歴史の分岐点
時間は史実通りに進んでいます
「あそこに行った方が、動きやすいわ。ただし……。」
小式部は数枚の映像を白い壁に映し出した。
「こりゃ、長崎で撮った写真じゃ。」
「この懐に手を入れて立っている像が有名ね。」
「こりゃ、わしじゃないぞ。しかしイケメンじゃのう。ん、こっちは…、わしはこんなに顔がでかくないぞ」
「それは、あなたを演じた俳優さんたち。」
「俳優?」
「で、あなたの存在値はとてつもなく高いの。」
「存在値?」
「そう、異界では後の世の認知度や人気度、信仰度で存在値が決まるの。例えば水戸黄門とか徳川吉宗とか、大岡越前とか、遠山の金さんとか。」
「金さん?」
「名奉行遠山金四郎」
「それは芝居で見て知るちょるの」
「そんなわけで、異界でのあなたの姿は、この写真の姿になるわ。」
星間宇宙船となった「吉宗伍号」のメインルームでは非常ベルが鳴り響いていた。
「ちょっと、ムーン、ここで焼き芋は焼かないでって行ったわよね。」
「お前、レプリケーターの使い方わかってないのか?」
「わたしじゃないわよ。」
ムーンとマーズが船内に広がる煙の元をたどると、研究室の奥の倉庫から大量の煙が出ていた。扉を開けるとそこにしまわれていた「ふたさん」たちが一斉に煙を出している。
「何?また歴史改変が起こっているの。」
「何でここにしまっておいたんだ。」
「何で、ここに蚊取り線香立てがあるんですか?」
「源内さん、これは『ぶたさん型蚊取り線香立て式歴史改変感知器』、通称『ぶたさん』。歴史改変が起こると煙が出るの。」
「こんなに煙が出ているのは悪い変化だったわね。」
慌てて様子を見に来た源内に、きつねたちが説明してあれこれ操作しているがいるが、煙は収まらない。
「これは、また改変があったということじゃな。」
御老公が「大日本史-幕末維新編」を見ている。
「御老公、何かわかった?」
「いや、違いが判らん。」
「待たせたわね。また変化が起きたのね。」
「あ、ヴィーナス。どうなったの?」
「それが、私にもわからないの。どうやら第三の分岐が起こったみたいなのよ。」
「新たな分岐が起こったというのじゃな。」
「そう、それ考えるのが正しいと思うわ。」
「あっ、龍馬さんだ。」
「ヴィーナス呼んだのか?」
「いえ、私じゃないわ。」
突然現れた龍馬は。見たことのない計器やディスプレーのある部屋を珍しそうに見まわしている。
「ここにも顔を出せるように女神さんがしてくれたんじゃが、ここはどこなんじゃ。」
「ここは異界の狭間よ。」
「ムーンさんじゃったか。それは聞いちょるぞ。」
「ここは、私の研究室、ようこそ龍馬さん。」
「ん、おまんは?」
「私は、平賀源内、こっちは助手の徳川家基くん。」
「ひ、平賀源内! 徳川家基って……?」
「やっぱり、私は無名なんですね。第10代将軍徳川家治の子、家基です。」
「おお、知っちょる、知っちょる。毒殺された世継じゃな。」
「そういう話になっているんですね。」
「まあ、これは内緒の話ってみんな言っちょる。」
「それって、ちっとも内緒じゃないですよね。」
「まあ、都市伝説って奴だな。」
家基のそばを離れないマーズが口をはさむ。
「いやな。女神さんの話じゃと、わしが死んだことで分岐が起こったそうじゃ。」
「なるほど、龍馬さんがキーパーソンだったのね。」
「きーぱーそん?」
「歴史の変化に影響を与える人物のことよ。」
「うむ、以前、源義家が生まれなくなることで歴史に大変化が起きたことがあるんじゃ。」
「この爺さんは?」
「わしは、光圀じゃよ。」
と、御老公はにこりと笑った。
「光圀って……、あっ、あの水戸黄門だ。」
「まあ、龍馬の時代にはもう芝居や読み物になっておるようじゃの。」
龍馬が女神から聞いた話によると、龍馬はこの時代のキーパーソンとして、神界、仏界での注目の存在であった。その龍馬を大切に育てるため、天界は姉、坂本乙女に金剛力士を憑けて、晩成の龍馬を守護させていた。そして神界、仏界の本来の歴史では、龍馬は後50年は生きて、明治の時代を作っていく存在であった。ところが、その龍馬を失って歴史は新たな世界線を作ってしまったというのである。
つまり、慶応3年11月15日に龍馬が殺されなかった歴史が本来の歴史であったのだ。
龍馬は死ぬはずじゃなかった?




