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異界の狭間で 3

時間軸は史実準拠ですが……。

「最後に家基様のお墓にも参りたいのだが……。」

「家基様の御廟はこちらでございます。」


 老僧に案内されて、慶喜は徳川家基の廟へ向かった。家基の墓は墓参する人も少ないのか、木々が青々と茂り、清澄な空気が流れていた。

 慶喜は墓前で香を焚き手を合わせた。謎の死を遂げた幻の11代将軍、どれほどの思いがあったのだろうか。家基の死によって一橋治済ー徳川家斉系に将軍位のみならず、水戸を除く全ての御三家、御三卿が血脈支配され、そしてその血脈が徳川を終わらせようとしている。治済の血脈を継ぐ、将軍や一橋家の後継藩主たちやその子が早逝していくのは、この家基やその父家治の呪いではないかと、(まこと)しやかに語る者もいた。しかし、家基の霊廟は静かで清澄なたたずまいで、そのような禍々しい気配は皆無であった。


「ようこそ、慶喜君」

「あ、あなたは?」

「はじめましてかな。家基です。」

「家基様?」

 白く広い部屋の中央に寝台のようなものがあった。その脇に幼さが残る若者が立っていた。

「豊千代君がこの部屋に来なくなってから、もう何年たったんだろう。」

「豊千代……、家斉公ですか。」

「ああ、豊千代君も僕も君と同じ年頃に、初めてここに来たんだ。」

「ここはどこなんですか?」

「ここは異界との狭間、正確に言えば狭間にある巨大な船の中かな。まあこちらへ。」

 家基は慶喜の手を取って、部屋の外に出た。家基の手は温かく幽霊の類とは思われなかった。

「家基様は生きているんですか?」

「そうだね。この世界では生きている。もちろん君のいる世界ではお墓の中だね。」

「異界との狭間って何なのですか?」

「ここは時間が止まった世界である異界と、君のいる世界との狭間。」

「時間が止まった世界?」

「ああ。僕は毒を飲まされた後に意識不明でここに運ばれて、そのまま君の世界では死んだことになっているんだ。」

「死んだことに?」

「異界では時間がないんだ。だからここにきた時のままの姿なんだ。」


 家基に連れられた部屋には4人の男たちがいた。

「家基、よく連れて来てくれたな。会いたかったんだ。」

「おお、何か兄上の面影があるのう。」

「いや、目元などは頼房そっくりじゃ。」

「あ、あなた方は?」

 慶喜が次々と声をかけてくる壮年の男と老人二人にたじろいでいるところに、最後の一人、金ぴかの着物を着た男がにこりと笑って、話しかけてきた。

「竹千代、いや家治と、光圀公、権現様だよ。わしは吉宗。」


 光圀は次男の自分が継いだ水戸家の家督を、高松藩主となった兄頼重の子、綱條(つなえだ)に譲り、自らの子、頼常(よりつね)を頼重の養子にして高松藩を継がせていた。そして慶喜はその七代後の直系の子孫であった。そして光圀の父は家康の十一男頼房である。


「え?徳川の祖先の方は、みなさんこちらにいるんですか?」

「いや、ここにおるのは、わしら5人だけじゃ。」

「わたしは、なぜここにいるのですか?わたしも異界というものに入ったのですか?」

「いや、ここは狭間だ、生きている人間も入ることができる。」

「慶喜よ。お前に託したいことがあるのじゃ。」

「権現様?わたしは一橋家に養子に入ったばかりで、そんな私に何を……。」

「それはな……。」

「権現様、お待ちください。まだ早いです。まだ家慶が健在です。」

 吉宗が家康の肩を叩いた。

「そうじゃのう。」

「いいか、慶喜。これからは洋学を学ぶのだ。」

「洋学?」

「お前の世界ではまだ蘭学か。イギリスの本も取り寄せて学ぶのだ。」

「父からは水戸学を物心ついた頃から学ばされております。」

「うむ、わしが始めたんじゃがのう。少々、朱子学の影響が強くなってのう。」

「幕府の学問です。私もこれから学ぶことになります。」

「いや、それではこの後の世で対応できんのじゃ。」

「まず、朱子学の常識を疑うのだ。」

「そうですね。私もそうでした。源内に会わせていいですか。」

 

 家基は自らが体験したように、豊千代を導いたように世界を見せたいと思ったのであった。

「それがいいかもな。」

「よいか。黒船が現れたらまたここに来るのだ。」

「黒船?」

「その時が来たらわかるじゃろう。」

「家基の墓から来るんだぞ。」


 徳川異世代組と別れると家基は、自らが開発した小型宇宙艇が係留されているドックに慶喜を案内することにした。


詳しい背景は第10章を参照してください。

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