慶応3年12月7日(2)
おじいさんのありがた~い おはなし。
天満屋に着くと、裏口に斎原治一郎ら3名が回り、岩村精一郎ら6人を表口に残し、中井庄五郎を先頭に足音を忍ばせ、本隊の七名が二階の座敷に切り込んでいった。
襖を開けると、新選組の揃いの羽織の奥の上座に三浦らしき人物が座っている。
中井庄五郎は二十数名の宴席の中央を堂々と進み、
「お前が三浦氏か?」
「おお」
三浦休太郎が思わず、返事をすると同時に庄五郎の剣が抜き打ちに煌めいた。その時、庄五郎の目に、三浦の右隣の人物の手が動くのが映った。そのため踏み込みが甘く、中井の剣は三浦の顔面を傷つけただけであった。そして、同時に三浦の右横にいた斎藤一の剣が中井を切り裂いていた、
しかし、その斎藤に激痛が走った。中井の後に続いた宮地彦六の剣が、その切り下ろした斎藤の腕を切り、斎藤は剣を取り落としてしまった。そして、彦六の二撃目が斎藤を襲おうとした瞬間、それを救おうと新選組隊士宮川信吉が切り込み、彦六はそれをかわして、宮川をつき殺すと、逃げる三浦を追い、三浦の家来平野藤右衛門を切り伏せていた。陸奥をはじめとする本隊5人も座敷になだれ込んだが、天井の低い狭い座敷で20名を越える人数が争うことになり乱戦となった。
しかし、この手の戦いに慣れている新選組側は、戦いながら部屋の明かりを次々と消し、「三浦を討ち取ったぞ!」と声を上げた。それを聞いた襲撃側は撤退を開始した。しかしそれは動きの取れない室内から室外に戦場を移す、数的に少ない襲撃側にとっては、逃げ切るしかない圧倒的に不利な状況であった。
陸奥が室外に出ると、陸奥が頭目であると見た新選組隊士が次々と襲ってくる。陸奥は、この際、同士の撤退のためにもここで敵を引きつけつつ、同士の逃げた方角とは逆の薩摩藩邸に向う。
ーおお、陽之助、右じゃー
不意に右側から白刃が閃いた。しかし、それを受け止める音が響いた。
「彦六殿!」
返り血まみれの宮地彦六は、陸奥を見て黙って頷くと、切りかかってきた新選組隊士梅戸勝之進と対峙している。陸奥は、懐に隠し持った単発銃を取ろうとに手を伸ばしたその時、龍馬の印籠に触れた。
ーおい、陽之助。今度は左じゃ。ー
陸奥は銃を左側に向け、引き金を引いた。弾丸は陸奥に切りかかろうとしていた新選組隊士船津謙太郎の肩を射抜いていた。しかし、撃った陸奥もその反動で転倒していた。そこにまた三名の新選組隊士が襲い掛かる。
ーこりゃ、いかん。どうにかならんのか。ー
梅戸の左足を骨まで切って動きを封じた彦六が割って入るが、多勢に無勢、追い詰められていく。
「柳生十兵衛、参る!」
突然、現れた柳生十兵衛が、三名の新選組隊士をあっという間に蹴散らしてしまった
「あ、あなたは?」
「俺は時空の旅人、あなたはここで死んではいけません。」
「もう十兵衛さん、名乗っちゃだめでしょ。」
きつねの耳としっぽを付けた少女が、突然現れ、十兵衛と名乗った男を窘めている。
「あなた方は?」
「そうね。私たちは龍馬さんの使者かな。」
「龍馬さんの?ではさっきの声は……。」
「とりあえず、その印籠を大切にすることね。」
「印籠……、あっ、そうか。」
陸奥は懐に入れていた印籠に触れようとした。
「ない……、落としたのか?」
「多分その辺にあるんじゃない。十兵衛さん帰るわよ。」
そういうと、葛葉と十兵衛はスーッと消えて行った。
「あの、陸奥さん。これではありませんか。」
彦六が、桔梗紋の入った印籠を拾ってきた。陸奥が銃を取り出した際に落としてしまったのであろう。彦六は不思議そうな顔をして、
「さっきの男、柳生十兵衛って言いませんでしたか。」
「そうだな、きっと偽名なんだろうな。」
「いや、あの剣筋は新陰流、しかもかなりの腕でした。」
「200年近く前の人物が、何で力を貸してくれるんだよ。」
「そうですね。」
「とりあえず、薩摩藩邸に急ごう。」
ーん~、驚いた。あの狐は葛葉だよな。依り代見つかったんだ。しかし、まあ逃げ込むなら薩摩だろうな。ー
陸奥陽之助は薩摩藩邸に着くと、龍馬の敵討ちを行ったことを告げ、彦六ともどもその庇護を受けることとなった。
これにて天満屋事件終了