には、富岳の予約状況とその際の電力量設定が入力されているデータがあった。


――つまり富岳は、利用したい人が申し込んで、目的に応じて富岳にどの程度の負荷がかかるのかを予想して、設定電力量を決める……ということなのね。

私はまだ、富岳のことについて知らなすぎるわね……もう少し、富岳について知る必要があるかな?知っていて損はないけれど、優先すべきは富岳とプロテオブロックの関係の方。

時間的余裕がある状態になったら、富岳の使い方や公開情報をあたってみよう。


 チェンはぼんやりとデータを眺めながら考えていた。


――難しい表なのね。富岳の年間使用日数は……300日くらい。ノードってなんだ?なるほど。富岳は15万9千の部屋みたいなものがあるってことかしら……用途によって何部屋使うかを切り分けて、数十の演算を平行に行う。

だからこんな複雑な予約表になると……ほとんどの日は数十から数百の予約になっている。例えば京都大学の宇宙物理が5000ノードで東セラの新素材開発が10000ノード。そう考えると15万ノードって凄いわね。

ああ、そうか。つまりどのくらいのノードを使いたいかによって、電力設定量が変わるということか。言い換えれば、電力設定量から、どの程度のノードを使う計算を行うつもりなのかがこの表でわかるんだ……

あれ?12か月間で4日間だけはFULLって書いてある。防災科学技術研究所と……文部科学省。

防災科学技術研究所はサブタイトルが「地震津波予測」ってなっているけれど、文部科学省はサブタイトルが……「ワクチン普及と感染拡大に関する、ワクチン開発製造業者の本拠地と製造地の関係性」ってなっているけれど、宇宙物理で5000ノードでしょ?地震津波予測やワクチン開発業者の本拠地と製造地の関係性で16万ノードも使うものなのかしら?」


 チェンは突然頭を抱えて椅子から立ち上がり、うつ伏せでベッドに倒れた。

「……マズイ……イライラして思考力が下がっている……」


 チェンはまたしても突然立ち上がり、今度は洋服を脱ぎ始め、全裸になってバスルームに入って、水シャワーを浴び始めた。

「ひゃぁ……すぐ慣れる。冷たいのはすぐ慣れる」


 チェンは独り言にしては大きめな声でしゃべり始めた。

「子どもみたいなこと言うけれど、明日の夜はどうしても横浜中華街に行きたい。調査の事を考えると、行動の必要性がセットで付いて来るから、今色々考えちゃうと、場合によっては富岳がある神戸や、京大や、関西に行く必要が出てきちゃう。考えちゃうと、明日の夜もスケジュールが入ってしまうのが、もう、本当に嫌!だから無意識で感情が思考を邪魔してるっぽい。でもこれはもったいない。問題は何?前提の線引きが出来ていないところ!だから前提の確認から!」


 チェンはシャワーの温度を調整して、水シャワーから熱めのシャワーに切り替えた。

「今回私は判断と行動を任されて日本に来ている。だから明日の夜は、何がなんでも横浜中華街に行って、美咲さんと会う。これは揺るがない決定事項。これが前提。私がこれから考えるのは、明後日の朝8時からの行動予定。絶対にその前には行動を開始しない。何があっても絶対に。これが線引き。明後日の朝8時に行動開始。そこからを有効に効率よく行動するための思考を、いまから明日の中華街の時間まで行うこと。そうすれば予定がガッチリ決まった状態で、私は心配なく、思う存分みんなと楽しめる。私の国の料理をみんなが楽しんでくれる。美咲さんに会える。何の心配もなく。こんな素晴らしい状況で、一体何をイラつく必要があるの?そう、何もない。だからしっかり考える。明後日の朝8時からの行動予定と、それに伴う背景の構造を」


 チェンは一度大きくうなずいて、熱いシャワーを止めた。


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