【第2章 すすむ 第12話 託すものの願いと託されたものの覚悟】
中南海に呼び出されていたとはいえ、チェンの精神状態は比較的落ち着いていた。なぜならば、状況を鑑みれば自分が中南海に呼び出された理由は、比較的想像しやすいと考えていたからだ。わざわざ中南海に呼ばれるということは、ワンが主導していることは高い確率で想定できる。そして今回はリウ主席に会うことはないであろうと予測もできた。
ワンが主導しているということは、日本に関する任務である可能性が高い。現状自分がつかんでいる、現在の共産主義国内の動きとしては、自分が日本で調べた『プロテオブロックは日本で製造された』という事実確認から先に進めていない。
したがって『日本に赴き、プロテオブロックの設計者を探す』という指令であろうという予想を持っていた。もしこの予想が間違えだった場合、いったい何を言われるのか?という一抹の不安を抱えていたことも事実だった。
職場である『人民解放軍情報部第三部第十局 文化交流情報処』から一度公舎に戻り、シャワーを浴びて、軽く食事を済ませてから、地下鉄に乗った。
中南海、紫光閣第六応接室。重厚なドアの向こうで待っていたのは、自分に『調べる』ということを教えてくれたワンだけではなく、外交部のソン(宋)副部長が並んで座っていた。
ワンは椅子に手を向けて言った。
「チェン。座ってくれ」
チェンは声を出さずに、うなずいて座った。
「チェンも理解しているとは思うが、プロテオブロックの概要把握について、日本で生産されて世界に配送されたという流れは確定事項と言えるまで情報を積み重ねたが、核心と言える誰がどのように設計をしたのかについて、いまだ解明できていない」
ワンはここまで言うと、机の上に封筒を置いてチェンに渡した。
チェンはやや戸惑いの表情を浮かべて、封筒を開いて中身の便せんを取り出した。そこには直筆で一言書かれていた。
「チェン同士に託す。ラオシーより」
チェンは軽く震えるような、胸がギュッと縮むような感覚を覚えてワンに視線を向けた。
「そうだ。リウ主席からだ」
チェンは軽くうなずいた。
外交部のソン副部長が声を上げた。
「リウ主席から外交部対外戦略局管掌である私に、直接の指示でチェン同士に一任するように申し付けられている。私達から人民軍情報局には明日の朝、正式に通知を行う。プロテオブロックの設計者は誰なのか?そしてどのようにして設計を行ったのか?これを解明把握してほしい」
「かしこまりました。ソン副部長、一点確認ですが、今回の任務は外交部発の任務と認識してよろしいですか?」チェンは副部長の顔を見て言った。
「そうだ。主席のお考えはこうだ。今回の件は、日本に対する軍事的な偵察行為ではない。軍が動けば、何かトラブルが起こった時に外交的な摩擦が避けられない。そのため、あくまで『外交的調査』という建付けで進めるのが得策だ。お前は軍人であるからな。主席がそのようにお考えになるのはいたって道理が通った話だ。簡単に言ってしまえば、軍が責任を負う事態になっては、政治的に問題が大きくなりすぎるので、外交部である私が責任を負う、つまりスケープゴートの役割を果たせということだ」
「……ソン副部長。それでは今回の私は、共産主義国の公人ということで行動するということになりますか?それとも商社勤務の私人としての行動になりますか?」
ソンは少しだけ優しい笑みを浮かべて言った。
「チェン同志よ。主席からの手紙を読まなかったのか?」
「……私に任せると?」
「そうだ。責任は私が引き受ける。君は最善を尽くせばそれでよい」
チェンは眉間に深いしわを寄せた。それを見ていたワンが口をはさんだ。
「チェン。ソンは私の学生時代の同級生で友人だ。年齢的に我々は、責任だけ取っていけばよい年代に突入した。少し前までは、私たちも自分のミスが自分の上司を傷つける、そんな苦しい中間的立ち位置にいた。自分が取れない重い責任が自分の行動で発生するのは、本当に苦しいものだ。君もそろそろその年齢に差し掛かったということだ。私やソン、そして人民、さらには主席が背負うことになる責任を、君の判断でコントロールせねばならない。よろしく頼むぞ」
チェンはつい先ほど浴びたシャワーの余韻が、まるで遠い過去のように感じられた。自分の背中に流れる嫌な汗が、今回の任務の重さそのもののような気がしていた。
「ソン副部長。ご迷惑をおかけしないように、最善を尽くします。調査に関しまして、バックアップが必要です。閃電白虎クラスが必要と考えますが、こちらについてはいかがいたしましょうか?」
「先ほども言ったように、君の判断がそれを必要とするのであれば、それも含めて解放軍情報部には連絡を入れておこう」
ワンは自分のスマホを取り出して、チェンに何かを送信して言った。
「チェン。今送信したのは閃電白虎に直接連絡を取る手段だ。明日の9時以降であれば、これを用いて直接閃電白虎を使えばよい」
チェンは自分のスマホを確認した。
「かしこまりました。出来る手を尽くして、プロテオブロックの出生概要を調査してまいります」
チェンは席を立ち、軍人らしく敬礼をして部屋を出た。