11月末 土佐にて
おじいさんのありがた~い おはなし。
ーん~、三岡は上京できるとして、あとは乾だなぁ。おお、慎さん来ちょるかのう。ー
龍馬はまた白い部屋に戻ったが、扉は3つしかない。
ーおや、閻魔さんのところには戻れんのか? この部屋に一人はさびしいのぉ。仕方がない、一人で行ってみるか。ー
龍馬は、二番目の扉を開けた。
ーん? ここは、わしん家じゃー
二か月ほど前、五年半ぶりに帰宅できた生家の仏間には龍馬の家族が神妙な顔をして座っていた。
「父さん、龍馬がそちらに参ります。」
ー兄さん……。年取ったなあ。乙女姉さんもすごい顔して座っているな。こら飛び出して行きかねんぞ。春猪はかなり大人になったのう。ー
龍馬受難の知らせは土佐藩庁から龍馬の生家、坂本権平宅に届けられた。遺骨も遺品も届かないまま、仮通夜が行われていた。その弔問客として土佐勤皇党二代目盟主となった乾退助が島村寿之助、安岡覚之助ら獄から釈放させた勤王党員を引き連れて仏間に着座していた。
「退助さん、わしも京に上って龍馬の敵を討たせてくれ」
「いや乙女様はここで、龍馬殿のご遺族を保護していただければと」
「龍馬の遺族……、ああ、おりょうとかいう娘のことか。いまどこに?」
「長崎に残っていると思うのだが……。」
「それなら、兄夫婦が面倒を見るでしょう。わしは戦いたい。」
「いや、実は、また解任されて…。」
「大隊司令をですか。」
「いや、それだけではなく、今や無役。藩兵はすでに京に向かっておるのだが…。」
「乙女殿、我々勤皇党員は、乾殿と共に脱藩して京へ向かうつもりだ。」
島村寿之助が声をひそめて乙女に告げる。
「と、いうわけなので、連れて行くわけにはいかんのだ」
ー猪之助さん、姉さんは止めてくれよ。島村も安岡も痩せたな。投獄が長かったからな。しかし、乾は一軍を率いてこその乾なんじゃがのう。ー
実際、乾らが集団脱藩を実行することはなかった。京情勢の変化によって、一月初め勤王党員ら残った土佐藩兵を率いて上京することになったのである。
ーこりゃ、猪之助よりは陽之助の方じゃな。 ー
龍馬は陸奥陽之助の様子を見ようと、白い部屋に戻った。そして、一番目の扉を開けようとしたが扉は開かない。
「その扉が開くまで、しばらくかかるわ。」
突然の声に驚いて振り向くと、そこには黒い羽を付けた美しい女性が立っている。
「おまん(あなた)は?」
「待たせたわね。愛と美の戦士 ど〇ヴィーナスよ。」
「ん? 何で〇なんじゃ?」
「それもお約束よ。」
「黒い羽って、アクマか?」
「そうね。あなたの国の言葉では天狗かしら」
「天狗?あの鼻が長くて顔の赤い?」
「あれは大げさになっちゃったみたいね。しかもあれは男。」
「鼻は高いが、とんでもない別嬪さんじゃのう。」
「だって、私は美の女神よ。あなたから見て最も美しく見えるはずよ。」
「女神?」
「正確には金星の女神」
「地球の女神じゃないのか。」
「そうね。もう金星には誰もいないわ。」
「その金星の女神様がなんでここに来たんじゃ。」
「あなたの知恵を借りに来たの。」
「わしの知恵?」
「そう。今、別の時間線で歴史改変が行われているの。」
「別の時間線?」
「ええ、その時間線で、あなたの国は『黒船来航』のあとに滅ぼされるの。」
「別の時間線?」
「そうね。今から900年程前に、あなたの世界の時間線は分岐したの。」
「分岐するんか? よくわからんのう。」
「まあ聞いて、それで」
ヴィーナスは鬼が生き残った世界での出来事を龍馬に話した。龍馬は最初は戸惑っていたが、次第にその話に夢中になっていった。時間の概念がない霊界では時間は無限にあった。
「それで、吉宗公にわしの策を話してほしいんじゃな。しかしここを出られるのか?」
「地球の女神と交渉したわ。」
「乙女姉さんとか?」
「あれは、彼女のいたずらね。お姉さんの姿を借りただけね。」
「女神様はいたずら好きなんか?ありゃ、たまげたぜよ。」
「そうね。お詫びに四人を借りてきたわよ。」
「四人?」
ここから前章と関わってきます。