11 王妃のサロン
王宮の庭園の一角に、"王妃のサロン"と呼ばれる温室がある。
美しいステンドグラスがふんだんに使われ、緻密な細工が至る所に施された温室には世界中から取り寄せられた様々な珍しく高価な植物が植えられている。
ある意味富と権力の象徴のような建物であり、この場所で歴代の王妃達がお茶会を開いたことから"王妃のサロン"と呼ばれ、選ばれた者のみが呼ばれるお茶会に招待される事は、貴婦人達の憧れであり、誉れとされる場所でもあった。
そんなサロンでは今日も選ばれた貴婦人達が王妃とともにお茶を楽しんでいた。
王妃がゆったりと美しい所作でティーカップをソーサーに戻しながら話しかける。
「妾のお茶会は楽しんでもらえておるかのメリノラ伯爵夫人?」
話しをふられたメリノラ伯爵夫人と呼ばれた貴婦人の肩がビクッと跳ねる。
「も、もちろんでこざいます王妃陛下!わたくしのような田舎者がこのような栄誉に預り、ゆ、夢のようでございます。」
王妃が話しかけたのを皮切りに、王妃のサロン常連の貴婦人達が、次々にメリノラ伯爵夫人に話しかけた。
「メリノラ伯爵夫人、王妃陛下の前だからと緊張なさることはございませんわ。王妃様は寛大なお方ですもの、余程の無礼でも働かない限りお叱りになったりなさりませんわ。ねぇ、皆様。」
「ええ、左様でございますとも!王妃様ほど慈愛に満ちたお方はおられませんわ。お優しすぎて逆に王妃様を侮る不埒者達が出ないか心配なほどですよの。」
「まぁ!そんな、そんな輩はとうてい許されるものではございませんわ!そう思われませんことメリノラ伯爵夫人!」
王妃と他3人の貴婦人の目がメリノラ伯爵夫人に向けられる。
「も、もちろんでこざいます………。」
「…………時にメリノラ伯爵夫人、夫人があまり噂のよくない、とある子爵家のご親戚であるとお聞きしたのですが………。」
「…………そ、それは……。」
メリノラ伯爵夫人の顔色が蒼白になる。
「あら、その噂はわたくしも聞いたことがございますわ。何でも……問題を起こした息子さんがいらっしゃるお家だとか?」
「まぁ、それは心配ですわねぇ。子は親を見て育つと言いますもの……その子爵にも何か問題があったらどうしましょう?」
「わたくしメリノラ伯爵夫人が心配ですわぁ。夫人のようにお優しい方がそのように問題のあるお家とお付き合いされているなんて………。」
「そうですわねぇ、そんなお家とお付き合いされてメリノラ伯爵夫人まで、誤解されてしまったら、悲しいですわ。」
メリノラ伯爵夫人の顔色は青を通り越して土気色だ。
「これ、お前たち。」
王妃が声を発すると、シンっと場が静まった。
「そのように矢継ぎ早にメリノラ伯爵夫人に質問ばかりしては夫人も困ってしまうというもの。
………、それに夫人は良識のある貴婦人。…………そのような家と繋がりなどあろう筈がなかろう?のう夫人?」
王妃の慈愛に満ちた微笑みに、コクコクとメリノラ伯爵夫人は声もなく頷いた。
メリノラ伯爵夫人が具合が悪くなった為、早めのお開きとなったお茶会後の温室で、王妃は一人お茶を飲んでいた。
『これでまた一人、アレに繋がる者の縁を断ち切った』
この半年、侯爵領および子爵領への流通を止めるべく王都および王都近郊の商団や商人、国内のあらゆる貴族たちと取り引き出来ないように手を回してきた。国外とのやり取りは王家が独占しているため、孤立状態のはずである。
いま侯爵家は、物資を手に入れられないせいで復興が遅れ、収入を得る道も閉ざされ、冬を越すための食糧もないと聞く。
そのはずなのに何故いまだに何の動きもないのか!?
予定ではもうとっくに両手を挙げた侯爵家から王家へ慈悲を乞われて、領地の返還を願われていたはずだった。王家はそれを寛大な心で許し、当初の予定通り勇者と王子を結婚させ、国内外に広くこの国が健在である事を示すはずだった。
そのはずなのに………。
王妃は苛立だしげに紅茶をひとくち口に含みむと眉を寄せる。
『…………また紅茶の質が悪くなった。』
紅茶だけではない、この数年あらゆる物の質が落ちてきているのだ。
商人どもがこちらの足元をみて質の悪いものを高値で売りつけるようになったからだ。
しかも金や銀、宝石や美術品等との交換を望み、紙幣での売買を拒んだのである。
おかげで城の中は人目につく場所を除いてがらんどうになってしまっている部屋も多く、もはや外観だけの虚飾の城だった。
王妃は屈辱に唇を噛みしめた。
『それもこれもすべて、あの醜く穢らわしい烏のせいだ!!!』
『アレがこの世に生を受けた瞬間から、妾の人生が狂い始めた!!!』
汚らしい真っ黒い髪に不気味で暗い真っ黒な瞳は、アレの母親にそっくりで嫌でも記憶を呼び覚ました。
フォルティナの母は対外的には王宮に仕えていたメイドだとされている。
しかし本当は、王妃に仕える侍女だった。
王妃の実家である公爵家からついてきた侍女で、その2つ歳下の侍女を王妃は妹のように可愛がっていた。
主従の関係ではあったが、侍女も王妃を姉のように慕っているとそう信じていた。
あの瞬間までは…………。
17年前、当時王妃はのちの第四王女を妊娠中であった。
妊娠症状で四六時中眠く、いつもは夜起きることもないというのに、その日に限って目が覚めてしまい、王の私室を通り過ぎようとして、漏れ出るうめき声に気づき不審に思った王妃は扉をあけた。
開けたその扉の先には、朦朧とした表情で横たわる王と、その上で真っ黒な髪を烏の羽が羽ばたくかのように振り乱しながら、腰を振る裸の女がまたがっていた。
人の気配に気づいて振りかえった女の顔は、妹のように可愛がっていた侍女の顔で、仄暗い真っ黒な瞳には驚愕に凍りつく王妃の顔がうつしだされていた。
その後、王妃の悲鳴を聞いて駆けつけた警備の者達により、侍女は王から引きはがされ牢に入れられ、薬を盛られて朦朧としていた王も、医師の処置により意識を取り戻した。
調書によるとその侍女は、王に長い間懸想しており、牢の中でこう言ったという。
『王妃様とわたくしは姉妹のようなものですもの。
わたくしのものは王妃様のもの、王妃様のものはわたくしのもの。
だから、王とわたくしが、まぐわってもいいでしょう?』
妹のように可愛がっていた侍女に裏切られ、常軌を逸した侍女の言動にショックを受け、心に大きく深い傷を負った王妃だったが数ヶ月後、第四王女を出産して少しずつ回復していったところに、更に王妃を追い詰める知らせが届いたのだ。
牢の中の侍女が身籠っていると……。




