土佐4人組
第十章くろふね8の後日談
民選議院の設立運動の中心となった坂本龍馬は、不思議な経歴を持つ男だった。
武者修行として江戸に出たものの、気が付いたら大江戸大学にもぐりこみ、いつの間にか経世済民学部の学生になっていた。その上、海軍奉行である勝麟太郎の屋敷に出入りして、月の半分は横須賀の海軍基地に入り込んでいた。ペリー艦隊の来航時には、幕府第一艦隊旗艦「大和魂」に水夫として乗り込んでいた。
経済のわかる武道に長けた船乗り、それが勝の龍馬に対する見立てであった。
横須賀の海軍基地で見つけたこの男は、相手の身分に関係なく、旺盛な知識欲に任せて様々なところに出入りしていた。その龍馬の監視役が半平太であり、親戚の猪之助、その友人の保弥太であった。
ペリー来航のレセプション会場にもぐりこんだ4人組は不思議な情景を目にすることになった。アメリカのエイブラハム・リンカーン下院議員と徳川吉宗が会話していたのである。その内容は衝撃的であった。自分たちが知る歴史の裏側、これからの日本や世界が目指すべき道、英語でなされているであろうその会話は、何故か二人の会話は四人の若者の頭の中に自然に流れ込んでいた。意図して聞かせようとしたように……。
吉田東洋に連れ出された4人は、土佐藩邸でたっぷり叱られた後、何故か山内容堂公に呼び出された。
「容堂公、自らお呼びとは、いよいよ切腹か。」
恐れをなす保弥太(後の後藤象二郎)の横で、半平太は切腹の作法を確認している。
「やはり、三回切り付けるのが良いか。」
「いや、十文字というのがかっこいいぜ」
猪之助(後の乾退助)も脇差を確認している。
「おまんら、まず話を聞こうぜよ。」
龍馬一人がのんびりと鼻毛を抜いていると、容堂公が一人の若者を連れて入ってきた。
「この者たちです。」
「吉宗公の話を聞いたというのはお前たちか?」
立派な洋装をした若者は、出された椅子に座り、平伏する四人に訊ねた。
「左様でございます。」
このような時、生真面目な半平太が最初に口を開く。
「うむ、どのような話であったか話してくれぬか。」
半平太の説明に、保弥太と猪之助が補足しつつ話の内容を伝えると若い男は頷いた。
「確かにあのリンカーンという男は只者ではないな。吉宗公は大統領になる男だと言ったのだな。」
「言っちゃおらんが、そうなるってわかってる口ぶりじゃったの。そいで、おまんはどなた様なんじゃ。」
ここで初めて龍馬が口を開いた。吉田東洋が怒ったような顔つきで龍馬をにらんだが、若い男はそれを制して
「慶喜じゃ。お前が龍馬だな。勝安房から話は聞いておるぞ。」
「はっ」
ここで初めて龍馬は本気で平伏した。
「龍馬よ。一度話してみたかったんだ。愉快な男だということだな。」
「いえ、そのような。」
「まあ、まあ、お前たちに頼みごとがあってな。」
「何なりと」
「お前たち、アメリカに行ってくれ。」
「はあ?」
龍馬だけでなく残りの三人もほとんど同時に声を上げた。
「いや。ここだけの話、いよいよ家慶公が危ないんじゃ。それでお世継ぎは病弱障害持ちの家定公お一人、いよいよ徳川の命運もこれまでのようなのじゃ。」
「慶喜様、そのようなことをおっしゃっては……。」
容堂が慌てて止めようとするが、それを慶喜は手で制して続けた。
「それで、わしは幕府をそろそろ店じまいにしようと思っているのだ。」
「幕府を……店じまい……?」
思わず半平太が口に出したが、この場にいるもの全てが驚いていた。
「だがな、その前に議会制度を整えて、日本を帝を主君にした立憲君主制国家にしていこうと考えているのだ。」
「参議院がありますが。」
「あれは各藩の利益を代表するものたちだ。それも必要だが、民意を反映させることが肝心だと思うのだ。」
慶喜はイギリス短期留学で学んだ二院制議会のことを話した。イギリスでは国王の下、総理大臣がいて政治を行い、議会が法を定める。そしてその議会から、大臣は選ばれる。
そして、アメリカでは大統領制という違った政治制度があるという。もしかすると各州の自治がある分、日本の実情に近いのかもしれない。龍馬以外の三人は「大江戸大学」で政治学を学び、議会政治の概要というものは学んでいた。
「ロンドンでイギリスの議会を学んだあと、アメリカに向かってほしいのだ。」
「4人分の留学費用ですか、才谷屋(龍馬の実家)にも出させないとな。」
「いや、東洋議員。二人分で十分じゃよ。その武市は『大江戸大学』から推薦がある。龍馬は勝安房の推薦がな。」
そのようなわけで、四人はひとまず幕府船でロンドンに向かうことになったのであった。
しかし、この世界の歴史も本来の歴史の流れには逆らえなかった。将軍継嗣問題で一橋慶喜を担ぐ一派が失脚し、幼君家茂を担ぐ幕閣が諸侯会議、参議院を停止し、容堂ら一橋派の外様大名、更に肝心の慶喜まで隠居謹慎にしてしまったのであった。
徳川14代将軍は史実通りになったのであった。
理想世界でも安政の大獄は起こったのでした。




