2 大混乱の大広間
雄叫びをあげた俺に大広間に集まる王侯貴族達の視線が突き刺さる。
「た、たいへん失礼を!!」
慌てて口を閉じて身を縮こませて謝罪の言葉をつぶやくが膝が勝手に笑い出し立っているのでやっとだ。
失礼ではすまないだろうと思うがどうしていいのかわからない。
王族や高位貴族の鳩が豆鉄砲をくらったような顔が見えるが見ていいのだろうか。駄目だろうな。
当の姉は『あら、そんなところに居たのね』とでも言いたげな顔でこちらを一瞥しニヤリと笑ったあと優雅に国王陛下に向き直りにこやかに口を開いた。
「あそこに居りますのが我が愚弟、ダルシオン・エイナーでございます。あのように粗忽者ではこざいますが、麗しの姫君フォルティナ様を賜ることがかないますなら望外の喜びにございますわ!ダルシオンこちらに来なさい!」
『嘘でしょ!やめて!何言ってるのー!!』
心の中で叫び声にならない声をあげる。
そんな心の声が届くはずもなく、姉が犬でも呼ぶように人差し指をクイクイと曲げ手招きしている。
『周りみえてないの!?みんなポカンとしてこっち見てるよ!!』
いやそれよりも
『これどうしたらいいの!?行くべき?そもそも陛下の許しもなく行っていいの!?駄目でしょ!てか行きたくない!!でも行かないと後で姉に殺される!!??』
心の中で渦巻く嵐のような感情に、半分意識を飛ばしながら一人葛藤していると、いち早く我にかえられた国王陛下が俺に向って声をかける。
「……………ダルシオン・エイナー、こちらへ…………。」
呼ばれてしまう。
ざっと陛下までの人混みが割れ道が出来た。
『…………もうやだ、お家かえりたい。』
『迷子の仔犬ってこんな気持ちなのかな?』
現実逃避しながらふらふらと覚束ない足で姉のそばまで歩み寄り、陛下の前に跪く。
傍から見た俺はさぞ顔面蒼白なことだろう。
これで合っているのか分からないガキの頃に習った作法を脳みそフル回転で思い出しながら陛下へ拝謁の口上を絞り出す。
「エイナー子爵が嫡男ダルシオン・エイナーでございます。王国の太陽にご挨拶申し上げます。」
胸に手を当て深く頭を垂れる。
国王陛下はゆっくりと上から下まで値踏みをするような視線を俺に送ったあと鷹揚に頷く。
良かった俺の作法に問題はなかったようだ。先ほどの雄叫びもスルーされたようでほっとする。
勇者で頭のおかしな姉が言い出した問題は何も解決していないが……。
王が姉に問いかけた。
「…………ふむ、勇者ヴァレリアよ、その方の願い是れなるそなたの弟にフォルティナを貰い受けたいとのことであるが……相違ないか?……そなたが望むのであれば皇太子妃の座とて用意することが出来るが……。」
ザワザワと会場が再びざわめき始める。
"皇太子妃の座" それは勇者に対して国が用意できる最高の位だろう。
それほどまでに国は勇者である姉を囲いたいと思っているという事である。
そんな思惑などまったく我関せずといった様子でににこやかに姉が答える
「いいえ私が望みますのはフォルティナ姫様ただお一人ですわ!!!」
きっぱりと宣言され国王始め皆の顔に困惑の表情が浮かぶ。
「そなたが望むのは……本当にフォルティナで合っておるのか?姫ならば他にも…」
「いいえ王国の至宝にして地上に舞い降りた天使!麗しの姫フォルティナ様です!!!」
「我が聡明なる主君にして我が希望の女神フォルティナ様です!!」
「フォルティナ様です!フォルティナ様です!!フォルティナ様です!!!」
かぶせ気味に国王の言葉を遮り畳み掛ける。
「………そなたがフォルティナの侍女をしていた事は聞いておるが…………。」
うっとりと姫君を見つめる姉とは裏腹に周囲のどよめきが広がっていく。
「て、…………てんし?」
「……うるわし…い???」
おかしな雰囲気になっていく会場に俺も落ち着かない気分になってくる。
『なんだろうこの雰囲気は……。』
困惑の広がる会場の様子にだんだんと緊張が混じるのを感じる。
姉がフォルティナ姫の名前を出すたびに、ピリピリとした緊張を含んだ空気が広がるように感じる。
『フォルティナ姫とはどんな方だっただろうか?』
俺が知っている事といえば、3年前に姉が突然お仕えするといい出した姫だということ。
そして勇者でおかしな姉に異常に慕われたせいで、その弟の嫁に来いと現在進行形で非常識な要求をされてること。
『本当に心の底から猛烈に申し訳ない!!!!』
平伏して謝罪したい気分になる。
あとは……確か
冷や汗をかきながらも少しだけ落ち着きを取り戻した俺は、姫君方がおられる王族席をそっと伺いフォルティナ姫を探し、直ぐに見つけた。
王族席の末席で姉姫たちの陰に隠れるように所在なさげに佇んでいらっしゃるフォルティナ姫の姿を
王族の中で唯一異なる色を持つ姫の姿を。