4 あれから半年
「うわぁぁぁぁーーーーーーーー!!!!!!!」
がばりと跳ね起きると書類の束がバサバサと舞った。
フーフーと息を切らし見渡すといつもの執務室の俺の机だ。
ぐったりと座り椅子の背もたれにもたれかかる。
窓を見ると目の下にクマを作った疲れた顔の男が窓ガラスにうつりこちらを見返している。
3徹だ無理もない…………………。
あの勇者の為の式典から半年が経っている。
幸いなことに俺の首の皮はまだ繋がっている。
思い返すたびに鳥肌がたつし完全にトラウマとなってしまい寝るたびにあの時の悪夢を見る。
本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に怖かったーーーーーーーー!!!!
姉に当てられる本気の殺気を受けながらの公開プロポーズ
あの日姉だけが俺の姫への求婚を大喜びで褒め讃えた。
『オホホホホホ!!私としたことが何という失態を!!愚弟よ良くぞ申しました!まずは我が女神たるフォルティナ姫様のご許可をとるのが第一でしたわ』
嬉しそうに大はしゃぎする姉を尻目に
王妃はわなわなと震える声と憎悪に満ちた顔で
『妾の好意を無下にしたこと後悔せぬことだな』と吐き捨て会場を後にした。
愚か者を見るような王侯貴族達の目線どれをとっても凡人が受け取れるストレス値を超えていると思う。
それでも何とか耐えて姫君の返事を待った。
フォルティナ姫は、俺の差し出した手をしばらくジッと見つめていた。
俺の伸ばした腕が痺れてきた頃、差し出した俺の手におずおずと手を重ね『お願いします』と了承の返事をいただいた瞬間、俺の緊張は許容量を超え気を失った。
薄れゆく意識の中で
『まあ!嬉しさのあまり気を失ってしまいましたわ〜』
とのたまう姉の呑気な声に殺意が沸いたのは仕方ないと思う。
そして俺の意識がないうちに
『王国の至宝たるフォルティナ様に嫁いでいただくのに子爵位では確かに心許ないですわね。王妃様も言っておられましたとおり他国に示しがつくような爵位と領地を所望いたしますわ!』
と王妃の言葉をねじ曲げ、侯爵位と広大な領地までぶんどってきたのだ。
目を覚ました俺がそれを聞いて、もう一度卒倒したのも無理ないと思う。
姉が魔王を打ち倒したと聞いて腰を抜かして動けなくなっていた両親は
俺がフォルティナ姫と結婚することになったと聞いて泡を吹いて倒れ
俺が侯爵位を賜ったと聞いて高熱を出し
俺が王妃の不興をかったと聞いて心臓が止まりかけたらしい
『父さん、母さん申し訳ない』
心の中でも土下座で謝る
『これもすべて、姉のせいです』
『俺が過労死で死にかけているのも、姉のせいです』
ぶつぶつと呪詛を呟いているとノックもなしに執務室のドアが開いてイケメン眼鏡が顔を覗かせて
チラリと床に散らばった書類を一瞥して追加の書類をドンと机に上乗せする。
「……………また後悔プロポーズの悪夢でも見て書類をぶちまけたのか?」
「……………………公開プロポーズだ………変な言い方はやめろ」
肩をすくめるとイケメン眼鏡は俺のぶちまけた書類を拾い始めた。
「悪い……………。」俺も一緒に拾い集める。
このイケメン眼鏡は我が家の執事であり、有能な部下であり、幼馴染みであり、親友だ。
こいつがいなければ俺はとっくに過労死している。
あれ以降トバッチリを恐れたほとんどの貴族達から総スカンされて貴族の友人は蜘蛛の子を散らすようにいなくなった。
それも仕方ない。王家に睨まれるのは誰だって避けたいだろう。王家に睨まれれば中央では生きていけない。
『先祖代々か細いながらコツコツと繋いできた人脈サヨウナラ』
俺が拝領した領地は広大だが魔王軍との戦いでの攻防を繰り広げた最激戦地でありここ数年は占領されていた土地だ。
かつては肥沃な穀倉地帯であったというが、度重なる激戦地の舞台であった為に田畑は荒れ、あちらこちらに倒壊寸前の建物や瓦礫だらけの荒廃した土地だ。
それでも、なんとか生き残った人々が暮らしている。
本来であれば王家主導のもと、治安を回復し、街を整備し、人々の暮らしを安寧に導くための復興をするべきところだが…………
『魔王に占領されていた領土が奪還出来たのは全て勇者のおかげ、その功績をもってその領地の全てを侯爵位とともに授ける。報奨金もつけるゆえ今後は勇者とともに領地の復興と繁栄に努めよ!』
端的に言って押し付けられたのである。
対外的には勇者である姉の意思を汲みとり、弟の俺に末姫の下賜と侯爵位を授け、さらに広大な領地にそれなりの報奨金まで与える。
それだけ聞けば寛大で気前の良い王家に見えるだろう。
流通をとめられてさえいなければ………………………………。
復興に必要なもの、それは物資と人材だ。
建物を建て直すにしても大量の資材、技師、運搬のための牛や馬が必要となる。
荒れ果てた田畑を元に戻すのにも、汚れた川を整備するにしても、道を作るにしても、何をするにしても
物、物、物、物、物、物、物、物、物、 人、人、人、人、人、人、人、人、人、
まったく足りないのだ。
与えられた報奨金で購入すればいいと思うかもしれない。
だがしかし、売ってもらえなければ金などなんの意味もない。
王家から不興をかうのを恐れて、貴族たちは取引をしてくれない。不興をかえば王家のある首都で売買が出来なくなるかもしれない。下手をすれば没落させられてしまう。
王家がそうしろと命令したわけではない。王族が一言、例えば社交界でポツリとある貴族に不平を漏らしたら、次の日にはその貴族は貴族社会からは消えている。
貴族社会とはそう言うものだ。
そして現在進行形で俺は流通をとめられ厳しい立場にたたされている。
勇者である姉を表立って攻撃できないが、王家の意向にそわなかった者への見せしめなのだろう。
国とて直ぐには立て直しがきかない土地を押し付け、復興が進まない責任を俺へ背負わせる。
さらに侯爵領は国境に接する領地も多いが勇者がいる地に攻め込んでくる他国はまずいないだろうから
他国に領地を狙われることもないので警備の兵を出す必要もない。
万一何かあった場合にはもちろん俺の責任になる。
本当にえげつなくて効果的ないやらしいやり方だ。
姉と共に王家に平伏し、爵位と領地の返還を願い出れば、あるいは許されるかもしれない。
姉を王家に取りこみたがっていた王家にしたらむしろ最終的な狙いはそこかもしれないが……。
この侯爵領も王家が主導すればいずれは復興していくだろうか……………。
王家がきちんとしてくれるのなら俺としては諸手を挙げて全てさしだしてもいいが………。
考えて頭を振る。まず姉が受け入れないだろう。そんなことになれば、役立たずの姫としてフォルティナ様が酷い目に合うことは目に見えている。
それに度重なる魔王軍との戦で国全体が疲弊している。王家は中央が盤石になるまで荒れ果てた侯爵領には手を回さないだろう。
見せしめで流通を止めているくらいだ、王家はじめ中央に座している王侯貴族達にとって最果ての地で困っている領民達など頭の片隅にすらないんじゃないだろうか。
疲れた目を揉みほぐしてぼんやりとふたたび窓に目を向ける。
執務室の窓から遠くに、痩せてしまった田畑をなんとかしようと頑張る生き残った領民たちが見える。
魔王の占領下にあった時、魔族は彼らを奴隷のように扱い、奪い、迫害した。
時には遊びのように滅ぼされた村も沢山ある。
そんな環境でお互いに助け合い、寄り添いあい、励ましあいながら生き残った領民たち。
姉と俺が領地に着いた時、領民たちは涙を流しながら魔王を打ち倒した姉に感謝し、新しい領主となった俺を快く歓迎してくれた。
どの村を訪れても、それは変わらなかった。
魔族に怯える暮らしは、それほどまでに辛く苦しく不安に満ちたものだったんだろう。
魔王軍と進行先とは程遠い、安全な田舎の子爵家でのんびりと畜産をしていた俺には計り知れない。
ポツリと言葉がこぼれる
「俺のせいで不幸にするのは嫌だな…………。」