第一部 四十二話 【バトンタッチ】
コルリルがヒロシの降参宣言に絶句しているとプレイが怪訝そうにヒロシに問いかける。
「降参だと?お前負けを認めるのか?」
「うん♪正直勝ち目ないしね♪
うちのパーティーで一番強い
フォシュラはこの通りだし、
他の皆さんも毒に侵されてる。
君の魔呪を破る方法もない。
もう絶対勝てないからね、素直に負けを認めるよ」
ヒロシはあっさり負けを認めた。
プレイは邪悪な笑顔を浮かべながらヒロシに問いかける。
「では負けを認め潔く死ぬか。なんとも情けない勇者だな」
「あ、その事なんだけど良かったら君の部下にしてくれないかな??
僕は死にたくないんだよ、まだまだ知りたい事もたくさんあるし、
この場の全員は殺して良いから僕は助けてよ」
ヒロシの衝撃発言にその場の全員が声を失った。
コルリルはフォシュラの治療に集中しながらも、本当は絶叫したかった。
(あのバカ勇者!何言ってんのよ!)
プレイはますます怪訝そうにヒロシを観察していた。
しかし突然ニヤニヤと笑いながらヒロシに短剣を差し出した。
「良いだろう、お前を配下にしてやろう。
ただし条件がある。
忠誠の証にこの短剣であの勇者にトドメをさせ」
プレイはそう言って離れた場所で横たわるエディを指差した。
エディはバニラの治療で少しは改善した身体も、先程の魔呪をまともに受け再び虫の息になっていた。
「エディを??」
ヒロシは短剣を受け取りエディを見た。
「そうだ、その短剣はただの剣ではない、
魔呪が込められている。
その短剣で殺された者は、魂を封じられる。
封じられた魂は剣の中で苦しみ続ける。
剣が壊れるまで続く永遠の苦しみだ。
その見返りとして短剣には殺した者の力が宿る。
貴様ら勇者のスキルが宿るのだ」
「へぇ〜便利だねぇ」
ヒロシは短剣をまじまじと眺めている。
仕組みを理解しようとして夢中になっているようだった。
「それが出来たら貴様を配下として認めてやろう、
出来ないのなら貴様も死・・・」
「ほいっと♪」
ヒロシは話途中でエディに短剣を投げつけた。
短剣はエディの首に突き刺さった。
「グハッ!」
苦悶の声と血を吐き苦しむエディ、
ヒロシはつかつかとエディに近づき短剣を首から引き抜いた。
エディの首から血がどくどくと流れ出す。
「た、助けて・・・」
エディが力なく助けを求めるが、無情にもヒロシは短剣をエディの胸や腹に何度も突き刺した。
何度も突き刺し最後には心臓目がけより深々と突き刺す。
エディの眼が見開かれ絶命する瞬間ヒロシが言い放った。
「さっさと死ねバーカ」
エディはその言葉を聞いて死亡した。
その瞬間短剣が鈍く光りエディの身体から何かを吸い出した。
「おぉ!これが魂なのかな?それともスキル?どちらにせよ不思議な感じだなぁ♪」
ヒロシはすでにエディには興味を失い、短剣を夢中になって振り回していた。
コルリルはその姿や一連の流れを見てヒロシに本当に恐怖した。
(あの勇者ダメだ、本当にやばい、今までもやばいと思ったけど、もうダメだ・・・)
コルリルは絶望し、
バラマールは絶叫しヒロシに激怒していた、
バニラは必死に治療しながら怒るバラマールを押しとどめていた。
プレイだけは満足そうにヒロシを眺めている。
「フフフ、良いじゃないかお前。
気に入ったぞ、よしお前を配下にしてやろう。
こちらへこい」
「はい♪」
ヒロシは言われるがままプレイに駆け寄る。
「では忠誠の証に私の手を握れ。
それで契約は成立だ、お前は正式に私の配下、ひいては魔王様の配下となる。
心せよ」
「かしこまりました♪」
ヒロシは笑顔でプレイの手を握ろうとする。
コルリルは全て終わったと感じていた、
しかしなんとかフォシュラだけでも助けたかった。
フォシュラの治療を終わらせれば、フォシュラなら転移魔術でこの場から逃げれる。
自分に出来るのはそれくらいだと判断し、全力で治療を行っていた。
しかし、
「グァァァ!」
プレイが悶絶の叫びをあげた。
握ろうとしていた手を抑え苦しみ回っている。
一体何が起きたのか考える間もなくそばにヒロシがラボで転移してきた。
「コルリル、フォシュラの治療はどう?」
「え?あ、まだです、けどひとまず命の危険は脱する所までは治療出来たと思います」
いつも通りのヒロシの様子にコルリルも思わずいつも通り返答していた。
「よし!じゃあ今からラボにフォシュラを連れて行くよ」
ヒロシはラボを開き転移の準備をする。
コルリルは慌てて問いかけた。
「ちょっ!ちょっと待って下さい!
一体どうなってるんですか?
ヒロシ様裏切ったんじゃ??」
「も〜コルリルったら僕の事信用してなさすぎ!
僕がコルリルを裏切るわけないじゃん♪」
ヒロシは悪びれもなく笑いながらコルリルを撫でた。
コルリルは一気に安堵したがまだ気になる事はあった
「けどプレイには何をしたんですか?」
「フフフ♪油断させて握手する瞬間これを手に刺してやった♪」
ヒロシは紫の木の針を手に持っていた。
それはゴブリンの森で作った毒針だった。
「毒使いだから毒耐性があるかと思ったけど効いて良かった♪
あ、ついでにほれ!!」
ヒロシは次はマシビの木の針をプレイに投げつけた。
針は命中しプレイはさらに苦悶する。
「グァッ!な、私がま、麻痺しているだと!?」
毒と麻痺で身体が動かせないプレイを見てヒロシは満足そうな様子だ。
「よし今のうちだ、コルリル!一つお願いなんだけど、
僕は今からフォシュラをラボに連れていき応急処置をする、
その後ディロンと戻って来る。
その間プレイが逃げないようにしてほしいんだ?
多分一分か二分はかかるけど頼めるかな??」
ヒロシからの依頼をコルリルはすぐに了解した。
「わかりました!絶対持ちこたえてみせます!」
ヒロシに頼りにされた事がコルリルの活力に火を付ける。
コルリルは今、自然と勇者を敬い従う従者としての役割を果たそうとしていた。
「ありがとうコルリル、じゃあよろしく!」
フォシュラを抱えラボに消えようとするヒロシにコルリルはもう一つ尋ねた。
「あ、最後にもう一ついいですか!?
あの、エディ様は本当に殺したんですか?」
コルリルに問われてヒロシは笑顔で答えた。
「ん?もちろん殺したよ?じゃないとプレイを油断させれないじゃないか。
それに僕が殺さなくても、どうせこの状況じゃ治療も出来ないし毒で死んでたよ。
だから死ぬ前に役に立ってもらったってわけさ♪
じゃ!あとはよろしく!」
ヒロシは今度こそフォシュラとラボに消えた。
あとに残されたコルリルはゆっくりと考えをまとめた。
(勇者は正しい、確かにエディはもう死ぬ所だった。
だからある意味合理的な判断だったよね。
それに最初は決闘で決着を付けようとしてたんだから結末は同じ。
・・・現実を見よう。
プレイは毒針と麻痺針でかなりのダメージがあるみたい。
けど魔族の再生力ならじきに回復するかも。
バニラ様は王や皆の回復で手が離せない。
あの王さえこの場にいなければ違う結果だったのに。
そして私は・・・)
コルリルは考えをまとめた。
内心では様々な感情や考えが渦巻き、周りの状況も含めてコルリルを揺さぶる。
けどコルリルは二つの感情に全てを委ねることにした。
(けど私は勇者のアシスタントだ)
ゆっくり手をあげプレイに向ける。
(あの勇者が私を頼ってくれたんだ。
だから私は絶対に役目を果たす!!)
コルリルはヒロシに頼られた事に熱くなり魔術を詠唱しだした。
(そしてもう一つ!
私の友達を!フォシュラを傷付けた事は絶対許さない!!)
「地の槍、穿て!敵を貫き天まで届き、
我の道を切り開け!アースランス!!」
コルリルは怒りに任せ魔術を発動させた。
土の槍がプレイに殺到する。
プレイは攻撃に気付きギリギリのところで回避した。
「貴様!妖精の、分際で!」
プレイは反撃を試みようとするがコルリルの方が速かった。
「幾重の壁、敵を封じ我々を護り給え。
地精の懐で安寧の日々をもたらさん!
アースウォール!」
土の壁が無数に出現しプレイを取り囲んだ。
まるで箱のようにプレイを閉じ込めたコルリルは再詠唱を行う。
「火の道よ!火精へ辿る道を切り拓け!
ファイヤーロード!」
コルリルはフォシュラから教わった火炎魔術を使用する。
流石に無詠唱では無理だったが、フォシュラとそう変わらない威力を出せていた。
閉じ込めた土の箱に火炎魔術を浴びせ続けるコルリル。
おそらく箱の内部は灼熱となっているだろう。
時間稼ぎと攻撃を両立出来る策だった。
(よし、今はこれで大丈夫。
次は・・・)
コルリルはファイヤーロードを使用しながら新たな魔術を詠唱しだした。
それはバニラがしている複数の魔術を同時に使用する高等技術だった。
コルリルの詠唱を遮るように土の箱が揺れた。
程なくして中からプレイが箱を破り出てくる。
蒸し焼きにされ、かなり疲労しているが怒りに任せ無理矢理出てきたようだった。
「妖精め!小癪な事を!」
プレイはまだ毒の影響があるようだった。
怒りながらも消耗した体力を回復する為一旦逃げようとしていた。
「ちぃ!体力が戻れば必ず殺しに来るからな!」
「させない!エアドーム!!」
コルリルはプレイの行動を予期しすでに風の結界魔術を張っていた。
それは先程まで使用していた単純なバリアとは違い、しっかりと詠唱し、風の魔力を存分に練り込んだ強固な結界だった。
プレイはエアドームを突破しようと毒で攻撃するが、体力の落ちたプレイの力ではすぐに突破するのは不可能だった。
「どこまで小賢しいのだ妖精め!貴様から始末してやろうか!!」
プレイには戦闘当初のような余裕はもうなかった。
怒りに顔を歪めコルリルを見つめる姿には必死さが見え隠れしていた。
しかしコルリルも同じくらい怒りを顕にしていた、お互いに怒りに任せ相手を攻撃しようと同時に動いた。
「毒刀!」
「幻蝶召喚、火、風、土、我に従い手足となれ」
プレイは毒の剣を出しコルリルに直接斬りかかろうとする。
しかしコルリルは空を舞い、無数の幻蝶を出現させプレイを翻弄した。
「小賢しい!こんな目眩ましの蝶なぞ!」
プレイは毒の剣で赤い火の幻蝶を斬り捨てた。
しかし、斬り捨てた瞬間、幻蝶が爆炎を発し弾けた。
「幻蝶、『火』触れた物を焼き尽くす火の蝶よ。
そして、これが幻蝶、『風』!」
コルリルは緑の幻蝶を操作しプレイにぶつけた。
風の幻蝶は弾けた瞬間凄まじい風圧でプレイを吹き飛ばした。
「ちぃ!幻蝶それぞれに自然魔力を込めているのか!?
小賢しい妖精がぁ!」
プレイはコルリルの実力が予想以上だった為本気を出してきた。
先程までの勢いに任せた戦い方ではなく、
より集中して力を扱っている。
「毒の鎧、ポイズンアーマー」
プレイは毒の鎧を身に纏い、毒の剣も複数出現させ自分の周囲に漂わせる。
一呼吸起き、先程までより遥かに素早くコルリルに詰めよってきた!
「早い!!土の幻蝶!!」
茶色の蝶が集まり壁を作る、プレイは壁に向かって毒を放射する。
壁は一瞬持ちこたえたが、すぐに溶かされてしまった。
コルリルは慌てて距離を取る。
「逃がさん!!」
プレイは執拗にコルリルに追いすがる。
コルリルは三種類の幻蝶を巧みに操作した、火で目眩まし、
風で距離を取り、
土で攻撃を防いだ、
今のところプレイの接近を許してはいなかったが、周囲の幻蝶はどんどん減ってきており、このままではジリ貧だった。
「大丈夫!大丈夫!もちょっともうちょっと!」
コルリルは自分を必死に励まし、なんとかプレイの攻撃を凌ぐ。
しかし幻蝶はほとんど散らされ、自分の魔力もバリアや上級魔術の連発でほとんど空だった。
コルリルは飛ぶ力もなくなっていき、バニラ達のそばに力なく落下した。
「コルリル!」
バニラがコルリルを呼ぶ、しかしコルリルはもう移動する力もなかった。
「終わりだな妖精。
妖精にしてはよくやったと褒めてやる」
プレイが最後の幻蝶を斬ってコルリルの前に降り立つ。
(あぁ、ここまでかなぁ・・・
けどもう少しでヒロシ様が来てくれるはず・・・)
コルリルはヒロシを信じて時間稼ぎに徹した。
結果ヒロシが求めた時間は充分に稼げた。
コルリルは役目を果たせたので、
死の間際でも不思議な高揚感に包まれていた。
しかしプレイは情け容赦なく毒の剣を振り上げコルリルにトドメを刺そうとする。
その瞬間、
「本当にコルリルはよくやってくれたよ♪」
ドカン!!
ラボから現れたヒロシが声を上げた瞬間、気を取られたプレイが後ろから奇襲を受け、吹き飛ばされた。
ヒロシはコルリルのそばに跪き優しくコルリルを抱きかかえた。
「コルリルありがとう♪フォシュラはなんとかなったよ、
解毒のアイテムでなんとか回復出来た、
今は自分で治療してるから大丈夫だろう。
コルリルの初期治療が良かったからだ♪」
「それなら良かったです・・・
ヒロシ様ありがとうございます」
コルリルはフォシュラが無事で一安心した、
すると奇襲をかけたディロンがコルリルの下にきて頭を下げた。
「コルリルすまない、妹を助けてくれたと聞いた!本当にありがとう!お前のおかげでフォシュラは助かるぞ!」
頭を下げ感謝するディロンにコルリルは恐縮した。
「や、やめてください!フォシュラさんは友達なんだから助けるのは当たり前ですよ」
「そう言ってくれるのがまた嬉しいぞ。
ありがとうコルリル、もうゆっくり休んでいてくれ。
・・・あいつは俺が始末する!!!」
ディロンはコルリルには優しく微笑み、撫でてくれた。
しかし、プレイの方を見た瞬間その形相が修羅の如く変化し全身から怒りを発散させていた。
「おい!魔族!さっさと起きろ!!貴様をぶち殺してやる!!!」
「ちょっと待ったディロン!
あいつは殺さず捕獲するよ??」
ヒロシはディロンを制止し、殺さず捕獲すると宣言した。
「お前本気か?あいつを捕獲なんて出来るのか??」
端から見ていたコルリルもヒロシの言葉は正気とは思えなかった。
プレイは強すぎる、自分やフォシュラにもまだ本気は出していないような気がする。
そんな相手を殺さず捕獲するのはかなり無理があった。
「大丈夫大丈夫!とりあえずコルリル!バニラ様の所に居て?バトンタッチだよ♪」
「は、はい、とりあえずお任せしますが、無理はなさらないでくださいね??」
「心配ありがと♪」
ヒロシはコルリルをバニラの下へ移動させた。
バニラは周囲の人の治療は終わり、自分の治療をしていた。
バラマールは意気消沈しうなだれている。
「貴様等ぁぁ!不意打ちなんぞしよって!」
プレイが瓦礫の中から出てきた。
不意を付かれた事に激怒している。
「不意打ちも作戦の一つさ♪
・・・では!ここからはこの僕、
え〜、あ!【冥王】ヒロシがお相手しよう!」
ヒロシが今思いついたように異名を名乗った。
コルリルは異名の意味は分からなかったが、大丈夫かかなり心配になった。




