【第2章 すすむ 第18話 融合の味、拒絶の壁】
日本橋の製薬会社の会議室では、チェンと製薬会社の職員との会談が続いている。
「仰ることはよく理解できます。実際にアマゾンなどで販売されているもの。私の口からは何ですが、不法にコピーされたような商品が溢れていますし、3割近くは品質の点でも問題があるものが存在するのは承知しています。ですが、ご存じの通り実際には、世界に流通している商品の7割以上、電化製品においては9割以上が共産主義国製だといわれています。ごく一部の粗悪品を製造する人がいる事は認めますが、それはほんの一握りである事もご理解いただきたいのです」
「もちろん、私たちは理解していますが、一般消費者がそれについて理解を進めるまでは、あと5年、いや、10年近くかかるかもしれません。ですのでビジネスとして、今この段階で今回のお話を前向きに検討するのは、いささか難しいのではないか?という印象を持ちます」
「もちろん御社様にはそのような義務も義理もありませんが、私が生まれ育った日本の人たちに、共産主義国をもう少し信じていただけるためには、協力をいただいて、少しずつ信頼を得ていくしかないと考えています。いかがでしょうか?」
「チェンさんのお考えもよく、本当によくわかるのです。私個人であれば、ぜひ協力をさせていただきたいと考えますが、何分私どもも、会社に属する駒にすぎません。現在の医薬業界においては、以前に比べ、まさにジェネリック台頭ゆえに、短期間での収益を重視する論調が幅を利かせています。そうですね……例えばチェンさんが考える、漢方とケミカルの融合とは、いったいどのようなものをお考えですか?」
チェンは少し考えてから、うっすらと笑い出した。
「大変失礼しました。実はですね、私が日本に来る時に定宿にしているのは、大田区蒲田にある安いビジネスホテルでして。そこにはレストランなどは無いため、外食かコンビニでの食事が基本となります」
笑いながら、若い男性が言った。
「それ、私も同じです」
その場にいた4人が笑った。
「今朝ですね、早起きをしたのでコンビニで作っているという、カレーパンを食べたのですが。これが絶妙でして。カロリーさえもう少し控えてくれれば、日本にいる時間はこれだけでよいと思ってしまう味でして」
リーダー格の女性も言った。
「あれはコンビニの戦略勝ちですよね。ドーナッツで勝負しようと考えたが、結果が付いてこなかった。フランチャイズに買わせたフライヤーをどのように生かすか?で、カレーパンとは。ましてやあの味は恐れ入った感じですよね?私も好きですよ」
チェンは笑った。
「ああ、お仲間がいて嬉しいです。そんな流れでできたものだったのですね。私のイメージはまさにあれでして、元々インドの料理だったカレー。ナンやバスマティーライスではなく、日本らしいジャポニカ米の白米にかけたカレーライス。ラーメンに並んで、日本の国民食と言われるまでになった。あるタイミングで、あえてパンにはさんだ。しかも油で揚げた。もうどこの料理だかわからないカレーパン。でも日本でしか食べられない以上、日本で生まれた以上、あれはれっきとした日本食だと思うのです。漢方とケミカルを掛け合わせたときに、最終的にどこに行き着くのか私にはわかりません。ですが、やってみたら私の想像をはるかに超える、新しい人間の健康を維持するものが出来上がるかもしれない。そんな風に考えています」
「チェンさん。今ここで言えることは、私共のお返事について、期待はしないでいただきたいということ。ですが、今日チェンさんとお話しして、もしかしたら?という薄っすらとした期待というか、希望?のようなものが私には見え隠れしています。1週間後に正式なお返事をさせていただきます。今日のところは、一度私共にお時間をいただきたいというご返答までとなります」
チェンは笑顔で頭を下げた。
「本日はとても楽しい時間をありがとうございました。期待せずにお返事をお待ちしておりますが、今回のお話が流れたとしても、いつか、だれも予想していなかった融合が、日本人や共産主義国人や、世界の人々の健康につながればと願っています」
「こちらこそ、とても楽しい時間でした」
チェンは椅子から立ちあがって、思い出したような表情を浮かべた。
「そういえば、これは好奇心ですが、日本のスーパーコンピューター富岳が、製薬に関しても活躍をしているというお話を聞いたのですが」
「……そうですねぇ、もちろん一部の製薬会社がそれを実行していないとは言い切れませんが、当社において、私が知っている限りでは、聞いたことがありませんね。日本の医薬業界は、古き良きという感じですので、内々で研究を進める流れが強いと感じます。そういった点では、考え方が漢方に近いのかもしれませんね」
深々と頭を下げて会議室を出たチェンは、少し歩いてお昼過ぎの日比谷公園で、コンビニで買ったカレーパンとアイスカフェラテで昼食をとっていた。
――太っちゃうわよね……まあ、これも反省するとして。
本当の狙いは、今日の話にもう少し興味を持ってもらって、何回か会談を重ねて、製薬会社と富岳の関係をもう少し深く探る事だったんだけれど。ある意味門前払いと言える結果だったわね。
あの女性上司が、嘘をついているようには見えなかったから、実際に今日の会談に参加してくれた人たちは、富岳が創薬に深くかかわっていることは知らない、もしくは本当に無関係だ。そういったところか……
それにしても、私個人の感想としては、もう少し共産主義国を知ってもらいたい。でもね、実際に粗悪品を売る業者は後を絶たないし、世界一路構想やそれを進めるためのMORSウイルスだって、わかってくれとは言わないが、そんなに私たち『だけ』が悪いのか……そんな感じよね。
チェンは本日2個目のカレーパンを、大きな口で頬張った。




