~第1幕~
如月湊とのインタビュー取材を終えて、賢治はクリスタルエデン本社社長室に戻った。そこには原稿用紙にドロップアウトの台本を執筆する蔵馬の姿があった。
「ただいま」
「おかえり」
「どう? 進んでいる?」
「ああ、第4章がそろそろ終わるよ。しかし、この計画は本当にやっちゃうの?」
「うん。それがなければドロップアウトなんて始めてないですよ。組長」
「誰が組長だよ。おい」
賢治は蔵馬の座るソファーの真向かいのソファーに腰掛ける。そして治らない癖のようにウィスキーに口をつける。
「こんな酒飲みが芸能界のトップに躍りでているなんてね」
「俺はそんなことを思ってないですが?」
「みんな、そう言っているだろう」
「仮にそうだとしても俺にはどうだっていい話」
またもウィスキーをチビリチビリと。
蔵馬は眼鏡に手を掛けて少し動かす。気持ちチョット睨む感じで。
彼女は台本を書く時に眼鏡を掛けている。プロレスラー時代に負った傷が両目あたりにあり、そもそも決して良い視力ではない。老眼になってしまうのも相まってだが、仕方のない事だと言えば仕方のない事だろう。だから見過ごしてしまう事もあるかと思って「よく見えるメガネ」を彼女はつけているつもりでいる。実際にそういう効力があるのかどうかは定かではないが……。
伊達賢治という男に騙されてしまわないように。
でも、それを悟られることはないだろう。彼女は彼女でそこにいる彼女をわきまえていた。
少なくともこんな立派なホテルの一室のような環境で居候させて貰っているのだから。
「第5章は神泉組のお話にもなる。引っ張りだこで申し訳ないけど蒼月さんにはうんと頑張って貰わないとなぁ。『溺れる』ですごい頑張っていたって野田さんから聞いたし。ちょっと休ませたいが」
「まだ2章の収録をやっているばかりだろ? 気が早いんじゃあないのか?」
「時の流れは速いよ。ウカウカしていたら数多溢れる情報に呑まれてしまうね」
「アタシはババァだからな。時の流れに身を任せてって生き方しかできないさ」
「ふふ、それも悪くない」
そう言って賢治はテレビをつける。
ワイドショーが賑わっていた。ある歌手が歌手業を引退すると発表したのだ。テレビに映っているのは彼女が記者会見をしているところだ。
『綺羅めくるは歌手業を引退します』
あまりにも衝撃的なニュース。
蔵馬は持っていたペンを落とした。賢治は口に含んだアルコールを吹きだした。
その瞬間、時の流れは止まってしまったのだ。