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【第2章 すすむ 第14話 違和感しかない名前と結果】

 体の痛みで目が覚めたチェンは、気が付くとノートパソコンを抱きかかえるようにして、ビジネスホテルの小さなテーブルの上に、崩れ落ちるように眠っていた。

「あちゃちゃちゃ。ダメね。とりあえず、シャワーを浴びてベッドで眠ろう」


 小さな声で独り言をつぶやいたチェンは、洋服を脱いでバスルームに入った。


 蛇口をひねり、ぬるめのシャワーを浴びていると、眠る前に見ていたリストの一部が不意に目の前に映し出された。

「ちょっと待って……『富岳シミュレートにより臨床試験の短縮を許可するものである』ってどういうこと?富岳シミュレート?富岳?……日本のスーパーコンピューターだ……スーパーコンピューターでシミュレーションする事で、臨床試験を短縮するなんてあり得るの?」


 チェンはシャワーの温度を上げて、身体と脳を睡眠から引きずり出して、手早く身体を洗って裸のままでパソコンの前に戻った。


――


[治験申請として、薬効評価テストの申請文章(仮)]

 >富岳シミュレートにより臨床試験の短縮を許可するものである

 >パラメータ:t_half, AUC, cytokine反応推定含む


――


「これだ……」

チェンはタイトルをクリックして文章を読み始めた。

「詳細については、別送ファイルを確認されたい。厚生労働省からの省令の時限特例の成立および運用での対応となる」


 これまで読み進めてきた3つの文章は、いずれも専門用語がぎっしりと埋め尽くされたA4サイズのPDFが3ページから6ページの構成であったが、この文章はたった2行だけの文章となっていた。

 

――別送ファイルというのが見当たらないのは、閃電白虎がこの情報に触れた時には、すでにデータが存在しなかったか、もしくは閃電白虎が必要なしと判断したのか……今はこんなことに時間をつぶすのはもったいないわね。


 チェンはスマホの『WoChat+』を開いて、料理愛好会のルームに打ち込んだ。

「先ほど提示してくれたリスト内の[治験申請として、薬効評価テストの申請文章(仮)]というタイトルの文章内にある別送ファイルの存在を知りたい。それと、WHOによるプロテオブロック発表の12カ月前からの、日本のスーパーコンピューター富岳が、誰に、どのような目的で利用されたのか?についての情報が欲しい」

 送信をタップすると、数秒後にはまた微妙に違う文章に表示が変わった。


 目が覚めてしまったチェンは、他の文章を読み進めながら、脳内では別の思考も巡らせていた。

――MORSウイルスの世界パンデミックが起こっていたあの頃の世界。感染を食い止めた、たった一つの国である日本。国内に感染拡大を持ち込ませなかったからといって、あのタイミングで日本の製薬会社が開発した薬品について、スーパーコンピューターで計算をすることによって、臨床試験の短縮を厚生労働省が許す。ましてや省令の時限特例まで作って。世界一慎重といわれている、日本の新薬創生において、一体何の薬なのよ?って問えば、MORSウイルス関連以外、ある訳もないじゃないの……ってならない?なるわよね。私の思考の歪みがあるかしら?


 チェンは室温に馴染んだ、ペットボトルのミルクティーを一口飲んだ。


――もう一度。日本国内は、感染拡大を食い止めていたから、ウイルス感染拡大していない通常モードであったとして考えてみる。厚労省が省令の時限特例まで行って、臨床試験を短縮して市場に出したかった薬ってなに?そのタイミングでも、私の仕事はOSINTだったから、日本国内の情報を認知分析し続けていた訳だけれど、そんな情報は1つもつかんでいない。見たことも聞いたこともない。製薬会社が勝手に急いで、結果ポシャッて、日の目を見る事が出来なかった薬はたくさんあるだろうけれど、厚労省が法律まで作って創薬して、誰にも知られることなくポシャるなんて事は、ありえない……。日本国内で流通しなかったという事は、つまり国外向けの薬だった。とにかく急いでいた。もうMORSウイルス関連以外ないじゃない。


 チェンはもう一度ペットボトルを咥えて、ミルクティーを全部飲みほした。


――今日はもう寝よう。明日の私が同じことを考えたのであれば、行動を起こそう。次のステップは、富岳のスケジュールを調べて、どんな薬のシミュレーションだったのか?誰からの依頼だったのか?だな。


 チェンは軽くため息を吐き、ベッドにもぐりこんだ。


 早朝目が覚めたチェンは、ホテルを出てコンビニに向かった。チェンが日本に滞在する時に使うチサトインというホテルには、食堂などが無い。だが宿泊料金が安いし、時間などに自由がある。コインランドリーがあるし、シモンズのベッドが良い。だから食事は外でする。


 朝からすき屋で独り牛丼も全然いけるチェンではあったが、流石に5時前だったのでコンビニでカレーパンとミルクティーを買って、近くの公園で食べていた。


――うん、しっかり眠ったし、環境も変えたけれど、思考は変わらない。あのタイミングで日本という国の厚生労働省が、わざわざ省令の時限特例を起こしてまで急いで運用したかった薬。それは少なくとも世界に向けたMORSウイルス関係の薬であるはずだ。それがプロテオブロックかどうかはまだわからないけれど。それがプロテオブロックだったことの証拠とプロテオブロックではなかったことの証拠を集めてみよう。両方集まった場合には、富岳のことを調べるのは後回しにする。両方集まらなかった場合にも富岳は後回し。どっちかが集まった場合には、それが一つの結論になり富岳に目を向けることになる。


 チェンは、ほのかに温かいカレーパンを、大きく開けた口で食べた。

「……コンビニなのに、このカレーパンはヤバいわよね……何がヤバいって、癖になる美味しさとカロリーが……」


 チェンはカレーパンの中身をのぞき込んでつぶやいた。


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