9 姫様とデート
領主の館から歩いて1時間ほどの森の中フォルティナ様を馬に乗せ俺は馬の手綱を引きながらテクテクとあてもなく歩いている。傍からみたら完全に従者だ。お互い特に話すこともなく、そろそろ2時間くらいだろうか………。
「あ、あの、ダルシオン様、私たちは、ど、どこに向っているのでしょうか?」
姫が遠慮がちに問うてきた。
『俺も知りたい。俺は何処へ行けば良いんでしょうか?』
心の中は焦りに焦りまくっていた。
姉に促され姫様を連れて領主の館を出たのはいいが、どうしたらいいのか全く思い浮かばなかったのだ。
まず馬車が使えない。
この半年間で道はやっと通れるといった有様だった。
物資も人手も足りないので瓦礫の撤去や穴を埋めるなど最低限の処置しか出来ておらずデコボコで、馬車などガタガタ揺れてとてもじゃないが乗れたものじゃない。
そもそも侯爵領に貴族が乗る綺麗な馬車などなく、あるのは荷馬車くらいだ。
まさか姫様を荷馬車に乗せるわけにもいかない。
それで姫を馬に乗せたのだが、どこへ?侯爵領のどこに行ってもいまだ戦闘の傷跡だらけで案内出来るような商業施設ひとつないのだ。
「す、すいません姫様、実はご案内出来るような場所が思い浮かばず……。」
どうしようもなくて正直に答える。
考えてみれば俺がスマートに女性をエスコート出来るはずがなかった。
子爵領では自慢じゃないが人と過ごすよりも牛や豚と過ごす時間の方が圧倒的に長かったのだ。
家族以外で女性と話すことだってほとんどない。
「今さらですが、どこか行きたいところはございますでしょうか?」
2時間もほっつき歩いたあげく丸投げだ、本当申し訳ない。
眉毛を八の字に下げた困り顔の俺はさぞかし情けなく見えるだろう。格好悪い。
「い、いえ、すいません私も思いつかなくて、侯爵領のこともよく知らなくて……。」
そりゃあそうだ。この半年治安の問題で姫様は領主の館からいっさい出ていないのだから当たり前だ。
重ね重ね申し訳ない。
「姫様が謝ることは何ひとつございません!全ては俺が不甲斐ないばかりに…不自由な生活をさせて申し訳ありません。」
姫様には出来るだけ快適な生活を送ってもらえるように生活必需品などの手配は出来る限りしたつもりだが王都の王城にお住まいだった姫だ、冷遇されていたとはいえ元の生活に比べたらさぞ辛かったろう。
頼みの夫は仕事にかまけて会いにもこないのだから心細さもひとしおだったはずだ。
姉が怒るのも無理なかった。
「ダ、ダルシオン様はとても良くして下さってます。わた、わたしは、私の方こそ……本当なら、こ、侯爵ふ、ふ、夫人の務めを果たさなければ、な、ならないのに……。」
「侯爵夫人の務め?」
????なんだっけ………真っ赤になって俯いた姫を見てボワッと顔に火が付く。
えっ!務めってそういう……!?
た、たしかに一般的に貴族の奥方の一番の務めはソレかも知れないけど…
エエエッー!!!???
「ひ、姫様?いやソレはあの、姫様がお気になさらなくても、いえっ!それも俺が悪いですから!!」
「ご、ごめんなさい!!」
突然姫が勢いよく頭を下げる。
「えっ!」
「しょ、初夜から、ず、ずっと、避けてました!!」
「ええっ!!!???」
さけてた?それは俺の方だと…えっでも姫が避けてた?
それはつまり……俺とそういう事をするのが嫌だと……?
熱を持っていた頭からすっと血の気が引く。
「な、何で!いえ、何か姫様のお気に障るような事をしてしまいましたでしょうか!?」
「ち、違うんです!わ、私知らなくて、しょ、初夜で、ヴァ、ヴァレリアが入ってきたときにダ、ダルシオン様の……あ、あの部分が、ふ、不思議で…」
「不思議?」
あの部分?あの部分って何?
俺のあの部分って………………まさか俺の俺のこと!!!?!!!!?
「そ、それで、後でヴァ、ヴァレリアに聞いて…夫婦が…しょ、初夜でなにをするか、教えてもらっ…て」
引いた血の気が更に引いた。
「つ…妻に…なりたいって意味が…そう言う事だって…知って」
尻すぼみに段々と小さな声になりながら姫が恥ずかしそうに言った。
『純真無垢なフォルティナ様に触れるなど10年早いわ!!』
『清純無垢なフォルティナ様がそのような卑猥な事を知っているはずがないでしょ!!!』
姉の言葉が俺の頭の中で響き渡り、背中に冷や汗が流れた。
うわぁー!!!!!!!!うわぁー!!!!!!!うわぁー!!!!!!!!!!
心の中は大絶叫だ!
まさか、まさか、まさか姉の言った通りだったとは!!!
もしあの時姉が来なかったら?
あのまま手を出していたら…………。
何も知らなかった姫に俺は………………………。
まさしくケダモノ不埒者。
「うぐぅ………………………………………………。」
頭を抱えてうめき声を漏らす。
こんな事で姉に感謝する事になろうとは…………。もうあの狼藉を責められない!
思い返してみればおかしい点はあった。
あの初夜で姫が割と積極的だったのも姫が知らなかったなら納得だ。
きっと姫は、本当の夫婦になるということを単純に仲の良い夫婦になることだと思ったのだろう。
あの王宮で姫にちゃんと教育がされたとは思えないし、3年間も姉が張り付いていたのだ。
あの姉がそんな情報で姫の耳を穢すような事を許すはずがない。
そうだあの時、姫は俺のあの部分を凝視していた。
恥ずかしがるでもなく不思議そうな顔で…………。まるで未知の物を見るような目で………。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁー。」
頭を膝につけ抱え込むようにしゃがみ込み大きく息を吐き出す。
あれから目も合わせてくれないし、顔を合わせると真っ赤になっていた理由がわかった。
ただお互い気まずいだけだと思っていたなんて、
俺も会いに行かなかったが、姫からは一度も会いに来ていなかったというのに。
「ダ、ダルシオン様………?」
馬上から姫の狼狽えた声が聞こえてくる。
少しだけ膝から顔をあげて姫を見上げる。
「…ある意味今日一番の衝撃です。」
ちょっとだけ意地悪な気持ちになっていじけてみる。
「!!!ごめんなさい!!!」
「わ、わた、わたし、ダルシオン様と本当の夫婦になるのが嫌なんじゃないんです!!ダルシオン様の事が好きです!!!」
「!!!!?????」
「い、いつも、一生懸命頑張ってる姿が、か、格好良くて………眩しくて、だから、こんな素敵な人が私なんかと結婚してくれたのが、夢のようで…。」
「!!!!!!!!!」
「だから、ヴァレリアに話しを聞いたときも、ダ、ダルシオン様となら、いいって…、もっと仲良くなれるならって、思うんですけど……ダルシオン様の前に出ると、き、緊張して、上手く喋れなくて…す、好きになればなるほど、どんどん緊張して…」
「まって!!!心臓止めにきてます?」
奈落の底に落としたかと思ったら今度は天国ですか?
「えっ????」
はぁぁぁ何なの姫様、こんなに真っ直ぐ好意を伝えてくるなんて、反則なんじゃないだろうか?
こんないじらしくて可愛いこと言われて落ちない男とかいるんだろうか?少なくとも俺はイチコロだ!
今度は嬉しさと恥ずかしさで真っ赤な顔を上げられない。
落ち着こうとふーふー息をしていると、突然姫が馬から飛び降りた!
「うわっ!!」
慌てて受け止める。今度はどうしたんですか!?
「顔が赤いです!胸の音がこんなに!具合が悪いんですよね?目眩や吐き気はありませんか?」
いつものどもりが嘘のようにハキハキと質問しだす。綺麗な黒い黒曜石の瞳が、真っ直ぐに俺の瞳を覗き込む。
また別のドキドキが胸をうった!
「今すぐ誰か助けを呼んできます!!」
駆け出して行こうとするので慌てて止める。
「大丈夫です!大丈夫です姫様!!顔が赤いのは恥ずかしかったからで!
動悸が酷いのはときめいてたからです!!!」
「えっ!?えええー???」
何これ、ホント、恥ずか死ぬ。
天罰か何かですか?
「よ、良かったです。ダルシオン様はこの1ヶ月…とてもお忙しそうで、調子を崩してしまわれないか…ず、ずっと心配だったので…。」
ふわりと姫が微笑む。
ああ、もうホント 可愛いな
「わ、私…何も役に立たなくて、いつも……私は……誰かを不幸にしてしまうから……。」
ふっと姫の笑顔が陰る
「………………………。」
「さっき、ダ、ダルシオン様に…愛してるって、言ってもらえて嬉しかったです。…でも、こんな迷惑ばかりかけている私が…どうしてそう言ってもらえるのか…私にはわからない…。」
「………………………。」
「よ、容姿だって、私はこんな烏だし…。私が側にいるせいで、もし、ダ、ダルシオン様まで笑われてしまったら…って……。」
「………………………。」
「ほ、本当は、わ、わかっているんです。ダルシオン様の隣には、私みたいなみっともない娘は相応しくないって…。本当は、本当なら、私なんかじゃなくお姉様達みたいに美しい姫が!」
「ストップ!!!それ以上言うなら、今すぐ口づけします!」
「!!!!!!????」
真っ赤な顔で、両手でパッと口を塞いで一歩俺から遠のく。
「あっ!ご、こめんなさい!あの!その、く、口づけが嫌なわけじゃ……。」
思わず苦笑してしまう。
「…………………ゆっくりでいいんです。」
俺は一歩近づいた。
そうだ、もともと時間をかけて仲を深める予定だったのだから。
「………姫様は姫様のペースで俺のことを受け入れて行ってください。」
不安に揺れる黒曜石の瞳が俺を見つめる。
今はまだ、この美しい瞳を近くで見つめられるだけでいい。
「わ、私は、ダルシオン様が好きです。」
「はい、わかってます。」
照れてしまうが真っ直ぐ見つめ返す。
姫の瞳から涙が溢れて頬を伝う。
「でも………でも………………もう少しだけ、
……………時間をいただいても、いいですか?」
「はい、もちろんです。」
そうして俺は改めて、この愛おしい姫と向き合う事を決めたのだった。




