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アメリカ到着

第二世界の続きです

 大統領執務室から数名の民主党議員が出て行く。しばらくすると、別室に待たされていた議員が、数名の資本家を連れて執務室に入っていく。

 ブキャナン大統領の元には奴隷州の代表議員、解放州の代表議員。更に南北対立からいかに自分の利を得るかを考える資本家たちがひっきりなしに訪れていた。

 夕刻になり訪問客が途切れたころ。一人の秘書官が執務室に入っていった。


「大統領、朝から妙なアジア人が面会を求めてきたのですが……。」

「アジア人?」

「ええ、カラードには用はないと追い払おうとしたのですが……。」

「追い返したのか」

「イギリス首相からの紹介状があると、出鱈目を言っていまして……。」

「イギリス?」

「出鱈目ですよ。あんなアジア人にイギリス首相が紹介状を出すわけがないではありませんか。」

「で、今はどうしているんだ?」

「やつらの中に腰に長い剣を差しているものがいて、刺激してはいけないと思い、待たせています。間もなく閉館なので警備員を呼んで追い出します。」

「ちょっと待て、長い剣?それは細長い棒のようなものか?」

「ええ、あんなものすぐに取り押さえられますよ。」

「おい、多分、彼らは日本人だぞ。」

「日本人、まさかハハハ。奴らが?」

「様子がおかしいのか?」

「だって、大統領。日本人はあの飛行船という乗り物に乗って、立派な格好をして颯爽と地上に下り立つんですよ。」


 4年前、「日米和親通商条約」の批准書交換に、幕府は、幕府飛行船「咸臨丸」を派遣した。キャプテン〝ウイン〟こと勝安房守、正使である小栗忠順、副使であった横井小楠らが、巨大な飛行艇から下り立った姿を見た米国人達はまるで異世界人を見るようであった。現場に集まった一部のネイティブアメリカンたちはその場で平伏していたという。


「それに比べて、奴らの中には布一枚で路上生活者同然の恰好の奴もいるんですよ。」

「物乞いなのか?」

「いや、それがブキャナンに合わせろの一点張りで……。」

 この時点で、大統領は何かに思い当たったようであった。

「他に、何か言っていなかったか?」

「確か『Ryoumajya、Ryoumajya』と、妙な呪文を唱えていました。」

「リョーマ?」

 ブキャナンは執務室を飛び出していった。


 待合室には七人のボロボロの格好をした東洋人の若者がいた。絨毯の上に寝転がっている者、ソファー横になっている者、その誰もが疲弊しきっている様子であった。そのぼろ布のようになった男の中の一人が、ブキャナンが入ってくると立ち上がった。

「やっと来た。ミスターブキャナン。」

「リョーマなのか?」

「おお龍馬じゃ、龍馬じゃ。」

「どうしたんだ。その恰好は?」

「それがのぉ、アメリカに渡ってからいろんなことがあってのう。」


 「ザ・ジッパー」事件で、龍馬たちはロンドン警察からの報奨金だけでなく。新聞記事などで広く伝えられたため、多くの貴族や富裕層、街娼たちから、寄付金や聞多の見舞金が集まり、その総額が5000ポンドにも達していた。その資金を元に龍馬たちはアメリカに渡ることを計画した。幕閣が権力を掌握し、参議院、諸侯会議に対する弾圧が始まった日本の政情を考えると、今帰国すると二度と出国出来なくなる恐れがあった。そして吉宗の「リンカーンに協力して、ネーティブを守ってくれ。」との依頼もあった。土佐の五人だけでなく、帰国を命じられていた長州の二人も加わり、聞多の回復を待ってアメリカに向かうことになったのであった。


 ロンドンの港を出てマンハッタン島の南岸に上陸した一行は、一路リンカーンの住居のあるイリノイ州に陸路向かうことにした。


ところが、ニューヨークは甘くなかったのであった。

 マンハッタン島にあるニューヨークの街は活気があり、これからのアメリカの発展を思わせるものであった。そして上陸4時間後には一行の荷物は全て消えていたのであった。

重い荷物をもってニューヨークのホテルに宿を取ろうとしたが、有色人お断わりばかりで、やっと安宿が取れた時には、荷物は全て置き引きにあっていたのである。

 それでも必要な金銭や書類はほとんど身に付けていたため何とかなりそうであったが、レストランでも高額な料金とチップを要求され(ボッタくられた)、あっという間に資金は残り少なくなっていた。更にその状況にもかかわらず俊輔は下半身外交に出かけ、身ぐるみはがされて、裸同然で帰ってきたのであった。


 そんなわけで一行は、比較的近いワシントンDCに向かうことにした。現地で手に入れた新聞によると、リンカーンはイリノイ州で上院議員選出のための大論争をおこなっているらしい。勝ったらワシントンに来るだろうし、ブキャナン大統領への紹介状をイギリス首相に返り咲いたスタンリー氏からも預かっている。そこで一行はハドソン川を渡りニュージャージー州に着くと、ワシントンDCに向かって現在の州間高速道路95号線に沿って東海岸を徒歩で南下することになったのであった。


 途中、身に付けていた時計など金になりそうなものは売り、フィラデルフィアに着いた時には、それも底をついていた。そこで有り金を賭け、ボクシングの試合に武市、乾、以蔵が挑戦し資金を稼いだ。更に後藤はレートの高い賭けレスリングの試合に挑戦し、勝ちはしたものの右足を負傷した。そして、龍馬はその胴元と交渉し、ちゃっかり小銭を稼いだ。そうやってなんとか資金を稼いで、ボルチモアまで移動すると、ここでも同じようにして資金を稼ぎ、ようやくワシントンDCまでたどり着いたのであった。


「ふむ。それは大変な苦労であったな。」

「ニューヨークの治安の悪さはロンドン以上じゃ。」

「移民が多いからな。少しでも金を稼ごうと必死なんだよ。」

「それに人種差別も酷いもんじゃったぞ。」

「それが、一番の問題なんじゃ。龍馬たちが南部から入ってたら労働奴隷にされたかもしれんな。」

「それなんじゃ。わしらリンカーンさんを助けろって言われてアメリカまで来たんじゃ。」

「リンカーン君か。やはり奴隷問題か。」

「それだけじゃないんじゃ。ネイティブを助けろって」

「ヨシムネ州の問題だな。今日も何件か陳情があったな。」

「やはり問題なのか?」

「逃亡奴隷を返還させろ、自治権を取り上げろ、資源を独占させるな。とかな。」

「それって権利の侵害って奴じゃろ。」

「差別主義者にとっては、彼らに人権がないらしい。」

「酷いもんじゃの。」

「日本にも関係があるんじゃ。」

「日本も差別しとるんか?」

「いや、今回ヨシムネ州の油田に日本側から多額の投資があってな。メキシコ湾岸までパイプラインを引くそうなんだ。つまり定期的に買い付けてくれるということさ。」

「日本の大商人か、紀伊国屋か。」

「それで、これまで石炭中心で石油に見向きもしなかった連中が、石油は金になると気づいて、参入したがとるんじゃ。」

「まあ、日本では石油はあまりとれんからのう。」

「ところが、ヨシムネ州では石油は『ヨシムネの贈り物』で、部族間の共有財産なんじゃ。」

「なるほど、資本家は面白くないのう。」

「それで、何とか油田を取り上げたいと企む奴らが多くてな。」

「それで、自治権を取り上げたいんじゃな。」

「この国の政治は資本家の力で動くからな。奴隷問題と絡めていろいろと提案してくる。」

「リンカーンさんはどう考えちょるんじゃろ。」

「リンカーン君は奴隷制には反対しているようだが、人種的に平等だとは発言していない。まあダグラスよりはましだろうがな。」

「リンカーンさんのライバルじゃな。」

「あいつは黒人の基本的人間性を無視しており、奴隷は自由に対する平等な権利が無いとまで言っている。合衆国全体に奴隷制を広げようとしている。」

「白人以外人間じゃないといっているんじゃな。」

「まあ、リンカーン君も『道徳や知性の素質でも同じではない』と言っていたが、日本に言ってからは変わったな。教育が大事だって言ってるよ。」

「ブキャナンさんはどうなんじゃ。」

「わしもそう思っているよ。だからダグラス的な思想と戦うために民主党を強化している最中じゃ。」


 龍馬たちは大統領官邸に招かれて、久々にシャワーを浴び、こぎれいな恰好と夕食を提供された。翌朝、どこで聞きつけたのか日本公使館から小栗忠順が大統領官邸に現れ、七人の身柄を引き渡すように要求した。龍馬たちの動きはロンドンを出立した時点で、幕府にも伝わっていた。ロンドンの新聞(ガーディアン)にでかでかと載っていたのである。

 ブキャナン大統領はこれを拒絶し、アメリカの移民として七人を受け入れたのであった。


まだ本調子ではありませんが、週1回更新を目指して進めていきます。

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