一度目は守り切ったのに、二度目の生で妹を殺したのは恋の恨みを募らせた王妃だった。マクスベルの命を燃やした物語
「苦しいっ。苦しいわ……ハァハァ」
熱で三日間それはもう苦しんだ、フェリティシア・アセンブルク公爵令嬢。
そう、フェリティシアは王宮で出されたお茶を飲んだ夜から具合が悪くなったのだ。
父、アセンブルク公爵は、医者を慌てて呼んだ。
毒を盛られた。それも、猛毒を。
フェリティシアを亡き者にしたい女は解っている。
部屋に凄い勢いで飛び込んで来たのが兄のマクスベルであった。
「フェリティシアが毒を盛られただって?」
母のアセンブルク公爵夫人は、泣きながら、
「このままではフェリティシアは……お医者様ももう助からないと」
マクスベルは、フェリティシアの手を握り締める。
「なんの為に私が魔法を習得したと思っているのです。命をとどめる魔法を使います」
「命を留める魔法ですって?」
「ただ、この魔法は使ってはいけない魔法。一度しか使えぬ魔法。だから私は、フェリティシアの為にこの魔法を使います」
マクスベルは呪文を唱える。この魔法を使えば、自分は今の輝くような美しさは失われて、干からびて痩せこけてしまうだろう。
それが何だというのだ。フェリティシアは助かる。自分の姿が衰えようが構わないのではないのか。
マクスベルは宮廷魔術師だった。
国王の命で、魔術を研究し、役立ててきたのだ。
フェリティシアを助けられないで、何が魔法使いだ。
マクスベルはフェリティシアに自分が持てる全ての力を注ぎこんだ。
フェリティシアの命は助かった。
その代わり、美しかったマクスベルは痩せこけて、歩くのもおぼつかない身体になった。
「お兄様。有難うございます。お兄様のお陰で助かりましたわ」
「いいんだ。可愛い妹の為にこの身が役に立ったのなら、私は嬉しいのだから」
当然、宮廷魔術師の役職は首になる。
ただただ、弱った身体を療養するためだけに、公爵家にいるマクスベル。
騎士団が調査したが、犯人の茶を出したメイドは自殺していて、黒幕は解らなかった。
黒幕の見当はついている。
王妃アレーヌ。
王妃はフェリティシアと息子のブルド王太子を結婚させるのに反対していた。
何故、そんなに反対するのか?
国王が聞いても、
「フェリティシアが大嫌いなだけですわ」
としか答えない。
国王が若い頃、アセンブルク公爵夫人であるエリナーデと激しく恋をしていた。二人は許されざる関係にあったのだ。
「それが原因に決まっているじゃないか」
ベッドの上でマクスベルはそう思っている。
このままではフェリティシアはいつか王妃に殺される。
それが解っていて、何が婚約者だ。しかし、アセンブルク公爵家は王命に逆らえず、婚約を結ばざる得なかった。
フェリティシアとブルド王太子との仲は良好である。
だが、ブルド王太子はフェリティシアを守ってくれなかった。
これから先も守れるとは思えない。
ベッドから身を起こして、マクスベルは、フェリティシアの為に自分の命を燃やして最後の守りの魔法を使う事にした。
「フェリティシア。お前の為に守りの魔法を使おう。私の命を差し出そう」
「お兄様。そんな事をしなくても、わたくしはお兄様が生きていて下さればよいのですわ」
「お前が死んでしまったら、私は後悔してもしきれない。だから、この命をあげよう」
「駄目ですっ。お兄様っ」
魔法を唱える。
フェリティシアの為に、守りの魔法を。
この魔法が完成すれば、フェリティシアの守り神となって、彼女を守る為にだけに存在する物になる。
それでよかった。
フェリティシアを守れるならば……
魔法が完成して、マクスベルは守り神になった。
それが、マクスベルの一度目の人生だ。守り神になったマクスベルは人としての記憶をなくし、寿命でフェリティシア王妃が死ぬまで、守り続けた。
二度目にフェリティシアと会ったのは、更に100年過ぎていた。
生まれ変わったフェリティシア。
フェリティシアは貴族の令嬢ではなくて、ファリアという名の花屋の娘だった。
兄、マクスとしてファリアの傍に生まれたマクスベル。
マクスベルには前世の記憶があった。
フェリティシアを、いや、ファリアを今世も守って見せる。
ファリアは兄想いの良い妹で、
「お兄ちゃん。働き過ぎよ。私がやるから、もう寝て」
両親を早くに亡くし、二人で花屋を経営して。
ファリアと共に暮らす、花屋の生活。貧しかったけれども、幸せだった。
二人でよく虹を眺めた。この地方は虹が出るのだ。
「お兄ちゃん。綺麗な虹だね」
「そうだな。もっともっと働いて、花を沢山売って、綺麗な服の一枚でも買ってやりたいな」
「有難う。お兄ちゃん」
手をぎゅっと握り締められて、優しくマクスはファリアの手を握り返した。
そんなファリアが、とある日、殺されてしまったのだ。
男達に乱暴されて、無残な死体で見つかった。
マクスは絶望に打ちひしがれる。
今世はファリアを、フェリティシアを守れなかったのだ。
死体を騎士団事務所から引き取って、綺麗に服を着せて、ベッドに寝かせた。
夜、部屋でファリアの手を握り締めて、悲しんでいると、あの王妃の怨霊が現れて、
「やっと殺す事が出来たわ。あの女の娘を」
そう言って笑ったのだ。
マクスはその怨霊に飛びついた。
しかし、今世のマクスは魔法使いでもなんでもない。
逆に怨霊にまとわりつかれ、首を絞められて、
「お前のせいで、あの娘を前世は殺せなかった。愛しい息子と結婚したあの女を。
お前の命も奪ってやるわ」
マクスは気が遠くなって、そのままその生を終えた。
あの王妃は、フェリティシアを恨んでいた。
そして、自分も恨まれていた。
あの王妃に何があったのか?
ああ、国王陛下は、前世の母の公爵夫人エリナーデと若い頃に激しく恋をしていたと聞いている。
フェリティシアは母に似ていた。
だから憎んでいたのか。
マクス、いや、マクスベルは魂となって、過去に飛んでみることにした。
国王は、若い頃はエリック王太子として、学園に通っていた。
美男なエリック王太子。その王太子が一目惚れしたのが、エリナーデ・ファレス伯爵令嬢である。
互いに婚約者がいる身で、惹かれ合う二人。
「ああ、愛しのエリナーデ。私は君と結婚したかった」
「それはわたくしも同じ気持ち。今だけでも愛して下さいませんか?」
「そうだな。愛しているよ。エリナーデ」
二人は中庭で、激しく口づけを交わして。
その様子は王立学園の中でも有名になった。
エリック王太子の婚約者のアレーヌ・ミッテル公爵令嬢は激しい気性の令嬢で、エリナーデに詰め寄って、
「この泥棒猫。わたくしの王太子殿下に近づくなんて。伯爵家なんて潰してやるわ」
しかし、エリナーデの家のファレス伯爵家の派閥が属しているデレス公爵家の公爵子息が間に入って。
「君が怒るのは解るが、学生のうちの遊びじゃないか。そこは大目に見てやるのが良いと思うが。君も貴族の令嬢なら大きく構えるべきだよ」
アレーヌは黙るしかなかった。この公爵令息の家とは対抗派閥で、小さな争いでも発展すれば、王国を二分する戦いになる。その火種になる事は避けねばならないと思ったからである。
それをいい事に、二人の関係は更に深くなっていったのだ。
暇さえあれば、二人はイチャイチャして。
エリナーデの婚約者であるアセンブルク公爵令息ペデルは、
「エリナーデが最終的に自分と結婚してくれるなら、別に構いませんよ。私も他の令嬢と遊んでいる事ですし」
そんな考えの持ち主で。
アレーヌはだからイラついて、エリナーデの事を深く憎むようになったのだ。
結局、卒業後、それぞれの婚約者と結婚して、アレーヌは王太子妃を経て、王妃になった。
一人の王子を産んだ。それがブルド王太子である。
その可愛い息子が、憎い女が産んだ娘と婚約することになったのだ。
その娘を殺したい。愛しい息子を盗る娘。
だから、何度も殺そうとした。
毒が効いて殺せたと思ったのに。フェリティシアは生きていたのだ。
その後は毒を飲ませても、剣で切りつけようとしても、どうしても害する事が出来なかった。
病でアレーヌは亡くなったけれども、更に怨霊となって憎しみを募らせて。
花屋の娘として生まれたファリアを、男達に取り憑いて殺させたのだ。
フェリティシアを殺した怨霊は憎い。
だが、一番悪いのは前世の母と、国王陛下ではないのか。
幽霊となったマクスベルは、アレーヌの怨霊の前に現れて、
アレーヌの怨霊は消えようとしていた。
「あら、貴方。わたくしに何の用かしら。貴方やあの娘を殺した事を抗議しに来たの?わたくしは後悔していない。あの女はわたくしの愛するあの人を盗ったのですもの。だから、後悔なんてしないわ」
「貴方はどこへ行こうとしているのです?」
「地獄よ。わたくしは罪を犯したのですもの。貴方の妹は天に行けるわ。でも、わたくしは地獄。生まれ変わる事もない地獄よ」
マクスベルはアレーヌをじっと見つめて、頭を下げた。
「母が犯した罪は謝ります。」
しかし、頭を上げて、怨霊を睨みつけ、
「でも、妹には何も罪はない。それを貴方は。祟るなら母に祟ればよかったのに」
「だって、貴方の妹はわたくしの息子と結婚したのよ。大事なわたくしの息子を奪った女に憎しみがうつったのよ」
「妹は私の大事な妹だった。だから、私は貴方を許せない」
アレーヌの胸を、憎しみの刃で貫いた。
怨霊アレーヌは悲し気に微笑んで、その姿を消した。
今世のマクスベルの名前はマルクだ。
辺境騎士団で魔手のマルクと呼ばれて活躍している。
聖女マリアにとある日、言われた。
「貴方の妹だったフェリティシア様。隣国の王太子妃様になっているわよ。会いたい?」
フェリティシアが、王太子妃。消えずに生まれ変わっているんだ。同じ時代に。
マルクの目から涙が零れる。
前世で最後には守れなかった。守る為に命を燃やした大事な妹。
でも……
「会わない方がいい。会ってもフェリティシアは俺の事なんて解らないだろう?フェリティシアが幸せならそれでいい」
可愛い妹フェリティシア。花屋だった頃のファリア。愛しいその笑顔が蘇る。
今世は傍にいられないけれども、怨霊は倒したから、きっと……フェリティシアはもう、大丈夫。自分が傍にいなくても、幸せに生きていくはず。そう信じよう。
魔手のマルクは、辺境騎士団の仲間達が手招きしているので、そこへ走って行く。
今はとても充実していて俺は幸せだから、フェリティシアも幸せに。
ふと、立ち止まって隣国の方角を見た。
綺麗な虹がかかっていて、遠い昔に二人で見た虹を思い出して涙がこぼれた。