~第4幕~
綺羅めくるは歌手業引退と同時に無期限の芸能活動の休養も宣言していた。
彼女が喉に傷を負ってしまったのは何も激しい歌唱のせいばかりではない。
彼女に対してのネットを介した誹謗中傷から来るストレスだってそう。
様々な点を考慮したうえで彼女は暫く療養しないといけなかった。
そしてその彼女は都内の有名ミュージシャンがご用達のスタジオに来ていた。そこで共に時間を過ごすのは人気ロックバンド「歌ウ蟲ケラ」のフロントマンにして音楽プロデューサーとしても大活躍するミヲタこと山田美桜だ。彼女が親友のめくるを励まそうとしてそんな時間を持ったとのこと。そして、このミヲタはヴィベックス所属タレントとしての顔も持っていた。
だけど、その時にその人物が現れるのはまさかだったらしい。
「社長!?」
「えっ!?」
めくるとミヲタの前に突然現れたのはヴィベックス社長の華崎鮎美。
「ミヲタさん、仕組んだの?」
「いやいやいや! 私も驚いている! 見てよこの驚いた顏!」
華崎はスタジオの椅子に腰かけて彼女たちの間に入る。
「星の王子様からご依頼を受けて。めくるさん、あなたの歌手引退を撤回させるように言われたわ。さて、どうしましょうね?」
「え、いや、撤回って歌ったらダメだってお医者さんが……」
めくるの声は酷くざらついて霞んでいる。
いきなり今日何かの特訓をして改善する訳もないと華崎は溜息をつく。
「そうね。いくら星の王子様といえども、叶えてあげられることはないと思うわ。まず、今日ここに私がやってきたのは貴女たちがここにやってくると噂がたっていたから。そういうところ、気をつけなさい。山田さん」
「へへへ……すいません」
「それから、めくるさん。この世界を引退するっていうのは即決で決めることでないの。辞めたって『やってくれ』『やってくれよ』とあっちこっちで言ってくる輩がいるのだから……」
「はい……なんか……すいません」
ここで華崎は微笑んだ。
「そういう姿勢があるのなら、まだ終わっちゃない。今日はせっかくの機会だし歌い方にも色んな歌い方があって、女だからこの世界でどうやって生きていくか特別講座で教えてあげるわよ」
この華崎による特別講座も世に知られることはない。
しかし、このひとときが奇跡を起こすことになる。
綺羅めくるが芸能活動に復帰したのは引退宣言の声明を発表した2週間後の事。文章で送られたその声明には驚くべきことも記された。
彼女は状態をみて歌手業の復帰も検討すると表明したのだ。
世間はこの発表で揺れに揺れた。彼女のファンは狂気乱舞して歓びをネットにばら撒くものだったが、この騒動自体が伊達賢治率いるクリスタルエデンによる自作自演のパフォーマンスだったのではないかとも。
でも、彼女の掠れ声はわざとやっているようなものではない。
それが分かる人間には分かる。
ただ世間はずっと騒がしいもので。彼女の芸能活動休止から復帰の期間を経て今度は中峰の性加害騒動がフジサンテレビと世間を揺るがすことになる。
ドレイクからのドロップアウト2章の放送は当初よりも遅れに遅れたのだが、その背景にはこんな人知れないドラマがあった。しかしドラマ2章のインパクトたるや相当なものがある。
フジサンテレビの渦中にあった取締役5名がその辞任をまえに本人名義の役でなんと出演。さらに音楽番組が登場する形で今の時代をときめくRiser☆S壱星とRYU―SAYのリュウヤもカメオ的に出演。
これだけに留まらない。
この撮影とは別に華崎鮎美をモデルとした映画「M」の製作にも入った。その主演をドロップアウトに出演する女優が務める。
あまりにもぶっ飛んだパフォーマンスが展開されていた。
そして気になる「MUGEN」は歌という形ではなくその詩をめくるが詠んでいくというものに変更。意外な形での表現となったものの、歌い方を変えた綺羅めくるが数年後にこの新曲をリリース。歌手活動の引退撤回の声明もだした。
ピンクガールの呪いはこうして破られる。
新たな歴史を彼女は打ちたてたのだ。
『そうですね……色々思いだすと感慨深いけども。あのときに諦めるなよって私に言ってくれた“星の王子様”にまずは感謝を表明したいです。それが誰か? と気になる人はいるかもしれないけど。彼から『星の王子様ということにして』と言われているからなぁ(笑)まぁ少なくとも私はそう言います(笑)』
いつになく眩しい綺羅めくるの笑顔。
スマホごしに微笑む彼の片手にはいつものウィスキーが握られていた――