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ラウンド1:理想と現実の西部

あすか:「それでは第1ラウンドを始めます。テーマは『理想と現実の西部』。映画が描く西部と、実際の西部開拓時代。このギャップについて、深く掘り下げていきましょう」


(クロノスを操作し、古典的な西部劇の決闘シーンと、当時の実際の写真を並べて表示する)


あすか:「まず、アープさん。OK牧場の決闘は西部劇の定番題材ですが、実際はどのような戦いだったのですか?」


アープ:「......30秒だ」


(テーブルに肘をつき、遠い目をする)


アープ:「1881年10月26日、午後3時頃。場所は正確にはOK牧場じゃない。その近くの空き地だ。俺とバージル、モーガン、そしてドク・ホリデイ。相手はクラントン一味とマクローリー兄弟」


ウェイン:「映画では、お互いに向き合って、合図とともに抜き撃つ......」


アープ:「そんなもんじゃなかった」


(首を横に振る)


アープ:「狭い路地での乱戦だ。最初に誰が撃ったのかも、はっきりしない。ただ銃声が響いて、煙が立ち込めて、叫び声と怒号が飛び交った。30秒後には、3人が死んで、3人が傷を負っていた」


レオーネ:「素晴らしい!その混沌こそが真実だ!」


(身を乗り出して)


レオーネ:「私が『夕陽のガンマン』で描いた決闘も、伝統的な早撃ち勝負ではない。三人が互いを牽制し合う、心理戦だった」


ジェーン:「へぇ、イタリア人の方が分かってるじゃねぇか」


(ウェインに向かって)


ジェーン:「なあ、ジョン。あんたの映画じゃ、どんな風に決闘するんだ?」


ウェイン:「......正々堂々と、だ」


(背筋を伸ばして)


ウェイン:「相手と向き合い、お互いに機会を与える。卑怯な真似はしない」


ジェーン:「ハハハ!そんなことしてたら、真っ先に死んじまうよ!」


アープ:「実際、そうだった。正々堂々なんて贅沢は、生きるか死ぬかの時にはできない」


あすか:「でも、ウェインさん。なぜ映画では『正々堂々』を描くのでしょう?」


ウェイン:「それが......それが人間のあるべき姿だからだ」


(拳を軽く握って)


ウェイン:「確かに現実は違うかもしれない。しかし、人はより良いものを目指すべきだ。映画は、その指針を示す」


レオーネ:「偽善だね」


ウェイン:「なんだと?」


レオーネ:「いや、悪い意味じゃない。人間には偽善が必要だ。しかし、それを真実だと思い込むのは危険だ」


アープ:「レオーネの言う通りだ。俺も若い頃は、法と正義を信じていた」


(自嘲的に笑う)


アープ:「トゥームストーンの保安官として、秩序を守ろうとした。だが、現実は違った。相手は法なんて守らない。味方だと思っていた奴が裏切る。気がつけば、俺も同じ穴の狢だった」


あすか:「同じ穴の狢、とは?」


アープ:「人殺しさ」


(静かに、しかし重く)


アープ:「OK牧場の後、兄弟のモーガンが暗殺された。バージルも襲われて、左腕が不自由になった。それで俺は......」


ジェーン:「復讐したんだろ?」


アープ:「ああ。保安官のバッジを外して、私刑執行人になった。疑わしい奴を片っ端から殺していった。それが『Vendetta Ride』だ」


(ウェインが複雑な表情で聞いている)


アープ:「フランク・スティルウェル、カーリー・ビル、インディアン・チャーリー......確実に殺したのは4人だ。もっと多いだろうって?さぁ、どうだかな。ただ一つだけ確かなことは、証拠も、裁判も、正義もなかった。ただの殺戮だったってことだ」


レオーネ:「それこそが西部の真実!復讐が復讐を生む、血の連鎖!」


ウェイン:「しかし......家族を守るためだったんだろう?」


アープ:「守る?」


(苦笑する)


アープ:「もう死んでいた奴の復讐だ。守るもクソもない。ただ、やられたらやり返す。それだけだ」


ジェーン:「そうさ、それが西部の掟だ」


(ウィスキーを飲んで)


ジェーン:「俺も何度も危ない目にあった。男の格好してても、バレることはある。その度に、銃で解決した」


あすか:「ジェーンさんは、どんな状況で銃を?」


ジェーン:「酒場でな。酔っ払いが『お前、女だろ』って絡んできた。否定したが聞かない。手を出してきたから、撃った」


ウェイン:「それは正当防衛だ」


ジェーン:「正当防衛?」


(鼻で笑う)


ジェーン:「そんな言葉、あの頃はなかった。撃ったか撃たれたか。生きたか死んだか。それだけさ」


レオーネ:「シンプルで美しい」


ジェーン:「美しい?ふざけるな!」


(急に声を荒げる)


ジェーン:「何が美しいもんか!血と硝煙の臭い、死体の山、泣き叫ぶ女たち。それのどこが美しい?」


レオーネ:「いや、私が言いたかったのは......」


ジェーン:「あんたらは結局、安全な場所から眺めてるだけだ。映画だの芸術だの言ってな!」


(ウィスキーのボトルをテーブルに叩きつける)


あすか:「ジェーンさん、落ち着いて......」


ジェーン:「......すまねぇ」


(深呼吸して)


ジェーン:「ただな、美しいなんて言葉で片付けられると、腹が立つんだ」


アープ:「気持ちは分かる。俺たちの人生は、見世物じゃない」


ウェイン:「しかし、だからといって、すべてを醜く描く必要もない」


アープ:「醜く?」


ウェイン:「いや、言い方が悪かった。私が言いたいのは、人間には希望が必要だということだ」


(立ち上がって、窓の外を見る)


ウェイン:「確かに、西部は厳しかった。暴力的だった。しかし、そこには夢もあったはずだ。新しい土地で、新しい人生を始める夢が」


アープ:「夢、か......」


(遠い目をして)


アープ:「確かにあった。カリフォルニアで金を掘り当てる夢。牧場を持つ夢。家族と平和に暮らす夢」


ジェーン:「で、どうなった?」


アープ:「大半は破れた。金は見つからず、牧場は奪われ、家族は殺された」


レオーネ:「アメリカン・ドリームの正体だ」


ウェイン:「いや、違う!」


(振り返って)


ウェイン:「確かに夢破れた者は多い。しかし、成功した者もいる。そして何より、挑戦したことに意味がある」


ジェーン:「挑戦?そんな格好いいもんじゃねぇよ」


(立ち上がって、ウェインに近づく)


ジェーン:「あんた、本当に分かってるのか?女がどうやって西部で生きたか」


ウェイン:「それは......」


ジェーン:「俺の母親は、親父が死んだ後、5人の子供を抱えて途方に暮れた。まともな仕事なんてない。結局、洗濯婦として朝から晩まで働いて、それでも足りなくて......」


(言葉を切る)


アープ:「売春宿か」


ジェーン:「ああ。母親じゃなく、姉がな。14歳だった」


(重い沈黙)


ウェイン:「......すまない」


ジェーン:「謝ることじゃねぇ。ただ、それが現実だったって話さ」


あすか:「レオーネ監督、あなたの映画では女性はどう描かれていますか?」


レオーネ:「......正直に言えば、不十分だった」


(葉巻を消して)


レオーネ:「私の映画の女性は、多くが男たちの欲望の対象か、復讐の動機でしかない。ジェーンのような女性を描けなかったのは、私の限界だ」


ジェーン:「へぇ、素直じゃねぇか」


レオーネ:「しかし、言い訳をさせてもらえば、私が描きたかったのは『男性性の神話』の解体だった」


ウェイン:「男性性の神話?」


レオーネ:「そうだ。強い男、正義の男、女を守る男。そういうアメリカ的な男性像を、私は破壊したかった」


あすか:「それは、なぜ?」


レオーネ:「嘘だからだ」


(ウェインを真っ直ぐ見て)


レオーネ:「ジョン、あなたが演じてきたヒーローは、確かに魅力的だ。しかし、あんなに完璧な人間がいるか?常に正しく、常に強く、常に優しい男が?」


ウェイン:「完璧である必要はない。しかし、目指すべき理想として......」


レオーネ:「理想が人を殺す」


(強い調子で)


レオーネ:「ベトナム戦争を見ろ。アメリカは正義の戦いだと言って、どれだけの若者を死なせた?西部劇の理想に酔って、現実を見失った結果だ」


ウェイン:「それは違う!西部劇とベトナムを一緒にするな!」


(声を荒げる)


あすか:「お二人とも、少し落ち着いて......」


アープ:「いや、言わせてやれ。これは大事な話だ」


ウェイン:「私は、アメリカを信じている。確かに過ちもある。しかし、この国には素晴らしいものがある」


レオーネ:「何が素晴らしい?先住民から土地を奪い、メキシコから領土を奪い、奴隷制度で築いた国の何が?」


ウェイン:「それでも、自由がある。機会がある。誰もが成功するチャンスがある」


ジェーン:「誰もが?」


(皮肉な笑みを浮かべて)


ジェーン:「女は?黒人は?インディアンは?中国人は?チャンスなんてあったか?」


ウェイン:「......時代が違った」


アープ:「時代か。便利な言葉だな」


(ウィスキーをもう一口)


アープ:「俺も使ったよ、その言い訳。『時代が違った』『仕方なかった』『みんなやってた』」


あすか:「アープさんは、今、当時を振り返ってどう思いますか?」


アープ:「後悔してる」


(はっきりと)


アープ:「もっと違うやり方があったはずだ。暴力に暴力で応えるんじゃなく、もっと......」


ジェーン:「綺麗事だな、ワイアット」


アープ:「そうかもしれん。だが、死んでから100年以上経って、まだあの血の臭いが消えない」


レオーネ:「だからこそ、語り継ぐ価値がある」


(身を乗り出して)


レオーネ:「西部劇は、アメリカの原罪を描く場所だ。そこには確かに夢もあった。しかし、それ以上に暴力と差別と強欲があった。両方を描かなければ、嘘になる」


ウェイン:「しかし、暗い面ばかり強調しても......」


レオーネ:「私は暗い面ばかり描いたか?」


(首を振って)


レオーネ:「『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト』のラストシーンを思い出してくれ。文明を運ぶ機関車、未来への希望。私も、西部の可能性は描いた」


あすか:「つまり、光と影の両面があったと」


レオーネ:「そうだ。問題は、アメリカ映画が光ばかり描いてきたことだ」


ウェイン:「そして、あなたは影ばかり描いた」


レオーネ:「バランスを取ったつもりだ」


(にやりと笑う)


ジェーン:「おいおい、哲学論争は後にしろよ」


(二人の間に割って入る)


ジェーン:「俺が言いたいのはな、もっと単純なことさ。俺たちの人生を、勝手に物語にするなってことだ」


アープ:「だが、ジェーン。もう手遅れだ」


ジェーン:「分かってる。だからこそ、腹が立つ」


あすか:「でも、ジェーンさん。あなた自身も自伝を書いていますよね」


ジェーン:「......ああ」


(急に小さな声になる)


ジェーン:「あれは......まあ、その......」


アープ:「嘘八百だったな」


ジェーン:「うるせぇ!少しは盛ったが、大筋は本当だ!」


アープ:「インディアン100人を一人で倒した?」


ジェーン:「......50人だ」


アープ:「それも嘘だろう」


ジェーン:「......10人くらいなら」


(全員が苦笑する)


ウェイン:「つまり、あなたも『物語』を作ったわけだ」


ジェーン:「違う!俺は生きるために話を盛った。あんたらは金儲けのために作り話をする」


レオーネ:「金儲け......確かにそうかもしれない。しかし、それだけじゃない」


あすか:「と言うと?」


レオーネ:「人間は物語なしには生きられない。自分が何者で、どこから来て、どこへ行くのか。それを理解するために、物語が必要だ」


ウェイン:「その通りだ。西部劇は、アメリカ人にとっての物語だ」


アープ:「だが、その物語のせいで、真実が見えなくなる」


レオーネ:「だから、新しい物語が必要なんだ。違う角度から、違う視点から」


あすか:「なるほど。では、具体的に映画の『嘘』について聞いてみましょう」


(クロノスを操作し、西部劇の名シーンを表示)


あすか:「例えば、早撃ちの描写。アープさん、実際はどうだったんですか?」


アープ:「まず、ホルスターが違う」


(腰の銃を示して)


アープ:「映画みたいな、ぶら下げるタイプじゃない。多くは肩掛けか、ポケットに突っ込んでいた」


ウェイン:「しかし、それでは絵にならない」


アープ:「絵になる必要があるのか?」


ウェイン:「映画なんだから、当然だろう」


アープ:「そうやって、嘘が積み重なっていく」


(指を折りながら)


アープ:「早撃ちの構え、銃の持ち方、撃つ時の姿勢。全部、映画用だ。実際は、相手に気づかれないように抜いて、確実に当てる。格好なんて二の次だ」


ジェーン:「そうそう!映画じゃ、腰だめで撃って百発百中だろ?あんなの無理だ」


レオーネ:「私の映画では、もっとリアルに......」


ジェーン:「リアル?あんたの映画も見せてもらったが、銃撃戦が長すぎる!」


レオーネ:「それは演出上の......」


ジェーン:「実際の撃ち合いなんて、あっという間さ。考えてる暇なんてない」


あすか:「ウェインさんは、撮影で銃の扱いをどう学んだんですか?」


ウェイン:「プロのガンマンに教わった。素早く抜いて、的確に狙う」


アープ:「芝居の早撃ちだろう」


ウェイン:「......そうだ」


アープ:「実戦じゃ、そんなことしてる間に死ぬ」


ウェイン:「分かっている。しかし、映画は現実じゃない」


アープ:「問題は、観客がそれを現実だと思うことだ」


(テーブルに身を乗り出して)


アープ:「俺の所にも、若い奴らが来た。『早撃ちを教えてくれ』『OK牧場みたいな決闘がしたい』とな」


ジェーン:「で、何て答えた?」


アープ:「『死にたいのか』と」


(苦い笑み)


アープ:「奴らは英雄になりたがった。映画で見たような、格好いいガンマンに。俺は言った。『本物のガンマンは、墓場で腐ってる』と」


レオーネ:「詩的だ」


アープ:「詩的?ただの事実だ」


あすか:「レオーネ監督の映画では、死がもっと......様式的に描かれますね」


レオーネ:「私は死を美しく描いた。認める。しかし、それは死を軽んじたわけじゃない」


ウェイン:「どう違う?」


レオーネ:「死の瞬間を引き延ばし、スローモーションで見せる。それは、死の重さを観客に感じさせるためだ」


ジェーン:「実際の死は、もっとあっけない」


レオーネ:「だからこそ、映画では違う描き方をする。現実をそのまま写しても、真実は伝わらない」


アープ:「詭弁だな」


レオーネ:「いや、芸術の本質だ」


(葉巻に火をつけながら)


レオーネ:「例えば、あなたが兄弟の復讐をした時。どんな気持ちだった?」


アープ:「......」


レオーネ:「答えたくないなら、いい。しかし、その沈黙、その表情。それを映画でどう表現する?」


ウェイン:「音楽や、カメラワークで......」


レオーネ:「そう!現実にはない要素を加えることで、より深い真実を描く」


ジェーン:「ややこしい話だな」


(ウィスキーを飲んで)


ジェーン:「俺には分からねぇ。ただ、俺の人生を勝手に映画にするのは許せねぇ」


あすか:「ジェーンさんは、映画化の打診を断ったことがあるとか」


ジェーン:「ああ、何度もな。金は欲しかったが......」


(言葉を切る)


ジェーン:「どうせ、男に都合のいい話にされる。か弱い女が、男に助けられる話にな」


ウェイン:「そんなことは......」


ジェーン:「あるだろう!あんたの映画だって、女はいつも助けられる側じゃねぇか」


ウェイン:「......否定はできない」


(素直に認める)


ウェイン:「時代の限界だった。いや、私自身の限界か」


あすか:「でも、最近の西部劇では、強い女性も描かれるようになってきていますよね」


ジェーン:「へぇ、そうなのか?」


あすか:「クロノスによると、21世紀の西部劇では、女性ガンファイターや、自立した女性たちが主人公の作品も」


ジェーン:「......やっとか」


(少し嬉しそうに)


ジェーン:「100年以上かかったが、やっと俺たちの話も語られるようになったか」


レオーネ:「進歩だ。西部劇も進化する」


ウェイン:「しかし、本質は変わらない。困難に立ち向かう人間の物語」


アープ:「困難、か」


(窓の外を見ながら)


アープ:「確かに困難だった。毎日が生きるか死ぬかの選択。しかし......」


あすか:「しかし?」


アープ:「今思えば、シンプルだった。敵と味方がはっきりしていて、やるべきことも明確だった」


レオーネ:「本当にそうか?」


アープ:「......いや、違うな」


(首を振って)


アープ:「当時もややこしかった。誰が敵で誰が味方か、何が正しくて何が間違ってるか。分からないことだらけだった」


ジェーン:「そうさ!映画みたいに、白黒はっきりしてねぇ」


ウェイン:「だからこそ、映画では分かりやすくする」


アープ:「分かりやすく?単純化の間違いだろう」


ウェイン:「単純化も必要だ。複雑なままでは、物語にならない」


レオーネ:「いや、複雑なまま描くことも可能だ」


(煙を吐きながら)


レオーネ:「『続・夕陽のガンマン』では、三人の男が互いに騙し合い、裏切り合う。誰が善で誰が悪か、最後まで分からない」


ジェーン:「それが現実に近い」


ウェイン:「しかし、観客は混乱する」


レオーネ:「混乱させればいい。それが人生だ」


あすか:「議論が白熱していますが、ここで一つ確認したいことがあります」


(クロノスを操作)


あすか:「西部劇において『町』の描写も、現実とはかなり違うようですが」


アープ:「ああ、全然違う」


(苦笑して)


アープ:「映画の西部の町は、きれいすぎる。実際は......」


ジェーン:「泥と馬糞と酔っぱらいだらけさ!」


(大声で笑う)


ジェーン:「道を歩けば靴は泥まみれ、臭いは最悪、まともな建物なんて数えるほど」


アープ:「トゥームストーンは、まだマシな方だった。それでも、映画みたいな立派な町じゃない」


ウェイン:「しかし、撮影で本物の泥を使うわけには......」


ジェーン:「だから嘘になる!」


レオーネ:「私は、埃っぽさは表現しようとした」


アープ:「埃だけじゃない。臭い、音、人々の表情。すべてが違う」


あすか:「人々の表情、ですか?」


アープ:「映画の町の人間は、みんな健康そうだ。実際は、病気、怪我、栄養失調。まともな医者もいない」


ジェーン:「歯医者なんて、ペンチで引っこ抜くだけだったな!」


ウェイン:「......そういう描写は、娯楽作品には向かない」


レオーネ:「娯楽?西部劇は娯楽なのか?」


ウェイン:「もちろんだ。人々を楽しませ、夢を与える」


レオーネ:「夢という名の嘘を」


ウェイン:「嘘じゃない!理想だ!」


(二人の間に再び緊張が走る)


あすか:「お二人の意見の違いは明確ですね。アープさんとジェーンさんは、どう思いますか?」


アープ:「どっちも正しいし、どっちも間違ってる」


ジェーン:「おいおい、政治家みたいなこと言うなよ」


アープ:「いや、本気だ」


(真剣な表情で)


アープ:「確かに、真実を伝えることは大事だ。しかし、ウェインの言う通り、人には希望も必要だ」


ジェーン:「希望ねぇ......」


(ウィスキーのボトルを見つめながら)


ジェーン:「俺も若い頃は、希望を持ってた。西部に行けば、女でも自由に生きられるって」


あすか:「実際は違いましたか?」


ジェーン:「ある意味では、そうだった」


(顔を上げて)


ジェーン:「法律も慣習も曖昧だったから、男の格好さえしてれば、けっこう自由にやれた。でも......」


アープ:「でも?」


ジェーン:「結局、力がすべてだった。銃の腕と、度胸と、運。それがなきゃ、男も女も関係ない。ただの餌食さ」


レオーネ:「そう!それが私の描きたかった西部だ!」


(興奮して立ち上がる)


レオーネ:「力こそが法。強い者が生き残り、弱い者は消える。残酷だが、純粋だ」


ウェイン:「純粋?それはただの野蛮だ」


レオーネ:「野蛮と文明の境界線こそが、西部劇の魅力だ」


あすか:「境界線、というのは興味深い表現ですね」


レオーネ:「フロンティア、最前線。そこでは文明のルールも、野蛮のルールも、どちらも完全ではない」


アープ:「確かに、境界線だった」


(遠い目をして)


アープ:「俺自身、その境界線を行ったり来たりした。保安官として法を守る時もあれば、無法者として人を殺す時もあった」


ジェーン:「みんなそうさ。状況次第で、誰でも英雄にも悪党にもなる」


ウェイン:「しかし、選択はできるはずだ。正しい道を選ぶことが」


ジェーン:「正しい道?」


(鼻で笑う)


ジェーン:「腹が減って、子供が泣いてる時に、正しい道なんて考えられるか?」


ウェイン:「......」


あすか:「ウェインさん、どうしました?」


ウェイン:「考えていた。確かに、私は恵まれていた」


(静かに語り始める)


ウェイン:「映画スターとして成功し、金に困ることもなかった。命の危険もない。そんな私が、正義を語る資格があるのか」


アープ:「資格の問題じゃない」


(ウェインを見て)


アープ:「あんたは、あんたの信じる西部を描いた。それでいい」


ウェイン:「しかし、それが真実を歪めているなら......」


レオーネ:「歪めているさ。だが、私の映画も歪めている」


(座り直して)


レオーネ:「完全な真実なんて、誰にも描けない。できるのは、それぞれの視点から見た西部を描くことだけだ」


ジェーン:「哲学者みたいなこと言いやがって」


(でも、少し納得したような表情)


あすか:「では、視点の話が出たところで、もう一つ重要なテーマに触れたいと思います」


(クロノスを操作し、先住民の写真を表示)


あすか:「先住民、当時の言葉で言えばインディアンの描写について」


(全員の表情が重くなる)


アープ:「......避けては通れない話だな」


ウェイン:「私の映画での描写は......今思えば、ひどいものだった」


(頭を下げる)


ウェイン:「野蛮人、敵、障害物。そんな描き方ばかりだった」


ジェーン:「実際、敵対することも多かった。だが......」


(言葉を選びながら)


ジェーン:「彼らには彼らの理由があった。土地を奪われ、バッファローを殺され、追い詰められて」


アープ:「俺も、インディアンと戦った」


(重い口調で)


アープ:「若い頃は、単純に敵だと思ってた。しかし、年を取って分かった。俺たちこそが侵略者だった」


レオーネ:「『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト』で、私はその罪を描こうとした」


あすか:「どのように?」


レオーネ:「鉄道の建設。それは進歩の象徴であると同時に、先住民の土地を奪う侵略でもあった」


ウェイン:「しかし、進歩は必要だった」


アープ:「誰にとっての進歩だ?」


ウェイン:「......」


ジェーン:「俺には、インディアンの友人もいた」


(ウィスキーを一口)


ジェーン:「名前は......まあ、今となっちゃ関係ねぇか。とにかく、いい奴だった。俺に追跡術を教えてくれた」


あすか:「その方は、どうなったんですか?」


ジェーン:「居留地送りさ」


(苦い表情で)


ジェーン:「『お前たちのためだ』って言われてな。クソくらえだ」


アープ:「居留地......あれも酷い場所だった」


レオーネ:「強制収容所だ」


ウェイン:「しかし、当時は......」


全員:「時代が違った」


(ウェインが言おうとした言葉を、全員が同時に言う)


ウェイン:「......そうだ。その言い訳は、もう使えない」


あすか:「では、今、新しい西部劇を作るとしたら、どう描きますか?」


レオーネ:「先住民の視点から描く。彼らにとっての西部開拓時代を」


ジェーン:「それは見たいね。白人が悪役の西部劇」


ウェイン:「悪役......確かに、そう見えるだろうな」


アープ:「実際、そうだった部分も多い」


(沈黙)


あすか:「重い話題ですが、避けては通れないテーマですね」


アープ:「ああ。西部の『理想』を語るなら、この『現実』も語らなきゃならない」


ウェイン:「認める。私の映画は、都合の悪い部分を隠していた」


レオーネ:「隠していたというより、見ようとしなかった」


ウェイン:「そうかもしれない」


ジェーン:「でもよ、今更謝ったって、死んだ奴らは帰ってこねぇ」


アープ:「そうだ。だが、忘れちゃいけない」


あすか:「忘れないために、映画という形で残すことも重要かもしれませんね」


レオーネ:「その通り。映画は記憶装置でもある」


ウェイン:「しかし、どんな記憶を残すか、それが問題だ」


あすか:「ここまでの議論で、西部劇の『理想と現実』についてかなり深く掘り下げられました」


(クロノスを確認)


あすか:「映画の西部は清潔で秩序があり、正義が最後に勝つ。しかし現実の西部は、泥と血にまみれ、力がすべてを支配する世界だった」


アープ:「単純化しすぎだが、まあ、そんなところだ」


ジェーン:「でもな、全部が全部、地獄だったわけじゃねぇ」


(意外なことを言い出す)


ジェーン:「確かに、きつかった。汚かった。危険だった。でも......」


あすか:「でも?」


ジェーン:「自由だった。ある意味でな」


(遠くを見るような目で)


ジェーン:「東部じゃ、女は箱に閉じ込められてた。こうしろ、ああしろ、それするな。でも西部じゃ、男の格好さえしてれば、かなり好きにできた」


ウェイン:「それも、西部の真実だ」


アープ:「そうだな。法も秩序もないってことは、裏を返せば、縛られるものも少ない」


レオーネ:「アナーキーの魅力か」


あすか:「つまり、西部には地獄のような面と、ある種の自由が共存していた?」


全員:(うなずく)


アープ:「だから人が集まった。地獄だと分かってても、何かを求めて」


ジェーン:「金、土地、自由、逃げ場所。理由は人それぞれさ」


ウェイン:「そして、その中から物語が生まれた」


レオーネ:「物語が神話になり、神話が伝説になった」


あすか:「その過程で、何が失われ、何が加えられたのか」


アープ:「失われたのは、細部だ。日常の苦労、小さな喜び、名もなき人々の人生」


ジェーン:「加えられたのは、ドラマさ。大げさな決闘、美しいヒロイン、勧善懲悪」


レオーネ:「そして私は、そこに新たな要素を加えた。様式美と、実存的な問い」


ウェイン:「結果として、西部劇は進化した。あるいは、変質した」


あすか:「変質、ですか」


ウェイン:「良い意味でも、悪い意味でも。もはや私が演じていた西部劇は、過去のものだ」


レオーネ:「いや、過去じゃない。それもまた、西部劇の一面だ」


アープ:「どっちも西部劇。どっちも嘘で、どっちも本当」


ジェーン:「ややこしい話だな!」


(ウィスキーを飲み干す)


ジェーン:「まあ、いいさ。少なくとも、こうして俺たちの声も聞いてもらえるようになった」


あすか:「第1ラウンドの締めくくりとして、皆さんに質問です。もし、たった一つだけ、西部の『真実』を伝えるとしたら、何を選びますか?」


(少しの沈黙の後)


アープ:「生きることの重さ、かな」


(静かに)


アープ:「毎日が最後かもしれない。だから、一日一日が重かった」


ジェーン:「俺は、女も戦ったってことだ」


(きっぱりと)


ジェーン:「男だけの物語じゃない。女も、子供も、みんな必死に生きてた」


ウェイン:「......夢を持つことの大切さ、だ」


(少し考えてから)


ウェイン:「確かに現実は厳しかった。しかし、夢があったから、人々は西へ向かった」


レオーネ:「私は、暴力の美しさと醜さ、その両面だ」


(葉巻の煙を吐きながら)


レオーネ:「西部を理解するには、暴力から目を背けてはいけない」


あすか:「四者四様の答え。どれも西部の一面を表していますね」


(クロノスを操作)


あすか:「第1ラウンド『理想と現実の西部』は、これで終了です。実に濃密な議論でした」


ウェイン:「確かに、考えさせられることが多かった」


アープ:「まだ序の口だ。次は何を話す?」


あすか:「第2ラウンドのテーマは『暴力と正義』です」


レオーネ:「私の得意分野だ」


ジェーン:「へっ、楽しみだね」


(全員が次のラウンドに向けて、気持ちを新たにする。議論はまだ始まったばかりだった)

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