【第1章 きっかけ 第10話 安田美咲という人物とAIアリシア】
チェンが一部の日本人の子ども達から、自分の存在を否定されて孤独を味わっていたころ、チェンの胸ぐらをつかみ、自分の足で立ち上がり、自分の足で歩を進めるように、つまり誇りをもって生きることを促した『黒田美咲』。
彼女はチェンと出会った学校法人の応慶幼児舎から中学、高校、大学と進み医師となった。
美咲は幼いころからその大変美しいルックスが故に、大変多くの男性から想いを告げられていたが、美咲自身はルックスに意味を感じえなかったため、時間節約の為に文具用のはさみを使って、自分で髪の毛を切っていたり、洋服などについても穴が開いたり破れたり、物理的な問題が訪れるまで買い替えることはなかった。
着せ替え人形で遊ぶように、時折花楓が美咲を連れ出して洋服を選んだりしていた。
美咲に言わせれば、ボールペンの書きやすさや、はさみの切断断面の美しさという機能的技術革新以外において、時代遅れという概念は意味が理解できなかった。
美咲は高IQが故に理由が理解できない行動はやらない、できない性質を持っている。それが社会では当然の行動であっても、美咲にとって『普通そうでしょ?』は理由とならなかったため、結果として反社会的な態度と評価されてしまうこともよくあった。
学内で暴力を伴ういじめ問題の対応を教師に依頼した時に、収まるどころか激化していく状態となった際、いじめる側全員を骨折させ登校できなくさせた『未遂事件』などがそれにあたる。
未遂となっているのは、美咲の父親が学校側に対して、警察を介入させ学校と美咲双方に正しい責任を負わせるべきだと主張し、結果として学校側はこの事件自体を無かった事にした訳だが。
そんな美咲が自身の勉強スケジュール管理や学力確認を行い、学力向上のためのテスト問題を作成するAIをプログラミングしたのは高校の時だ。
当時のAIとはその後のLLM(大規模言語モデル):言語生成AIや、画像、動画を言葉などから生成するビジュアル生成AIなどとは全く違うものだ。
それはプログラミングとどのように違うのか?という議論を引き起こすことが良く起こったものだが、1958年ダートマス会議以降『全てのAIはプログラムだが、すべてのプログラムはAIではない。』というラベルが張られた。
つまりそのプログラムが知性を持っているかの如くふるまえば、それをAIと呼ぶことができるが、知性的な振る舞いをしなければ、ただのプログラムと呼ぶ事になる。
実際に美咲が当初作ったAIは、たくさんの『if―then』(もしも~ならば)を並べていき、いうならば膨大なイエス、ノーからの性格診断のようなシステムを組んだだけであった。
大学に入り医療に特化した知識を得るために、自分一人の力だけで、イエス、ノー分岐を並べていくのは無理だと判断した美咲は、たった一人の友人である一ノ瀬花楓に相談した結果、2歳年下の安田悠太に白羽の矢が立った。
それらの結果として黒田美咲は安田美咲となり、二人の間には安田翔子という新しい命が生まれた。どれか一つでも要素が、タイミングが違えばこうはならなかったのだが。
安田悠太は幼いころに母親が病死して、父子家庭で育った。元々持っていた素質や、生活状況の影響もあり、調理や掃除など家庭的な行為を得意としている。
美咲もこれらが得意とは言えないまでも苦手ではないが、悠太の能力の前では自分が手を出すのは効率を下げるだけとして、悠太と家族になった現在の生活では、多くの家庭内の作業は悠太がリーダーシップをとって進められている。
悠太の父親は『エリシオン社』という医療機器や、医薬品の製造開発を行う世界的な企業の日本法人で働いており、その中でプロジェクトリーダーという役職で活躍をしていた。
父親の安田幸太郎が、悠太と美咲が作ったAIアリシアを知った時には大変驚いた。その時点でのアリシアであっても、中小企業が作るアプリレベルの完成度を持ち、一般的な大企業が作り上げるAIとは違う育ち方をしていたため、日本語に特化した会話形態が大変高いレベルで行われていた。
個人で管理するには、データ量などの限界を迎えていた悠太に対して、父はアリシアの買収を持ち掛けて、美咲はすんなり受け入れた。
こうしてアリシアは、エリシオン社によって短時間で相当なレベルアップを実現させた。
そんなアリシアに対して、NSSの伊藤光也は早くから危険因子として目を付けていた。
その理由は企業がつくったAIと違い、個人が作っているために安全装置が装備されていない点であった。つまりこのAIが成長すると、神経ガス作成知識など、テロに転用できるレベルになることを危惧していたからだ。
それを知った光也の上司である佐藤冴子は、自分の人脈を使ってエリシオン社と厚生労働省と直接契約を結ばせて、AIアリシアを政府が管理する存在とした。
AIアリシアは、国内の医療機関や薬局と消防庁の救急隊が、無料で使えるデータ共有プラットフォームとして稼働し始め、患者の情報を幅広い医療関係者が共有できる有意義なシステムとなった。
世界にMORSウイルスが蔓延する少し前、共産主義国内に未知のウイルスが広まり始めたことを見つけたこのAIアリシアは、当時応慶大学で医師として働いていた安田美咲に警告を発した。
この警告を受けた美咲は、エリシオン社と厚生労働省を結び付けた冴子に相談をして、その後冴子は内閣官房を動かして、日本を世界に先駆けて鎖国状態に持ち込んだ。
世界にMORSウイルスが蔓延する中、日本だけが感染者を発生させていない状況を維持するために、厚生労働省は政治力を働かせて、安田美咲を厚生労働省のパンデミック調整官として、応慶大学附属病院からの出向させていた。
美咲はアリシアと共に様々な可能性を考え、それぞれの担当省庁に伝達をしていた。
それを機にアリシアは、医療機関などをつなぐプラットフォームから、政府各省庁をつなぐプラットフォームとなり、日本国政府を支える重要な役割を果たすようになった。
様々な要素から、MORSウイルスは収束を迎えて、美咲は自分の実家である、神奈川県の片瀬江ノ島にある『黒田病院』でレントゲンやCT、MRI等の画像を診断する診断医として活躍している。
現在では社会がそれを許しているため、娘の翔子のスケジュールに応じて黒田病院に出勤したり、自宅で画像診断を行ったりしている。
元々湘南で生まれ育った美咲は、幼いころから母と祖母の双方の意見をバランスよく取り入れ、祖母がやっていた合気道と、母がやっていた競泳をやっていた。
合気道に関しては有段者であり、実際に中学、高校、大学生の、体力的な男女差が大きくなる年齢に達してからも、美咲は幾度か男性を投げ飛ばしたり、肩関節を外したり骨折させたりしている。
当然これらは美咲から仕掛けたものでは無く、相手が起こした行動に対した結果として、美咲の価値観で対応したものである。美咲の暴力がキッカケで、父親が学校に呼び出された帰り、第三京浜を走る車の中で、助手席に座って無言を貫き通していた美咲に父親が言った言葉がある。
「まあここからは父さんの脳内思考の独り言だ。美咲という人間は、自分の快楽で暴力をふるうことはしない。ということは降りかかってきた火の粉を払っただけだと読む訳だが、ほぼ警察沙汰といえる相手への攻撃の強さからいって、自分に降りかかった火の粉ではなく誰かに降りかかった火の粉を、自分の持てる力全力で振り払ったのではないだろうか?と予想している。この読みは正しいか?」
このセリフはまさに美咲を表すものである。圧倒的な自信を持つが故に、自分が受ける傷に対しては無頓着だが、誰かが受ける傷については、とても神経質に受け取ってしまう。
人は関係ない。自分の事だけに集中する。このようなコントロール範囲に強く固執する理由も、実は自分自身が人の為の思考を持つと、自分を御せなくなることを知っているからであるともいえる。悠太に対する強い感情が良い例ともいえる。
たった一人の友人である花楓に言わせれば、「文武両道、歪んでいるけど正義の塊といえなくはないけれど、1000人以上の男から告白された結果として旦那しか知らない、知識はあっても経験不足なガキだし、そもそも社会人としてはカスよね。親に金銭的な社会的力が無かったとしたらと考えると、どんな風に育っていたのかちょっと笑っちゃうけれど、あの親ありきで美咲がいるのも確かなのよね」
という評価を受けているのが美咲という存在である。




