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密航者

理想世界の出来事です。

 1854年秋、幕府の長距離飛行船「源内参号」は羽田飛行場を飛び立ち一路ロンドンへ向かった。坂本龍馬18歳、武市半平太24歳、乾退助17歳、後藤象二郎16歳の4人は船内で中浜万次郎から土佐弁での英会話のレッスンを受けていた。

「大江戸大学」俊英である武市は何故か英会話が苦手で、却って年少の乾や後藤の方が流暢に話していた。龍馬はというと、ぼーっとしながら何を話しているか理解している様子であった。そして的確に「Yes」「Thank you」などいうのである。


「龍馬、お前、何を言っているのかわかるのか。」

「そんなもん、万次郎さんの顔を見てたらわかるじゃろ。」

「Next boy……、Ryoma,What do you think about?」

「Yes.I can.じゃ。」

「おい、龍馬。文法的に間違っちょるぞ。」

「Ok.Ryoma.You can do it.」

「Thank you.」


 レッスンが終わり、龍馬たちは昼食のため食堂に向かった。

「おい、龍馬。あれでいいんか。」

 武市は辞書を片手にあれこれと調べ始めている。武市は英文法や英文を読むのは得意だが何故か会話は苦手であった。

「武市さん、あのな会話というもんはのう、『こんにちは』『さようなら』『ありがとう』『ごめんなさい』『はい』と『いいえ』と『I love you』が言えれば大概何とかなるもんじゃ。」

 なぜか、乾も後藤も頷いている。

「そんないい加減な。でも何で『I love you』なんじゃ。」

「あのな、もし悪い奴に襲われて『Hold up!』って言われるじゃろ。そこで『I love you』て言えば、敵じゃないと思うじゃろ。」

「そんなもんか?」

「それで、油断しているところにドカーンじゃ。」

「ぷっ。」

 乾と後藤が思わず吹き出すと、何故か食堂の窓際に不自然に置かれた大きな箱が揺れている。

「おい、龍馬。こんなところになんで箱があるんじゃ?」

「保弥太、何か聞こえなかったか?」

「なんかおるぞ。」

 四人は、そーっと箱に近づくと、一気に箱を持ち上げた。中にはボロボロの着物の男が背中を丸めて揺れていた。

「ちょっと、こいつ」

「乞食が乗っていたのか。」

 乾と後藤には面識がなかったが、龍馬には見覚えがあった。武市は青い顔をしている。

「以蔵!」

「以蔵さんか。」

「龍馬が笑わせるのがいかん。ばれたじゃないか。」

「以蔵さん、密航は重罪じゃぞ。」

「武市先生の行くところ、以蔵がお供いたします。」

 岡田以蔵は江戸に出て、武市半平太の身辺警護と称して、常にその周りに付き従っていた。

「これは無理だといったはずだが……。」

「いえいえ、以蔵は武市先生の犬でございますから」

「おい……どうするんだ。」

 後藤が青い顔をしている。乾は覚悟を決めて以蔵を掴んで

「捨てましょう。」

 乾が飛行船のハッチを開けようとしているので、慌てて龍馬が止めた。

「あのな、この高さで、ハッチをあけると、みんな揃って外に出されるんじゃ。」

「そうなのか。じゃぁ切るか。」

 そう言って刀を抜こうとするので、今度は武市がその刀を抑えた。

「こいつは以蔵と言って、有名な人切りだ。」

 乾もその名に聞き覚えがあったようだ。龍馬は以蔵に向き直ると

「おまんは、勝先生に預けて来たはずじゃが。」

「あの先生は、人切りはいかんって説教するんじゃ。」

「言いそうじゃのう。」

「暴漢に襲われたのを助けたんじゃぞ。」

「そりゃなぁ」

 龍馬は勝がやりそうなことだと笑い出した。

「おい龍馬、笑っている場合じゃないぞ。どうするんじゃ。」


 龍馬は飛行船の若い船長、近藤勇に直談判に向かった。、

 新たに創設された幕府空軍は、江戸の試衛館出身者が多く、特にその戦闘機部隊は後に鉄の規律を持つ「新撰組」として活躍することとなるが、それは後の話。この時近藤は20歳、要人の長距離輸送を受け持っていた。

「船長さん、ちょっと話があるんじゃが。」

「おう龍馬か。なんか用か。」

 龍馬は飛行船の旅が始まって3日経った頃には、全ての乗組員と友人になっていた。身分や役割関係なしに仲良くなってしまうのである。そしてこの若い船長も龍馬のことが気に入っていた。

「ちょっと、船長さんに聞きたいことがあるんじゃがのう。」

「なんじゃ?」

「密航は罪じゃろ。」

「そうだな。海に捨てる…、ここでは空か。」

「それはペットでもかのう。」

「ペット?」

「飼っているペットがついてきたんじゃ。」

「それは困るな。」

「それも飼い主に付いて離れんのじゃ。」

「まあ、飛行船の運航に迷惑をかけないなら、仕方がないかな。餌は飼い主の食事から分けるなら許そう。」

「さすが、近藤さんじゃ。話が分かる。」

「それは誰のペットなのだ。」

「武市さんじゃ。」

「念のため、見ておきたいのだが…」

 近藤が龍馬と共に食堂に入ると、ぼろぼろの着物を着た男が立っていた。

「お、お前は……。」

「わしは岡田以蔵、武市先生の犬でございます。」

 以蔵の首には縄が巻いてあった。 


「新撰組」=精鋭戦闘機部隊w

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