~第6幕~
運命の株主総会は梅雨が明けた6月の暮れに開催される。
会長の稗田は会長職を退任した……というよりはフジサン・メディア・グループが解散したといったほうが良いだろうか。フジサンテレビの会長には副会長だった兼満氏が繰りあがりで就任。清田はフジサンテレビが大盛況を極めた80年代に入社した生え抜きのテレビマンだ。もっともアニメ制作の現場に長らくいた歴があり、バラエティ番組や報道に携わったこともないタイプ。
そんな紹介を改めて為されていた。
株主の一人となったホーリーが質問することもあったが、清田は「貴重な意見として是非参考にさせていただき、検討したい」と表情明るく答える。
思ったほど荒れる総会にはならなかった。多くの株主参加者が新体制の発表を受けて「納得した」「期待したい」と答えたのだ。
そして肝心の伊達賢治の姿はなかった。
彼はこの株主総会がおこなわれる数日前に持ち株を売り払っていた。
「目的は達成されたから株主総会にもでない。お楽しみに」
彼がSNSでこう発信された事に誰もが様々な考察を膨らませる。
それはその晩に放送された綺羅めくるのラジオ番組で明かされた――
『監督って今回のフジサンテレビの株主総会には参加しませんでしたよね!』
『ああ、そうだね。そう言えば』
『それで……ん~と、詳しく何か分からないけど「お楽しみに」って言葉がXのトレンドになっていました』
『お楽しみな事が日本中であったからじゃないかな?』
『いや! アナタの言葉でしょうが!』
『俺がそんなことを言ったかな?』
『ポストした! それで話題になったの! もうっ! そうやってのらりくらり交わして! お酒なんか飲んで!』
『今の俺がやっている事はドロップアウトの事だけだよ。他の事は他の人が何かやってくれていると思う。今日だってドロップアウトの話をするワケでしょう?』
『そうだけど、そうだけども、えっと、何だっけなぁ、株を買ったからフジサンテレビが、えっと、もうっ! この話はここまで!』
賢治はにやける。彼女に暴かれることはないだろうと確信のうえで。
関係者は現場でその驚きをみせる事になる。
フジサンテレビ・メディア・グループの面々がドロップアウトに登場したのだ。しかも妖怪に化ける役である。「五老政」だなんていう何かの漫画で目にしたかのような悪役ポジションだ。しかしてコレも賢治の狙いどおり。
遡ること株主総会が開かれる1カ月前。
フジサンテレビ重役が集まる部屋に伊達賢治が現れた。
横にはこの段階で新社長候補の清田もいる。
「何しに来た?」
稗田は2人を睨みつける。しかし賢治も清田も動じていない。
「稗田会長をはじめ、皆さまに提案したいことがあると言われまして」
清田がそう言った途端に賢治が倒れて寝始めた。
「伊達さん!?」
すぐに介抱しようとする清田。
「他所モンをこんなところに連れて来るな!!!」
稗田の怒号がまたも響く。するとそのタイミングで賢治は目を閉じたまま起きあがった。そこで伝説の「独りコックリさん」を披露し始めた。
伊達賢治の「独りコックリさん」は「スタンドアップ・スピーク・ヒーロー」というテレビ番組の大会で彼が披露し優勝した大道芸だ。独りでコックリさんをする大人の青年を演じると言うものだ。いきなりコックリさんに乗っ取られるのだが、コックリさんは喋る事ができなくなって慌ててしまうことに。だんだんと自我を取り戻すなかでコックリさんと本人の間で激闘あるも、友情も芽生えてくという話。これを迫真の演技でしてみせるのだが、その滑稽さに笑ってしまう人だって少なくはない。この部屋にいた稗田以外の面々はたまらず爆笑した。
いっぽうの稗田は怒りが収まらないも、なにか自分が若かった時に培った情熱のようなものを賢治から感じとっていた。
彼のパフォーマンスが終わった時にいの一番で拍手をしたのが稗田だ。
しかし、こんな事をされたって気持ちが鎮まる訳でもない。
「見事な芸だったが、何をしに来た小僧?」
「俺のドラマにご出演を願いたい。そしてアナタたちが偉大であった事を忘れず伝えたい。それを言いに来ただけです。お邪魔しましたね。アナタたちフジサンテレビに明るい未来があることを心から願って。では」
「………………」
賢治と清田が出ていった後に暫く沈黙が続いた。
「おれ、でてみようなぁ」
稗田に「会長をお辞めになる時ですよ」と言いだして殺伐とした空気を生んだ兼満がボソッと呟く。南戸と花音、それから円藤も同じような事を言う。
「ふざけているのかぁ!!! でてけ!!! お前ら!!!」
最終的にそんな雰囲気に嫌気が刺したのか、稗田は顔を真っ赤にして怒鳴った。そして部屋にいた4人を追いだした――
ドロップアウトの登場はこういった経緯もあって4人だけが特別出演する予定となっていた。
しかしそこへ稗田がやってきたのだ。
「気分転換になると思ってなぁ」
彼は穏やかに微笑んでいた。
収録のあと、彼は4人に対して会長を辞職する旨を伝える。
にわかに信じがたい話だが、新社長となった清田の談話からこのようなことがあったと推察される。
これで一件落着だったのかと言えばそうではない。
この世の中を震撼させた大事件の被害者である渡来はその後グラビア写真等の書籍を積極的にリリースし、各SNSを用いたインフルエンサーとしての活躍をみせるようになった。あの悲劇からこうも立ち直れるものなのか? と数多くの人々が彼女を疑ったものだ。しかし彼女はある日突然に自殺した。遺書はない。毎年のように自殺者が発見される樹海で彼女の遺体は発見された。傷つけられた痕跡が全くない事から他殺でないことは確かだった。
いや、本当に他殺じゃないと言えるのか?
伊達賢治は尊敬する男の墓前に立つ。
彼はその墓にウィスキー1本ぶんを丸々注いだ。
「美味しいですか? バラさん?」
松薔薇太志。
彼も誰かに殺されたのでないかと思えて仕方なかった。
後ろに視線を感じる。
そこに居たのは刑務所から出てきた中峰仁和。
「あら。意外と初めましてですね」
「そう……だね……は……はは……」
中峰は片手に白薔薇を持っていた。
純潔、純粋、深い尊敬、相思相愛、私はあなたに相応しい。
どんな想いを持ってきたと言うのだろう?
コレはそもそもだいぶ先の話。
彼はこの時もこれまでもエンタメの素晴らしさと恐ろしさを感じとりつつ理解してきた者だった。そう、この時までも――
∀・)エンタメは人の命を奪うこともある。そんなことを想いながら書いた話でした。
A・)テーマ的に「メディア王に誰が鳴る」に通じる話になったかもです。
∀・)6日連続投稿はここまで。次回から月1更新で連載してゆきます。宜しくです☆☆☆彡