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5 イケメン眼鏡

「そう思うなら仕事をしろ!」

スパンと分厚い書類の束で頭を叩かれる。凄く痛い!


「何すんだこのイケメン眼鏡!!」

恨みがましく見つめるが表情筋がまったく仕事をしない無表情顔だ


「何それ、変なあだ名つけないでくれる?」

そういいながら内ポケットから一枚の封筒を取り出し俺の顔の前に突きつけた。


「えっ…、まさか辞表?…ごめんなさい…ほんと…勘弁して下さい」

最悪な想像に顔が青くなる。


「アホな事言ってないでさっさと読め!親父からだ!!!」


奪い取るように手紙を受け取り中見を確認する。

その内容をざっと斜め読みで目を通し、目を見開く。



「…………………………………、……………………心友………抱きついていい?」

潤んだ瞳で心の友、イケメン眼鏡を見つめる。


「絶対嫌だね。気持ち悪い!」


「ノアール〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」


「やめろ気色悪いー!!!」

本気で嫌がる心友にかまうことなくギュッギュッと泣き笑いしながら抱きついた。




手紙には小麦と種子の手配が出来たと書かれてあった。   




我が家の執事であり、有能な部下であり、幼馴染みであり、心友(親友から格上げだ)のイケメン眼鏡の名前はノアール・クロイ。


実はこの侯爵領に隣接する辺境伯であるクロイ家の三男だ。


そんな彼がなんで子爵の息子である俺と幼馴染みかというと、答えは簡単で父親同士が学生時代に友人だったからだ。


そして幼い頃、体の弱かったノアールは田舎で空気の良いエイナー家に預けられた。

当時クロイ辺境伯が治める領地は激戦地でいつ何が起きてもおかしくない状況だった。

隣接するこの侯爵領が占領下にあったことを鑑みるに長い間激しい攻防があった事は間違いない。


ノアールがエイナー子爵家に預けられたのは療養の目的もあったのだろうが、おそらくは疎開させる意味合いが一番強かったのだと思う。


クロイ家の血を残すために………。


あの頃のノアールは今よりももっと表情筋が死んでいて暗い瞳を俺に向けていた。

ノアールから見たら家族と一緒に平和な領地でのほほんと暮らす俺はムカつく存在だったに違いない。

いつも領民と一緒に田畑を耕したり牛や豚の世話をしている父さんや俺の事を苦々しげに見ていた。


それでも段々とその眼差しは和らいでいき、少しずつ畑を耕すのを手伝うようになり、体が丈夫になるとエイナー家の家業である畜産から品種改良、事務処理、販路の開拓まで手がけるようになった。


有能すぎない?


そうしていつだったか  『貴族家なのに執事がいないなんておかしい』とか言い出して自分が執事になってしまったのである。


意味わかんない。


クロイ辺境伯からお預かりした大事な三男にそんな事はさせられないと父さんは固辞していたが、父親のクロイ辺境伯からも 『好きにさせてやってくれ』との言質をとり押し切り、本当に好きなようにやっている。


魔王が討ち取られ、辺境伯領も平和になった今となってはノアールが田舎の子爵領にいる必要はない。


ノアール程有能なら何処でだってやっていけるし何処だって欲しがる。


何より辺境伯領に帰ってやっと家族と一緒に暮らせる。


良かったなと思った。




でも




『おまえ侯爵になったんだって?馬鹿かっ!!候爵なら執事が必要だろう!なってやる。」



不満そうなイケメン顔を歪めて眼鏡をクイッとあげて口元だけがニヤリと笑った

 


『惚れちゃうだろがイケメン眼鏡ーーーーーーーー!!!!』




ノアールは侯爵領についてきてくれた。



このイケメン眼鏡がいなかったら、しがない子爵子息でしかない俺は何処から手を付けたらいいのかすら分からなかったに違いない。


そして俺がいま一番頭を悩ませている問題が



『 どうやって冬を越えよう……………………………………。 』だ



俺がこの侯爵領を拝領したのは半年前、季節は春だった。

春といえば種蒔きの季節だ。

多くの作物が春に種を蒔き、夏に枝葉を伸ばし、秋に実りの収穫を迎える。


春なんだから冬の食料確保の為に種蒔き出来るから良かったと思うだろうか?



『土カッチカチじゃねえかーーー!!』 


視察で訪れた村で最初にみた田畑は荒れ果てて固く、踏み荒らされ、石や砂利が混ざり雑草が蔓延っていた。かつて穀倉地帯だったとは信じられない。


イケメン眼鏡の眉間の皺も深くなる。


子爵領でさんざん農業を営んできた俺達は、農業において土作りがどれだけ大切か知っている。


父さんの畑のフワッフワの土を思い出す。栄養がたっぷりと含まれた芳ばしい土の匂い。


晩秋から初冬は畑のための土を作る上で重要な季節だ。霜が降りる前に深く深く耕し、酸素と必要な肥料をしっかり取り込ませ寝かせるのだ。


冬の間にどれだけ良い土壌を作れるかどうかで収穫量は大きく変わってくる。


春に慌てて何とかしようとしても間に合わない。


しかも事実上流通をとめられている為に肥料を購入することも難しい。


まったく何も育たないとは言わない。だがこんな痩せた土で冬に蓄えられる量が確保出来るとは思えない。


不安そうにこちらを見つめる村人たちの細い身体が目に入る。


きっと食べられるものは何でも食べてきたんだろう。


村の隅から隅まで見て回って気づく。


子爵領ならこの時期、何もしなくても芽吹く食べられる野草すら見ることがない。


それは芽吹く事がないほど刈り尽くされてしまったことを意味する。


1か月かけ領内の村々を見て回ったがどの村も大差ない。



魔族に滅ぼされた村も多い、激戦に巻き込まれ生命を落としたものも少なくはない。


とはいえ広大な領地だ。生き残った領民の数は万を超える!





『ノアール、早急に食料を確保しなければならない。』


いずれ自給自足に持ち込むにしても、今は目の前の冬を越すための食料だ!!



ということでこの半年、様々な雑務をこなしながら四方八方食料をもとめて奔走していたのだが


ノアールの父上である辺境伯から小麦が手配出来たと連絡が入ったのだ!


しかも種子まで!!!!


嬉しくて嬉しくて泣けてくる。



クロイ辺境伯領は侯爵領の隣接地だ。激戦地の中の激戦地だったはずだ。いくら息子からの願いだとしたって他領にまで手が回らないはずだ。


ただでさえ王家に睨まれている侯爵領を助けるのは無理だと思っていたのに………………。



感動に打ち震えている俺を無慈悲に引き剥がし、無表情にズレてしまった眼鏡をかけ直しながら、イケメン眼鏡がもう一方の手で手紙を指差す。


「手紙2枚目、ちゃんと読め…………。」


言われて手元に視線を戻すと、続きの2枚目があるのに気がついた。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



………………以上が侯爵に送ることの出来る総量である。


尚、今回送る小麦と種子は我がクロイ辺境伯領の他、近隣の領主である、サイロン伯爵領、リザード子爵領、サザリア子爵領、カサンドラ男爵領からの合同支援である。


侯爵領の現状を、魔王軍と戦い続けてきた我々辺境の領主達は何処よりも分かっているつもりだ。

貴公の置かれている厳しい状況は把握している。それは当分の間続くであろう。


困った事があれば我々を頼ると良い。王家が何と言おうとも我々は援助を惜しまない。


我々は魔王を討ち取ってくれた勇者に心より深く感謝している。


そして、長年のエイナー家の献身を決して忘れる事はない。

           

 

                     クロイ辺境伯  ノクス・クロイ

                               

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



無駄口を叩かない武人といった風貌のクロイ辺境伯らしい要件しか書かない無骨な手紙。


だが内容はこの上ないほどに温かい。


厳しい状況であろう近隣の領主達が支援してくれている。


こんなにも心強いことがあるだろうか!



「…手紙に書いてある近隣の領地は魔王軍との戦いで傷ついてきた。………身近な者達を魔王軍に殺された者も多い。それ故に魔王を討ち取った勇者に対する感謝の念は中央貴族等とは比べようもなく強いんだ。」


「………………………ああ…………。」


勇者への感謝の言葉を、本当の意味で初めて聞くことが出来た気がした。


あんな姉ではあるが、心からの感謝を捧げてくれる人達がいることが堪らなく嬉しい。


そしてふと最後の文に違和感を感じる…。



「………長年のエイナー家の……献身…………??」


 

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