~第2幕~
何年前の話になるだろうか。彼が現在40にもなるから少なくとも30年以上前のことだ。彼は幼少期から友達を作ることなんてなかった。
自分の目に映る日常は俗に言う家族と共に過ごす日常と違う。
でも、それでも自分のことを家族だと言われる事に妙な安心感が。
テレビに映るドラマやバラエティに釘づけになる。
同じソファーの横に座って一緒にそれを観てくれる女性。
彼女が彼にとっては母親だった。
毎週日曜日に観る「ごっつええやん」の松薔薇太志を観て一緒に大笑い。
そんな彼女が唐突に話していた事がある。
「賢治君だけに内緒の話をしようか?」
それはテレビを観終わった時のこと。
「何?」
「私ね、バラちゃんの恋人だったのよ」
「えぇ!?」
それは全く思ってもない告白。
「な~んてね、ウソウソ。冗談だよ。そうだったら、今ここにいないよ」
「もう……ビックリしたよ……」
彼女はその数年後に亡くなる。
病気だった。彼にお別れの言葉もなく職場を去る。
それから賢治は「家族」なんて言葉を容易く口にしなくなった。
「おい」
「ん?」
あの「メディア王に誰が笑う」の収録後、彼は項垂れるようにしてスタジオのちかくで休んでいた。そこへ軽く蹴りのタッチが入る。お笑いコンビ・マヂカルバブリーの相方を務める江川傑だ。
「珍しいな。お前が酔い潰れているなんてさ」
「潰れちゃいねぇよ。チョット疲れただけさ」
「今晩も打ち上げにこないのかよ?」
「ああ、メンドくさいからいかない」
「お気に入りのしーちゃんも来るのに? 俺が獲るぞ?」
「別にどうぞ。俺はそんなに執着してねぇよ。ただ似ているだけだ」
「似ている?」
「何でもない」
「妙だな。疲れたにしても、お前がここまで怠そうだと心配だぞ。家まで誰かに送って貰うよう手配しようか?」
「いい。ありがとう。まぁ~お前はいつもどおり楽しめや」
そう言った賢治はのっそりと立ち上がって傑の肩を軽く叩く。
そしてトボトボと歩いていった。
伊達賢治と言えば打ち上げに参加しない性分である事で有名だ。稀に現れる事なんかあるが、5分もしないうちに「帰る」「帰ります」と言って帰る。そうする理由をメディアに尋ねられた事があったが、その時に「週刊少年誌を買うほうが優先だから」とマジな顔つきで答えたもので。
この時の賢治もそうだった。
彼は芸能人ご用達のエリアにあるコンビニで週刊少年誌を少し立ち読みする。そのあとはお酒のコーナーに寄って物色。いつものルーティンだ。もっとも気になる漫画があれば少年誌を購入する事もあるが。
「いつか賢治君と一緒に映画をつくってみたいなぁ」
耳元に届くほどの声がした。蒼月しずく? 彼は周囲をキョロキョロ見渡す。でも、いつもと変わった様子はない。一般人を装ったタレコミ屋や実質寝間着で夜食を買いに来ている有名人。これがこの空間のありふれた光景なのだ。
「幻聴かぁ。俺もいよいよ疲れているようだなぁ」
賢治は苦笑いをして新しく購入したウィスキーの蓋を開ける。そしてまた口にする。今晩は大仕事だった。そこに酔ってしまうのも仕方のないことだろう。
朝、目覚まし時計が鳴って目が覚める。
そこに裸の蒼月しずくがいた。でも、それが枕だった事にスグ気づく。
まだ夢のなかにいるのだろうか?
彼は目を半開きのまま、歯磨きや髭剃りに耽る。
テレビはずっと点けたまま。思ったとおり「メディア王に誰が笑う」のネット視聴数が凄まじかったとニュースで騒いでいる。それからドロップアウトの放送再開。世間はマスコミによる賢治の生い立ち報道で追いこまれた彼が活動休止をしてしまったと認識していたようだが、実際は違う。このリーク自体を彼自身の手でやってのけていたのだ。それもこれもドレイクでのドラマ放送に向けて。彼の、彼による、彼の為の話題づくりだったのだ。世間は騙された。いとも簡単に。
彼はあくびをして冷蔵庫から昨日買ったウィスキーを取りだす。予備に4~5本はある。今日も彼の相棒に困る事はなさそうだ。
スマホには数え切れないほどの着信が関係者からある。
「どいつもこいつも馬鹿だなぁ」
着替え終えてセットし終えた彼はフフッと微笑む。
今日は昼から打ち合わせの仕事。まだ余裕を持ち、間に合いそうだ。彼は鏡をみながら前髪を少し弄って離れた位置にある写真に呟くようにして言う。
「いってきます。女王様」
写真に写る女性は賢治がいた孤児院で働いていた女性。神谷加寿美――
∀・)6日連続投稿でございます。この話を読んでダテケンが蒼月しずくに対して抱いているのは恋心とかでないって事がわかったかなぁとは思います(笑)それでもそう思う人もいるのでしょうけども(笑)明日も連載続きます。また明日☆☆☆彡