1 3年ぶりの姉
美しい大理石の床に颯爽と靴音を響かせて国王陛下の元へと優雅に歩く美しい女性の姿に皆の視線が釘付けとなっている。
さらりと靡く蜂蜜を溶かしたような金の髪は天窓から降り注ぐ朝日を浴びてキラキラと輝き、長い睫毛に縁取られた紺碧の切れ長の瞳は澄み切った青空のようだ。シミひとつない真っ白な白磁の肌に弧を描く薔薇色の唇は気品と自信に満ち溢れている。
だか皆の視線が集まるのはこの美貌のせいだけではない。
長年続いた魔王軍と人間達との戦いで彼女は魔王を打ち倒したのだ!
それも単独で!!!
最初は誰もが耳を疑った。各国の精鋭部隊や我こそはと立ち上がった勇者達が次々と敗走し誰もが諦めかけたそんな中、彼女はたった一人で魔王に挑みアッサリとその首を討ち取り持ち帰ってきたのだ。
それが名のある騎士でも冒険者でもない王宮に勤める侍女だったことも更に人々を驚かせた。
そして今日、平和を取り戻した英雄を讃える式典にて国王陛下より褒美をたまわるため玉座へと歩を進めていた。
謁見の間である大広間の後方、貴族の末端の末端が座る片隅に小さくなりながら俺は英雄であり勇者であるその女性の姿を食い入るように見つめる。
本当に信じられない思いで見つめる。
姉だから!!
だって姉だから!!!
何度見たって姉だからー!!!!
3年ぶりに見る姉ヴァレリアだからー!!!!!
我が家は王都からかなり離れた田舎の子爵家である。
何とか食べていける程度の、自然と酪農くらいしかないこれと言った特出すべきことのない領地。
領主を勤める父の子爵は誠実で善良な田舎貴族で、王都の中枢を担う貴族のように役職があるわけでも権力があるわけでもない。
地方の市役所の公務員にいそうな地味で気の良さそうなおじさんだ。
容姿も平々凡々としていて王都の貴族の綺羅びやかさなんてないし、なんなら一日中農夫と一緒になって田畑を耕したり牛や豚の世話をしている。
領民たちからしたら感覚的には村長とかそんなところじゃないかと思う。
母だって似たようなもので、髪の毛こそ金髪だったが目立っていたのはそれくらいで、美しいというよりも愛嬌のある顔をしており貴族の奥方というよりも田舎の母ちゃんといった感じだ。
我が家で唯一貴族らしいといえば姉だった。
この両親からよくぞ産まれたなというくらい姉は子供の頃から美しく聡明で魔力が強かった。
父の領地経営を手伝わせれば難なくこなし、魔物が出ればサクッと退治してしまう。
俺という長男が産まれてはいたが姉の優秀さを考えると将来は姉が子爵家を継ぎ俺は姉の補佐かもしくは別の道を探してもいいかと思っていた。
むしろ姉が子爵家を継いでくれてラッキーとすら考えていたのだ。
だが3年程前、興奮した様子で帰宅した姉はキラキラした瞳を輝かせながら
『わたくし王宮侍女になるわ!子爵領くらいなら愚弟でもなんとかなるでしょう!』
と宣言し瞬く間に王宮侍女仕官試験に合格し、ぽかんとする両親や俺を残して子爵領を飛び出して行ってしまった。
そして1ヶ月前、とつぜん国王陛下からお呼び出しがかかり慌てて駆けつけてみれば姉が勇者になって魔王を倒していた。
『どういうこと!!!!????』
そんな理由で腰を抜かし動けなくなってしまった両親の代わりに俺が家族としてこの勇者を讃える式典に参加している。
正直言って居心地は最悪だ。
本当だったらお目見えすることも叶わない国王陛下や王族の方々、他国からいらっしゃった貴賓客の方々、国の中枢を担う大貴族のお歴々方がひしめく中でのアウェイ感が半端ない。
末端の末端席とはいえ、それだって周りはそれなりに歴史ある名家や役職についてらっしゃる貴族なのだろう。さっきからお前誰だよという目線が痛い。
俺の見た目は両親に似て平凡だ。
父に似た焦げ茶色のモサッとした髪に薄いブルーの瞳で不細工じゃないが美男子でもない普通の顔。
まさかあの超絶美女の姉と姉弟だとは結びつきもしないだろう。
緊張で胃がキリキリしてため息が出そうになるのをグッと堪えてひたすら姉を凝視する。
3年ぶりに見た姿が遠いな………。
そんな弟の心情など歯牙にもかけていないだろう姉はゆったり堂々と、王者のような風格と気品を漂わせ会場すべての視線を欲しいままに玉座へと歩み陛下の御前につくとそれはそれは優雅で美しいカーテシーをした。
あちらこちらから感嘆の声が上がる。
陛下が玉座より立ち上がりにこやかに声をかける
「勇者ヴァレリアよくぞ魔王を討ち滅ぼした。その功績を讃え褒美をとらす。余に出来る事ならば何でもよい望みのままを言うが良い。金銀財宝でも爵位でも、そなたが望むのであればここにおる王子のうち気に入った者と婚姻し王族として迎えることも許そうではないか。」
チラリと王族席を見上げれば王子殿下達が頬を染め熱のこもった視線を姉に向けているのが見える。
『うわーこれ絶対期待しているなぁ…………。そして囲い込む気満々だよ………。』
心の中でつぶやき目を伏せる。
国としては魔王を倒す力をもつ姉を国に縛り付けたいだろうし、王子達も類稀な美貌の姉との婚姻に乗り気だ。
末端とはいえ子爵家の令嬢として断るのは難しいだろう。
姉はどうするのだろうか?
拳を握る手に力が入り背中に冷や汗が流れた。
「まあ、ふふふ 」
鈴を転がすような軽やかで涼やかな声が響く。
「嬉しゅうございますわ。では…………。」
皆が美しく可憐な唇から紡がれる声を待つ。
きらきらと輝く姉の双眸が王族席に向けられ王子達の視線も更に熱くなる。
固唾を呑んで皆が見守る中、姉はある一人の人物を見つけると大輪の薔薇が綻ぶような満面の笑顔で声を張り上げた。
「 王国の至宝たる麗しの末姫フォルティナ様を!!!」
「 我が弟の花嫁に!!!! 」
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーー!!!!!?????」
あまりの衝撃に自分でも驚くほどの声が飛び出た!
こんな大きな雄叫びが自分から発せられるなんて産まれて始めて知ったし知りたくなかった。