8 姉の襲来2
それ以来、お互い顔を合わせるとなんとなく気まずくなってしまい上手く会話が噛み合わない。
姫は恥ずかしいのか顔を真っ赤にさせて目すら合わせてくれないし、俺だって思い出すだけで顔から火が出そうなくらい恥ずかしいのだ。
これからまたあの甘い雰囲気に戻すなんて高等テクニック俺にはない。
時間が経てば経つほどどうやって進展させたら良いのか分からなくなっていく。
"冬どうやって越そう問題" が切羽詰まっていた事もあり、夫婦の問題についてはひとまず目を逸らして
特にここ一ヶ月は忙しさもあり完全に放棄していた……。
「このわたくしが、姫様のお住いになる侯爵領の安全と治安を守るため、魔族の残党狩りや、野党狩りにと日夜駆け回っていたというのに、半年もの間何をしていたのやら。」
ヤレヤレと言いたげに首をふる。
確かに姉が治安維持の為、働いてくれるお陰で治安に関しての問題はなくなった。
それに関しては感謝している。
でもそれくらいで初夜の狼藉が帳消しになると思うなよ!!!怖くて言えないけど。
「ヴァ、ヴァレリア、もう、やめて、ダ、ダルシオン様は、領地の為に、が、頑張ってらっしゃるわ!」
赤い顔でモジモジとしながらも俺を庇ってくれる姫。優しい。
優しさが俺の罪悪感を強める………。
「申し訳ありません姫様、決して姫様を避けていたわけでは………。」
「あっ、は、はい!!だっ大丈夫です!!!」
焦った声で姫が答える。でも目線は合わせてくれない。悲しい。
………………………うん、誰か助けて。
「まあいいわ、ダルシオン!お前今から我が麗しの天使フォルティナ様の護衛をしながら領地を案内なさい!」
「へっ?」
突然何を言い出すのか?いやこの姉はいつもすべてが突然なのだが………。
「へっ?じゃありませんわよ。至高のフォルティナ様をエスコート出来る栄誉を与えてあげると言っているの!さっさと支度なさい!!」
「いや何言ってるの?なんで急に領地の案内?行けるわけないでしょ!」
もうヤダこの姉!どうにかしてほしい。仕事で3徹してるってそこのイケメン眼鏡が言っていたの聞いてなかったのだろうか。
「お前に拒否権などないわ!!
地上の女神フォルティナ様との時間以上に優先するべき事など何処にも存在しなくてよ!!!
それともまさか嫌だとでも!?
お前のフォルティナ様への思いはその程度だと!!??
己の血の一滴まで捧げて、存在をかけて姫様を大切にすると誓った言葉は嘘だったとでも言うつもりなの!?」
「そんな誓いの言葉口になんかしてねえわ!
あのねぇ!この書類の山見えてないの姉さん!仕事溜まってるんだよ!!
だいたい血の一滴まで捧げろって何だよ!どこの魔族だよ!!こえーわ!!」
「何が怖いものですか!
誰あろうフォルティナ様を娶るのです!!
それくらいの覚悟と愛を持って初めて御身を本当に娶る事が許されるのです!!
お前がかように半端な気持ちでいるならば、例えフォルティナ様がお許しになっても私は認めない!!
フォルティナ様の御身に触れるどころかお側に侍ることも許さなくてよ!!」
「なっ!!!何勝手なこと言ってるんだ!!!
だいたい元は姉さんがフォルティナ様と俺との婚姻を報奨に望んだんだろが!!
それに俺は俺の意思でフォルティナ様との結婚を決めたよ!!!
姫様としっかりと向き合って行く気持ちも覚悟もちゃんとある!!
姫様を大切にしたいと思ってる!!姉さんにとやかく言われる必要ないだろ!!!」
「私がフォルティナ様とお前の婚姻を報奨に望んだのはそれが姫様をあの羽虫共の巣窟からお救いする最善の手段だと思ったからですわ!
別にお前でなくても良かった。
ただあの羽虫共よりは幾分かお前の方がマシだと思ったからフォルティナ様の伴侶に選んだ!
私がいっそ男であったなら私が娶り私の全てをかけて一生涯、姫様の幸せの為にお仕えしお守り申し上げたものを!
お前は婚姻届等という紙切れ一枚で姫様への権利全てを手に入れたとでも思っているの!?
何がしっかりと向き合って行く覚悟よ!!
出会って3日で良く分かり合えもしないうちに姫様を手籠めにしようとしたくせに!!
この不埒者が!!!」
「!!!!てごめって、イヤ、ちゃ、ちゃんと許可とったし!!!しょ、初夜だったんだから!!」
売り言葉に買い言葉、話し合いがヒートアップしてきておかしな方向へ流れ出し焦る。
「清純無垢なフォルティナ様がそのような卑猥な事を知っているはずがないでしょ!!!
だいたい仮にご許可を頂いたからコレ幸いと愛もないくせに欲望を優先させた心根が許せないのよ!!!」
「違う!!!欲望は……た、確かに無かったとは言わないけど、あ、愛だってその…」
何だって実の姉にこんな話をしなければいけないのか、つい歯切れが悪くなる。
「何!?愛があるって言いたいの?笑わせないでくれるかしら?
私は王に願い出てこの婚姻を無効にする事だって出来た。
でも慈悲深いフォルティナ様がお前との仲を望まれた。
だからこの半年間血の涙を飲んで見守ってきたというのに、ろくに会いもせずここ一ヶ月は姿さえ会わせてない。
エスコートのチャンスすら与えてあげてるのに掴もうともしない男の言葉など信じられるわけがないわ!!」
「会えなかったのは申し訳なかったよ!!!
けど愛は!!!!愛は……あるよ。
もっと時間をかけて誠心誠意心を尽くして深めて行きたいと思ってるよ……。」
「その時間を全く取ってないじゃない!!!!」
「だから仕事が忙しかったんだよ!!!どうしようもなかったんだよ!!!!」
「ハッッ!!!仕事など!!仕事で忙しいなんて口先だけの言い訳男の常套句じゃない!
もう良いわ!!!所詮おまえも姫様の素晴らしさの分からない羽虫共と同じというわけね!!
何が誠心誠意よ!!もうこれ以上は待てない!!!!!
お前が幸せに出来ないというのなら離婚!離婚よ!!!!
明日にでも王に婚姻の無効を願い出て、もっと姫様に相応しい男を探さなくては!!!!」
「はー!!!???
ふっざけんな!!なんで俺が姫様と離婚しなきゃなんないんだよ!!
俺は姫を愛してるって言ってんだろが!!!
離婚なんて絶対しないわっ!!俺の姫だ!!他の誰にも渡さねーわ!!!!!」
いくら何でも聞き流せない。
ブチギレ気味に叫んだ。
姫様の前だと言うこともすっかり忘れて……
「ねっ姫様ー!私の言った通りでございましたでしょ?
この愚弟はただヘタレなだけで姫様に既にぞっこんですのよ!!!」
さっきまでの鬼の形相が嘘のように、姉はにっこりと口元に満面の微笑みをたたえた顔で、姫に朗らかに話しかける。
「…………えっ?」
コロッと変わった態度に毒気を抜かれて我に返る。
『あれ、俺いまなんて言った!?』
パッと姫を見ると茹でダコのように真っ赤になって手で顔を覆っている。
羞恥で俺の顔にも一気に熱が上がる。
「ひ、姫様!!!あの、その、スイマセン、おれのとか、勝手に…。」
「い、いえ、だ、大丈夫です。」
恥ずかしさと焦りで言葉が出てこない。
姫と2人顔を見合わせて真っ赤になってわたわたしてしまう。
「さっ、もう行きない愚弟!男のモジモジしている姿なんて見たくなくてよ!
仕事はこの私が代わりにやっておいてあげるわ!
ノアール、緊急性の高いものから持ってきなさい!」
姉が、パンっと手を叩くとスッと執務机に向かいノアールに指示を出す。
「えっ、ええっ?いやでもそんな理由には!俺の仕事だし、俺じゃないと………。」
「お前に出来て私に出来ないことがあるとでも?お前が私よりも優れている点が一つでもあるのなら言ってごらんなさい。」
「……………………………ありません。」
悔しいけれど事実なので押し黙る。
「私は身分上、侯爵代理となっているので決裁になんら問題はないわ。
気になるなら後で目を通せばいい。
まあ間違いなどあろうはずがありませんから時間の無駄ですけど?
まったく、お前は本当に真面目で誠実なだけが取り柄の要領の悪い子ね。
こんな陳情書になんて一つ一つ返事を書いていたら時間がいくらあったって足りなくなるに決まっているでしょうに!ノアール、この机の物は片付けてちょうだい。」
さっきまで俺が書いていた書類をクシャっと丸めてポイっとゴミ箱に入れて、ぶつぶつ言いながらテキパキと仕事を始めてしまった。
「ヴァレリア様のご厚意だ。行ってきていいぞ。」
相変わらずの無表情でイケメン眼鏡が俺の耳元で小さく囁く。
『本当は優しい方だ、あれでお前や王女殿下の事を心配しておられる。ヴァレリア様の性格は分かっているだろう?』
少しだけ優しげに細めた目を姉に向けてから、俺の肩を叩いた。
「ノアール!そんな木偶の坊の相手をしていないでこちらの分類を手伝ってちょうたい!
あと愚弟!いつまでフォルティナ様をお待たせするつもりなの!?
言っておくけど我が麗しのフォルティナ様に傷の一つでもつけたら命を以てあがなってもらいますからね!
あっフォルティナ様!この愚弟が何か不埒な事でもいたしましたら直ぐお知らせ下さいませ!処分いたしますから!」
俺と姫に向ける表情をコロコロと替えながらまくし立てた。
ブツブツと文句を言いながらも手はスラスラと動いていく。
だけど、姉の耳がほんのり赤く染まっている。
何これ
「…………ふっ」
何だが可笑しくなって笑ってしまう。
何でも出来るくせに、不器用な姉。
本当にどうしようもない人だ。
「あ゙ぁ゙!?何笑ってんのよ?」
殺気の籠もった目を向けられて慌てる。
「グフッ、……い、いや、何でもないよ。行ってくるよ。……ありがとう。」
「お前の為なんかじゃなくてよ!姫様の為ですから!お礼なんて必要ありませんわ!」
カリカリと書類を書くスピードが上がっていく。
「ヴ、ヴァレリアありがとう。お、お仕事頑張ってね。」
「姫様ー!!!!!!」
感激で号泣をはじめた姉の声を背に、俺と姫は執務室を出た。