3 フォルティナ姫
王国には現在フォルティナ姫を含めて5人の姫君がおり、フォルティナ姫は一番末の姫君である。
しかし王妃様のお産みになった姫君は四番目までであるのに対し、フォルティナ姫は王宮に仕えていたメイドから産まれた。
お手付きになりたいメイドが王に媚薬を盛って身籠り産まれた姫なんて噂もあり、その出生からフォルティナ姫は非常に微妙な立場に置かれていた。
また姉姫達4人が王家の特色である銀髪に翡翠色の瞳を受け継いでいるのに対しフォルティナ姫は真っ黒な黒髪に真っ黒な瞳をしている。その為 本当に王の娘なのかと疑うものさえいて口さがない連中は “王宮に紛れ込んだ烏姫 '"と呼んでいる。
そんなお立場ゆえか表舞台には滅多にお出にならないというのに姉は何処で姫君を知ったのか?
俯いているフォルティナ姫の前髪は瞳が隠れるほど長くのびていて表情を読み取ることは出来ない。
どのような姫君なのかという好奇心が湧きついじっと見つめて
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バチッと隠れた目と目が合った。…と思う。
瞬間フォルティナ姫は顔を真っ赤にしてアワアワと口を開け、動揺したようにヨタヨタと後ずさりゴロンとうしろに転がった。
「フォルティナ様!!!!」
姉が脊髄反射のような素早い動きで駆け寄りフォルティナ姫を助け起こす。
俺も跪いた姿勢から中腰につい腰が浮いた形になったところで耳に響く言葉
「……無様な烏」
何処かから飛び出したその言葉にププッッと誰かの吹き出す音
口元を隠す扇から漏れ出る忍び笑い
呆れるような長いため息
フォルティナ姫の身体が震えて、チクリと俺の心が痛くなる。
「も、ももも、もうし、わ……わけ……。」
フォルティナ姫がどもりながらも謝罪の言葉を口にする
『謝罪の言葉も満足に口に出せないのかしらねぇ』
『あらぁ嫌ですわ、烏に人の言葉が話せるはずないでしょう?』
『それもそうですわね。うふふふ。』
『まぁまぁ、あんな色だとしても不敬だぞ』
『あんな色ってどんな色かしら?あの汚い黒色のこと?』
『いやねぇ薄汚れた烏』
クスクス、ヒソヒソと波紋のように姫への悪意が広がっていく。
フォルティナ姫を馬鹿にし嘲るような視線や陰口に家族である王族たちは不満を訴えるどころか当然といった顔で何も言わない。王妃はむしろ満足気な顔すらしている。
フォルティナ姫はいつもこのような空間にいるのだろうか?
姫の微妙な立場は聞いたことがあるし、王妃にしたら夫を寝取った女の娘、嫌悪の対象なのかもしれない。
では王は?
仰ぎ見る王は苦虫を潰したような顔でフォルティナ姫を見ていた。まるで汚いゴミを見るような目で。
ポタッと水に垂らしたインクが、モヤッと黒く広がるように俺の中で不快感が募る。
ああ、まずい………こんな感情を抱いては駄目だ。
と自分に言い聞かせようと思った瞬間
姉の方から飛んできた爆発的に跳ね上がった魔力と殺気に、先程とはまた違った冷や汗がブワッと身体中から噴き出す。
それなのに周囲の嘲笑を含んだざわめきと視線は変わらない。
………誰も気づかないのか????
信じられない気持ちで王族席を見上げると、王妃がポツリとこぼす。
「本当にみっともない娘だこと…。」
瘴気かと思うほど重苦しい魔力がさらに充満していくのに王妃はまったく気づかぬ様子で王にゆったり話しかける。
「このように不出来な娘を下賜したのでは王室の威信をそこないますわ。子爵位とはいえその者も後ろ盾の無い不器量な女をあてがわれては不憫というもの。他国からの目もございます。勇者が弟と王家との婚姻を望むのであれば爵位を授けて他の姫を嫁すか兼ねてよりの予定通り勇者と王子のうちの誰かと添わせるのが宜しいでしょう。」
それがものの道理であろうと言うように。
「さすが王妃様!素晴らしいご提案!勇者への褒美であればそれが妥当と言うもの!」
「姉姫様方はみな美姫ぞろい。なんと羨ましい。勇者殿の弟は一生分の幸運を手に入れられましたなぁ」
「いやいや勇者殿も本当は王子殿下とのご結婚がしたいのに遠慮してあのような世迷い言を言い出したのでは?」
「おおっ!それは確かにあり得る話!勇者とはいえご実家は名も聞かぬような田舎の子爵家。気後れするのも頷ける!」
王妃の言を受け、貴族たちが好き勝手に同調し囃し立て始める。
姉姫達が『烏の代わりに嫁ぐなんて嫌ですわ』と言いたげに不満気に顔を歪め、兄王子達は再び期待で紅潮しだす。
ビリビリと肌がひりつく程の殺気と魔力に本当に誰も気づかない。
周囲の声に納得するように王が頷く
「うむ、王妃の………!!!!」
言いかけて姉の鬼の形相と視線にやっと気づいた王が口をつぐんだ。
『首の皮一枚繋がった!!』と一息つこうとした矢先、王妃が俺に問うた。
「のう、そなたもあのような不器量で能無しの娘と無理矢理縁づかせられては辛かろう。いかに勇者の願いとはいえ婚姻は本人の意思を尊ぶもの。妾が許そう、フォルティナなど嫌じゃとそなたの口から姉に伝えるが良い。」
「………………………………………。」
慈悲を与えてやろうとでも言いたげな深い王妃の微笑みが醜く歪んでいるように見えた。
衆人環視のもとでフォルティナ姫を貶めてやりたいのだろう
『 同意せよ! 』
冷たい瞳がそう告げている。
貴族達の視線もそれが当然だと語っている。
………………………………そんなにも憎いのか………。
王妃の言葉のせいで姉の殺気が俺にうつる
『姫を貶すならば弟と言えど容赦しない』と目が語っている。
3年ぶりに会った姉だがアレは本気の目だ。分かりたくもないがわかる。
天を仰いでギュッと目をつぶる。
ここで同意しなければ王妃の逆鱗にふれる。
王家に楯突いたとして子爵領にまで迷惑がかかるかも知れない。
フォルティナ姫は俯きながら皺が寄るほどドレスを握り締めていた。
ドレスにはポタポタと落ちてくる雫で染みが出来ていた。
『父さん、母さん…………。』子爵領にいる両親の顔を思い浮かべる。
姉と姫君の前に歩み出て大きく息を吸い声を張り上げる!
「王妃陛下の仰られた通り結婚は本人の意思が尊重されるべきものと思います!」
姉が手を振りかぶる
「故に!!!」
更に声をはりあげ素早く片膝をつき笑顔に見えるよう口角をあげ姫君に手を伸ばす
「まずはフォルティナ王女殿下に求婚のお許しをいただきとうございます!お許し頂けますならば卑賎な身ではございますがお心に添えますよう誠心誠意尽すことを誓います。」
求婚というよりは騎士の誓いみたいな言葉だ。だが覚悟を決めてキッパリと宣言する。
もう後戻りは出来ない。恐怖と緊張を捻じ伏せて、ただただ真っ直ぐ姫を見つめる。
俺はいまちゃんと微笑めているだろうか…………?