【第2章 すすむ 第16話 ノイズの裏の世界】
深夜のCCCのドアから紗耶香が入ってきた。
「お待たせ。現状はアリシアからリアルタイムで報告を受けてきたから、把握しているつもり」
清水副係長は振り向いて話し始めた。
「サイバー攻撃対策係は、即応型ブロックで脅威対象の排除を試みましたが、相手がルートを1分程度ごとに変更してくるために、対応が追い付いていない状況です。我々としてはアリシアにアクセス傾向を予測してもらい、先回りフィルターを仕掛けていますがうまくいっていません。PDF形式のおとりデータも増殖させていますが、数で踏みつぶしてくる感じで攻め込んできます。おそらく自動プログラムと多くの人間が同時に入り込んできている感じですね」
「脅威対象はデータを抜き出しているだけ?」
「あくまでも一般企業のデータサーバを標的にしているので、私共ができる事もある程度制限されますが、当該サーバに大量の処理をリクエストして、我々の動きに遅延を引き起こしています。自分たちもデータの抜出速度が遅くなるのですが……」
「清水さん。これは揺動であるかもしれないわね。もちろんデータの抜出も狙いだろうけれど、清水さんがデータ抜き出しだけを目的にした場合、速度が命だとは思わない?」
「そうですが、現状本来の狙いをこちらが把握することはできません。アリシアの予測も外れていますし」
「……清水さん、一つ忘れていたプロトコルがあるわ」
「と、言いますと?」
「結構面倒だけどね。アリシア。どうせ庁内のどこかで寝ているはずだから、介入係の伊藤光也さんを呼び出して」
「しかし係長、深夜ですよ?」
「アリシアはどう思う?」
「はい、紗耶香。呼び出さない方が、後々厄介なこと、いえ、めんどくさいことになると予測します」
「じゃあお願い」
「紗耶香。了解しました」
15秒後に、ヘッドセットから光也の声がした。
「んが……紗耶香ちゃん、どうしたの?」
「光也さん。1時間程度前から、脅威対象者から、プロテオブロックの製造にかかわった製薬会社のサーバーが攻撃されているの。でもどうも……揺動っぽいのよね。本当の狙いは何だと思う?」
「現状の流れは?」
「冴子さんの意見通りに設置した『新薬』とか『創薬』とかのハニーポットが、物量勝負で潰されていっている」
「ああ、じゃあ閃電白虎かもね。新薬とか創薬とかのハニーポットを力業で開いている。とすると、狙いはプロテオブロックの設計に関するデータ探しだよね。でも製薬会社のデータにアクセスしているってことは、まだ全然情報を仕入れられていないってことになるのかな?」
「でも光也さん。もしもう少し情報をつかんでいるとして、これが揺動だとしたら?」
「紗耶香ちゃんが揺動ではないか?と思う根拠は?」
「暴れっぷりが堂々としすぎ」
「なるほど。絶対にこっちの動きを悟られたくないんだけれど、そうなるとやっぱり、プロテオブロックの設計に関わったといえる、国立感染症研究所のデータに注意が必要だよね。だって、相手の狙いがわからないんだから、こっちが守りたいものを守るってのが、まあ通常セオリーだよね。でもこっちが、答えの場所を教えることになっちゃうから、それは絶対に相手に悟られちゃダメだけど」
CCCでSEが声を上げた。
「係長。先ほど副係長が仕掛けた攻撃型の蜜壺から、日本国内の通信拠点を突き止めました。そこからシンガポールとケニアまでたどったのですが、ケニアからエジプト経由で再度日本国内の別拠点へのルートを見つけました。現状こちらのルートでの通信はありません」
紗耶香は笑顔で言った。
「お、よくやったわね。強制ダウンをいつでも発動できる状態にしておいて、そのルートを監視。そのルートから通信が行われた際には、目的地まで追いかけて、目的地が分かった時点で強制ダウン。相手が民間でもためらわずにダウンさせて。責任は私がとるから」
「了解しました」
**
同時刻の閃電白虎。
シュー主任が立ち上がった。
「よし、Dチーム。第二段階の作戦開始。こっちは速度重視だぞ!開始!」
「Dチーム、作戦開始カウントダウン。3,2,1,Go!」
「Dチーム、自動プログラムで理化学研究所の神戸計算科学研究センターのサーバーに侵入。データ集積を開始しています。ダウン!科学研究センターのサーバーダウンです」
「なに?ルートがダウンか?」
「いえ、サーバー自体の電源が落とされた模様」
「そんなめちゃくちゃな対応するか?メインサーバー以外のサーバは?」
「侵入後3秒程度でダウンをしていきます」
「……日本の理化学研究所が、そんな小学生のような緊急防御プロトコルを組むか?得られた情報は?」
「1層目のデータは入手、2層目の20%程度までです」
「こちらから、電源を再起動させることは可能か?」
「それがどうやら、第三者による強制シャットダウンがかけられているようで、理化学研究所内部のプロトコルでないため、この強制終了を回避させることはできません」
「Aチームはすぐに、ルート上にある証拠から、どこの誰が介入してきたのか探れ」
「介入第三者はルート上のログを焼却しています。判別不能」
「おいおい、ずいぶんと手際が良いじゃないの」
「Bチームですが、主任、この焼却残骸に見覚えがあります」
「それは?」
「日本のNSSです。以前電力会社の電力消費量の調査時に、同じような焼却残骸を残していました」
「そうかよ……わかった。全員撤退。押し戻されるより良いだろう。チャンスはいくらでもある。全員、足跡を消しつつ撤退。残しっぱなしにしてあるセッションも、跡形もなく消去してこいよ。最後で気を抜くなよ!」
「了解!」
――いやいや……民間のデータサーバーに、政府機関が出張って来るとはな……
「……次は逆に、あの政府機関を釣ってみるか」
シュー主任は、立ったままで頭をかいた。