龍馬写真の真実
時間は鳥羽伏見の前に戻ります。
三岡八郎は葛葉、十兵衛と共に敦賀から琵琶湖の西岸を通り、京へ向かうルートを急いだ。道中、何度か襲撃にあったが十兵衛と葛葉によってあっさり排除されていた。山城の国にに入ると襲撃もすっかりなくなったようであった。
「まもなく京だ。ここまで助かった。」
「もう襲撃もないようね。」
「ああ、春嶽公には感謝だ。本当に優秀な護衛だった。」
「まあね。でも何で春嶽公?」
「ん?お前たちは春嶽公が送ってくれたのではないのか?」
「え、そんなこと言った?」
「ある人から頼まれてやってきたって言ってたじゃないか。」
「言ったわよ。」
「隠密じゃないのか?」
「違うよ。」
「じゃあ、そのいかにも柳生十兵衛みたいな恰好をしている人も?」
「本人だよ。」
「いかにも、私は柳生十兵衛。」
それまで一言も話さなかった十兵衛が初めて口を開いた。
「だから、十兵衛さん。名乗っちゃダメって言ったでしょ。」
「え、嘘でしょ?」
八郎は寡黙でやたらと腕が立つ男、新陰流を使うこの男を幕府隠密だと思って、遠慮して名を訊ねていなかった。正体を隠しておく必要があるのだと考えていたのだった。
「そうね。この辺で話をしておきましょうか。」
「いや、葛葉。ここは人目がある。アジトに向かおう。」
「アジトですか?私は春嶽公から呼び出されているのですが……。」
「じゃあ、今夜、迎えに行くわ。」
福井藩邸まで、八郎を護衛した二人は門前で別れると、伏見稲荷アジトへ向かった。
「八郎、何じゃその恰好は、まず月代を剃れ。」
長く蟄居を命じられていて、そのまま飛び出してきたため、三岡八郎は落武者のような
風体であった。さすがにこの風体で新政府の「参与」に取り立てたとなるとまずい。春嶽公は藩邸から立派な武家装束を用意すると、あすから朝議に出るように命じ、岩倉卿からの任命書を手渡した。
「参与会計事務係ですか。」
「新政府には資金がない。それを何とかしろってことだな。」
「私が担当すれば資金ができると……龍馬さんか。」
「ああ間違いなく、龍馬だな。」
「無茶振りするよなぁ。」
ははは、と主従共に龍馬の顔を思い浮かべて笑い合った。
夜も更けて、迎えに来たものがいると、門番から連絡があり、三岡は藩邸を出た。
そこには片目に眼帯をした男が立っていた。男は八郎に銃のようなものを向けるとその引き金を引いた。
「何を……。」
八郎が気が付くと、明るい見たこともない空間にいた。西洋間だろうか、そこには足の高い机と椅子が数脚、床は石のようなものでできていた。
「いらっしゃい。」
「あ、葛葉さん……って、しっぽ?」
「あ、そうか。これが私の本当の姿、安倍晴明様の式神、葛葉よ。」
「あ、安倍晴明? 式神?」
「そう。あなたと連絡を取るため現界に行ける私が選ばれたの。」
「わたしと連絡って誰が?って、現界って何だ?」
「質問は一つずつにしてよね。現界はあなたたちがいる生きているものの世界」
「ということは、ここはあの世なのか?」
「いえ、ここは異界の狭間よ。」
「異界の狭間?」
「死んだ人の世界の霊界と現界の間にあるのが時間が止まった世界である異界、そしてその異界と現界の間にあるのが異界の狭間。」
「んん、よくわからないなぁ。」
「ここだと、現界の生きている人間とが、異界の人間と会うことができるの。」
「もしかして十兵衛さんは異界の人間なのか。」
「さすが越前の英才だな。そう俺は『時空の旅人』、異界の住人さ。」
「『時空の旅人』?」
「ああ、現界にも行くことができる。」
「それで、わたしたちがあなたに会いに行くことになったの。」
「なんか、分かってきたぞ。わたしをここに呼んだのは……。」
「おお、わしじゃ、わしじゃ。やっと話せたぞ。」
「りょ、龍馬さん?」
「おお、そうじゃ、そうじゃ。」
「なんか、少し違うような……。」
「なんでもな。異界では後の世の人のいめーじとかいうもので、姿が決まるらしくてのう。長崎の上野さんちでとった写真が広がったらしいの。」
「それで、そんなに目が細いのですか。」
「ああ、あんまり時間がかかって寝てたらああなっとった。」
この時代の写真は、しばらく動かないでいることが大事だったんだ。




