3姉妹が行く8番出口 2週目
早香が脱出し、異変に囚われた蜜柑と夏海、エンディングを迎えたゲームは再び動き出す。
「う~ん。…あれ?ここは?あたしは…何をしてたんだっけ。」
地面に横になっていた夏海は体を起こす。周りは見慣れた白いタイル。8番出口だ。
「そうだ。蜜柑お姉ちゃんと早香と一緒に遊園地に行く途中で8番出口に囚われて、そして…。」
偽物の出口に気付かず巻き込まれてしまった。
「二人は?」
周りを見渡してみても誰もおらず、大声で名前を呼んでも返事は無い。
「あたしのせいで二人も残ったままだったらどうしよう。」
夏海はゆっくりと立ち上がりよろよろと歩き出す。このままいても何も変わらないと思ったから。そして前を見た夏海は以前は見なかった張り紙に気付いた。
「地下通路をご利用いただきありがとうございます。
ご利用の皆様には、ご不便をおかけいたしますが、
見つかっていない異変が○○個あります。
ご理解、ご協力のほどよろしくお願いいたします。だってさ。」
この文章を読んだ夏海はゲーマーの考えとして一つの仮説にたどり着く。二人は脱出して、そして残りの異変を見つける二週目を自分はプレイさせられる事になっているのではないか。
「あくまで仮設だけど、これってまだ私助かる方法があるってことだよね。よし!すぐに全部見つけて二人に追いついてやるんだから!」
希望を見つけた夏海は元気に走り出す。彼女が去ったその場には、うっすらとスノーノイズがかかった何かが壁際にあった。
「う…ん?」
目を覚ました蜜柑は自分が壁に寄りかかって座っている事に気が付いた。周りを見渡せばどこも見慣れた白いタイルで埋め尽くされている。8番出口に居るのだと理解する事にさほど時間はかからなかった。
「私、死んだはずじゃ?」
異変捜索中、壁に擬態していた人型の何かに襲われ、大事な妹を守る為に転んだ早香の前に出て身代わりになったのだ。
「でも、体は動くし感覚もある。まだ生きてるって事でいいんだよね。」
ふと進行方向を向いてみれば壁に一枚の張り紙が張ってある。蜜柑はゆっくり立ち上がりその張り紙を確認しにいく。
「地下通路をご利用いただきありがとうございます。
ご利用の皆様には、ご不便をおかけいたしますが、
見つかっていない異変が○○個あります。
ご理解、ご協力のほどよろしくお願いいたします。か。」
いままでは見たことない張り紙になにか意味があるのか少し考える。
「見つかっていない異変…か。なるほど。じゃあ早香は無事に出られたのかも。いや、まだ一緒に囚われている可能性もあるか。…待って?私は異変に確かに巻き込まれたけど今こうして生きている。って事はもしかしたら夏海も…。」
そんな微かな希望が見えた気がしたが、蜜柑は壁に背をつけ座り込む。
「あはは…でも、私はもう疲れちゃったよ。」
蜜柑はそのまま地面に横になる。
「また、同じなんじゃないかって。少し変わるだけでやる事は同じなんじゃないかって。そんなんじゃもう、私達は…。」
蜜柑は静かに目を閉じた。
「うわぁぁぁぁぁ!!顔!顔が凄い事になってる!」
「なんか扉開いてる。戻ろ。」
「ぼ、防犯カメラのチラシ?がついて来る。」
左右を確認しながら走り続ける夏海。
「調子はいいかも。まぁ、数字は増えないけど。」
数撃てばあたるの作戦で分かりやすい異変を見つけていく夏海だが、長くは続かない。
「ぜぇ…ぜぇ…。分かってたことだけど見つからない物は見つからないなぁ。」
お馴染みの0の看板の前で膝に手を置いて息を整える。途中から一切異変が見つからなくなってしまいずっと走り続け、時には異変があったらしい場合に戻って確認したりもしたが夏海には見つけられなかった。
「まだだ。まだ諦めるもんか。全部見つけて二人と一緒に帰るんだから!」
膝を叩いて自分に活を入れた夏海は再び全力で走り出す。残り一桁になった異変が見つかると信じて。
ふと目を開く。視界に広がるのはいつもと変わらぬ白タイルのみ。だが、確かに聞こえた。
「足…音…?」
体を起こし体育座りに体勢を変えた蜜柑。少し待っていると、蜜柑の前を走る足音と共に風が通っていった。
「何?今誰か通ったような?」
風の通り先を見ても相変わらず白いタイルが広がっており、他には何も見えない。
「でも、今確かに…。」
再び待っていると一定間隔ごとに風が通っていく。
「…誰かいるの?」
他にも人が居る。そんな希望がちらついた蜜柑は壁に寄りかかりながらも立ち上がった。そしてまた風が通った瞬間…
「!?」
一瞬、ほんの一瞬だった。だがそれでも十分な程、蜜柑の瞳にその姿は焼き付いた。
「夏海?」
もしも、あれからずっと異変を探して走り回っていたのだとしたら。彼女はどれだけの間走り続けているのだろうか。…あんなに汗だくになりながら。
「ふふっ。凄いなぁ夏海は。」
近くにあった張り紙に目を向ける。残りの異変の数が一桁になっている。前見た時にはまだ20個近くは残っていた。
「夏海が頑張ってるのに、私が寝ている訳にはいかないわね。私は二人の…お姉ちゃんなんだから。」
「はぁ…はぁ…うっ、げほっごほっ!うぅ…。」
あれからひたすら走り続け、異変が起きないか待っていたが、異変は見つからなかった。
「もう…異変が見つからない。私…ここまでなのかな。」
体力は限界を迎え、立っていることすらままならない。夏海は膝から崩れ落ち地面に倒れる。
「…立てない。あたし、ずっとこのままここで…一人なの?」
動かない体に絶望感を抱いた夏海の目から涙が溢れる。流れる涙と共に口から嗚咽が出る。
「嫌…だよ…!早香…!お姉ちゃん…!……………誰か…助けて…。」
コツ…コツ…と、足音が響く。誰も居ないはずのこの通路で。
「?」
顔をかろうじて上を見れるぐらいに動かす。すると少しだけ、足音の正体が見えた。
「お姉…ちゃん…?」
精神も限界を迎えた夏海は、そのまま意識を失った。
「この点字ブロック、模様がおかしいわ。」
「蛍光灯の配置がめちゃくちゃだわ!」
「防犯カメラ?こんな目に見えて光ってはなかったかも。」
蜜柑は慎重に探索し数少ない異変を見つけ出していく。
「これで、あと一つ。」
張り紙の数字が1になっている事を確認して蜜柑は歩みを進める。
「……………。」
床、壁、天井と点字タイルから蛍光灯までしっかり見ていく。
「ん?」
蜜柑が気になったのは防犯カメラのチラシ。
「今動いて…やっぱり!」
目が動き、周りを見渡しているように見える。こちらを見た時はそれこそ自分が監視されているようである。蜜柑はすぐに引き返し、数字の看板の前まで戻る。そこにはいつもの白タイルの風景の他に願って止まない姿があった。
「!夏海!!」
0になった数字の看板の前に倒れている夏海がいた。駆け寄って容体を確認してみると疲れて眠っているように見える。蜜柑は夏海の体勢を変えてあげ、その頭を自分の膝に乗せる。
「お疲れ様夏海。」
夏海の頭を撫でながら呟く。心なしか夏海の表情も少し穏やかになった気がする。
「私、夏海のおかげでまた頑張れたよ。ありがとう。」
夏海の寝顔に釣られたのか、蜜柑も少し眠くなってきた。夏海が起きるまで自分も少し寝ておこうと思った蜜柑は壁に寄りかかったまま目を閉じた。二人の表情はどちらも安心感を含んだ微笑みが浮かんでいた。
「ん。」
しばらくの間眠っていた夏海は自分の頭が何かに乗っかっている事に気が付いた。
(あれ?私…今は8番出口で…。)
ゆっくりと目を開けて上を見ると、そこには微笑んで眠っている姉の姿があった。片手は自分の頭の上に乗せてあり、そして膝枕されているのだと気付いた。夏海はそんな状況に少々パニックになりながらも恐る恐る姉の名前を呼んだ。
「蜜柑…お姉ちゃん?」
名前を呼ばれた蜜柑は目を覚まし、膝上の夏海を見る。
「おはよう。夏海。」
「お、おはよう。」
しばしの沈黙の後、夏海から話を切り出した。
「あたし達、生きてる?」
「ちゃんと生きてるわ。二人とも。」
「そっか。」
「実感湧かない?」
「うん。ちょっと。」
夏海は蜜柑の膝から頭を上げ、体勢を変えて蜜柑の隣に座る。
「それにしても、どうしてお姉ちゃんが居るの?早香と一緒に脱出したんじゃ…。」
「私も異変に捕まっちゃったの。だから早香だけが頑張って脱出できたんだと思う。それから全ての異変を見つけたから今私達は一緒に居られるんだと思う。」
「って事は残りの異変は…。」
「うん。私が全部見つけたよ。」
「そっか。ありがとうお姉ちゃん。」
「こっちのセリフだよ。夏海がずっと頑張ってるって知ったから私も頑張れたの。ありがとう。」
二人はしばらく抱き合ったのち、立ち上がる。
「じゃあ後は脱出するだけだね。あたし頑張るよ!」
「夏海は私について来て。まだ疲れてるでしょ。」
「うっ。で、でも…。」
「ここは私にお姉ちゃんさせてくれないかな。」
「…分かった。」
一歩前に踏み出した蜜柑は振り返り、夏海の前に手を伸ばす。差し出された手に夏海は手を重ねる。そのまま二人は手を繋いで最後の脱出に挑む。
「何か流れ出てる!」
「おじさん早っ!戻ろ戻ろ!」
「今回は何も無さそうね。」
「夏海見て。このポスター、顔が落書きみたいになってる。」
「あ、扉が無い。」
「異常はなさそうだね。」
二人は互いに確認しあいここまでミスなく6番まで来た。
「この調子ならすぐ出れそう。」
「夏海。油断しちゃだめだからね。」
「うん。分かった。」
油断せずに進む二人。異変が無いか確認しながら歩いていると、何か音が聞こえてくる。
「何?この音。まるで水が流れるような…。」
「戻ろう!お姉ちゃん!赤い水に飲まれちゃう!」
夏海に言われ、戻りながら後ろを振り向くと、曲がり角から赤い水が流れてくるのが見えた。
「あっ!」
走って戻っていた二人だが、疲労が抜けきっていなかった夏海が足を絡ませて転んでしまった。
「夏海!」
「いたた…。」
止まっていても水流は待ってくれない。水流は徐々に二人に迫ってきている。
(今ならまだ、間に合う!絶対に間違えない!)
蜜柑は夏海に駆け寄り、ひざ下と背中に手を回す。
「お、お姉ちゃん!?早く逃げ…ひゃわ!?」
夏海の言葉には耳を貸さず、蜜柑は夏海を抱き上げた。俗に言うお姫様抱っこで。
「~~~~~!?」
赤面している夏海を気にせず蜜柑は道を戻った。看板の数字は7になり、水流は追ってきていなかった。蜜柑は地面に手をついて肩で息をしており、夏海は座って顔を赤らめている。
「…夏海、足は、大丈夫?」
「う、うん。歩くぐらいなら大丈夫。」
しばらく休憩した後、再び進む。いつも通りの廊下の奥、出口の階段が見えている。
「お姉ちゃん、あれって…。」
「うん。ちょっと近づいてみよう。」
階段前まで来た二人は階段脇の看板を見る。0番と書かれており、夏海が嵌った異変だと分かった。
「あの時はごめんなさい。あたしが一人で突っ走っちゃったから。」
「いいのよ。でも次からは私達も頼ってね。」
「うん!」
戻ると看板の数字が念願の8番に変わっている。二人は互いに見合って手を繋いだまま止まる事無く進む。またいつもの通路に出る。
「念の為、異変が無いかしっかり確認しよう。」
「うん。」
二人で全体を確認し、異変が無いと判断した二人は通路を後にした。いつもあった看板の場所に出口の階段があった。看板には8番出口の文字。二人は無事乗り越えたのだ。
「行こう。夏海。」
「うん!お姉ちゃん!早く早香に会いたい!」
「ふふっ!そうね!」
二人は共に一段一段しっかりと踏みしめて、階段を上り、光の中へと消えて行った。
早香はずっと泣いていた。始めは通行人が声をかけてきたりもしたが、泣き続ける早香にいずれ声はかからなくなった。最愛の家族が二人もいなくなった悲しみは、その瞳から涙を流し続けるのに十分だった。
「………か!」
「………やか……ん!」
(……………声?)
聞き馴染みのある声が聞こえて早香はゆっくりと顔を上げる。ぼやけて見えない為、袖で涙を拭いて視界を確保する。
「早香!!」
「早香ちゃん!!」
自分の所に向かって歩いて来る姉二人の姿を捉えた早香の瞳にはまたすぐに涙が溜まり、溢れた。早香は走り出し、二人の姉に抱き着いた。
「心配かけてごめん。」
「先に出てくれてありがとう。ずっと、待っててくれてくれたのね。」
泣き続ける早香に、蜜柑と夏海もつられて涙を流す。鳴り響く喧噪と変わりのない日常が三姉妹を包んでいた。
これにてハッピーエンド。
再開出来てよかったね。




