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ええじゃないか

史実準拠です。

 文久3年3月7日、将軍家茂の参内に同伴した後、3月11日慶喜は戦勝祈願に孝明天皇に従って家茂と共に賀茂神社に参拝に出かけた。更に朝廷は4月11日に石清水八幡宮で戦勝祈願を行うことを通告してきた。

しかしその意図は明確であった。征夷大将軍は源氏の血を継ぐものであるという建前がある以上、源氏の起点である八幡太郎義家縁の石清水八幡宮で攘夷を誓わせるのである。


 慶喜が二条城の自分の居室に戻ると、文机に風車が置いてある。添えられた手紙には「厠へ みつくに」とだけ書かれていた。

「こっちじゃ」

 慶喜が一人厠に立つと背後から声がする。振り返るとそこには厠の扉はなく、大きな穴の中に黒い空間が見えていた。

「義公様!」

「その名で呼ばれるのは久しいの。」

 御老公は慶喜を旅の扉に案内した。


節刀(せっとう)とは何ですか?」

「古来、持節将軍(じせつしょうぐん)が朝廷から下賜されるもので、朝敵を討つ将軍に授けられるものじゃ。」

「そんな習慣があったのですか。」

「そんなもの田村麻呂が授けられたのが記録に残るぐらいじゃ。」

「誰かがそんな古い記録を掘り起こしたという訳ですか。」

「わが水戸の藩士には学んどるものもおるじゃろうな。」

「水戸藩士ですか。長州の過激派と交流があるようですね。」


 家臣団の少ない慶喜のため、実家の水戸藩主徳川慶篤に上洛の追従が命じられた。慶篤には天狗党の首領である武田公雲斎や山国兵部、藤田小四郎など尊攘派の藩士が追従した。 そして、その長くなった滞在の間、小四郎らは京都において、長州藩の尊攘派である桂小五郎、久坂玄瑞、そして土佐藩の武市瑞山らと連携し、朝廷の穏健派の公家を追放し急進的公家を操り、攘夷の決行を迫っていたのである。今回の石清水八幡宮への行幸も尊攘派による計画で、孝明天皇自身はあまり乗る気ではないらしい。

 光圀の調べたところによると、攘夷の勅命は、天皇の意思とは無関係に長州、水戸、土佐の尊攘派の意を受けた朝廷の急進的攘夷論者から出されているとのことであった。


「奴らの思い通りに動かされているという訳ですね。」

「とりあえず、明日は何とか節刀を受けないことじゃ。」

「上様には御病気になっていただいて、私が将軍名代で参りますよ。」

「いや、その名代に節刀下賜が行われても同じことじゃ。」

「相手は相当強かですね。」

「うむ、行くも行かぬも問題となるのう。」


「その節刀下賜の前に転送しちゃえば」

「ム、ムーンさんでしたっけ。」

「お参りに行くのが目的でしょ。お参りしたら消えたらいいじゃん。」

「そんなことができるのですか。」

「うむ、わしの旅の扉だと他のものも入ってくるかもしれんしのう。」

「できるわよ。これで」

 ムーンは姿を消した。そこには携帯扇風機型転送器を持ったマーズが立っていた。

「何すんのよ。」

 ムーンが姿を現した。その手には白いお札が握られている。

「ムーン、あなたいつから式神になったの?」

「違うわよ。これ飛ばされた先で空から降ってきたわ。」

「ん、これは……、伊勢神宮のお札しゃのう。」

「そんなものが降ってくるのか……、あっ、聞いたことがあります。」

「お札が降ってくるの?」

「ちょっと待つのじゃ。」

 光圀は「大日本史-幕末編」を読みはじめた。

「こ、これは『ええじゃないか』」

「そりゃ、いいことでしょう。」

「いや、『ええじゃないか』じゃ。」

「だから、いいことだろうけどな。」

「伊勢神宮のお札が降って来て、民衆が『ええじゃないか』と大騒ぎして、お伊勢参りが流行るんじゃ。」

「それって歴史に残っているんですか。都市伝説だと思っていましたよ。」

「わかったわ。これ使いましょうよ。」

「そうじゃな。」

「あの義公、わたしには訳が分かりません。」



翌日、徳川家茂は体調が悪いということで、将軍名代として一橋慶喜が石清水八幡宮への行幸に付き従うことになった。

 神主が祝詞を上げ、孝明天皇に並んで、一橋慶喜も柏手を打ち拝礼を行った。

 その時であった、慶喜の拝礼に合わせるように空から大量のお札が舞い落ちてくる。

 何かと孝明天皇やお付きの公家衆が手に取ると、それは「八幡様」のお札であった。

「おお、奇跡じゃ。」

「八幡様がお救い下さる。」

 周囲の者たちは夢中になって札を拾い、気が付くと一橋慶喜の姿は消えていた。


過激派の武士たちがその姿を追ったが、既に慶喜は二条城に戻っていた。

ええじゃないか。

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