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短編集

空白

作者: 豆苗4

 空白を満たしなさい。何と甘美な響きだろうか。チョコとホイップクリームとカスタードで何層にもコーティングした洋菓子のようなにおいがする。しかし、甘すぎやしないだろうか。冬の凍てつく寒さの中湖の端っこに一羽で取り残されてしまった渡り鳥のことを思うと何ともいたたまれない気持ちになる。何か見落としとしてはいないだろうか。杞憂だったのなら幸いである。しかし、もしもそうでなかったのならば果たして私は誰に花を手向ければいいのだろうか、あの薄く青みがかった白色の花を。

 何かを得ることはすなわち何かを失うことである。こうともいえるだろう。何か犠牲を払うことなしに、何かを得ることなど不可能だと。しかもそれは光よりも追い越してしまうぐらい速く、そして鍾乳洞から滴り落ちる液体よりもゆっくり起こる。不可逆的な反応は、我々にちょっぴりの寂寞の香りと灰色の散乱光を思い起こさせる。すぐに忘れてしまうであろう微かな歌を私は一枚の絵画に模してみる。あれは、海だった。浜辺でふんわりとした月光のカーテンに包まれつつ波の音を聞いている。私のこの耳がもう少しだけ尖っていたら、風に揺れて歌う鳥の歌が、木がまるで眠っている様につぶやく子守り歌が、波と共に旋律を生み出しているのに気づけたのだろうか。踊っている、白いワンピース姿の少女が歌に導かれるようにして。私は息を呑んで見守った。今夜のコンサートは彼女にこそふさわしいのだ。ぼんやりと眺めている内に、頬を伝う冷たさに気づいた。そう。私はずっと前から気づいていたのだ。彼女の美しさはこの一過性が呼び起こすものだと。失われた時は二度と戻らないのだ。それがどんなに望まれていようがいなかろうが。しかし、それと同時にそうであるが故にあの美しさは永遠なのだ。

 空白を満たしなさい。これはもはや本来の意味を遠く離れてしまった。今では逆説的な響きを持つのだ。空白は。あの美しさに魅入られたものならばそれが意味することがすぐに分かるだろう。恐ろしいほどの空白はその時初めて忘れ去られるのだ。

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