第一部 三十話 【妖精の憂鬱とデート】
エディを叩きのめしてから一週間が過ぎた。
エディは王に報告はせず、あの時の事は固く口を閉じたままなようだった。
ヒロシの予想通りの展開にコルリルはホッと安堵していた。
(いやぁ〜良かった!あんな勇者に付きまとわれたらやばすぎだもんね。
うちの勇者には感謝だなぁ)
ヒロシは変わらず図書館でひたすら読書をしている。
ほとんど眠らず知識を蓄えているため、すでに図書館にある本の半分近くは読破しているようだった。
「コルリル!ちょっと聞きたいんだけど良いかな??」
今はコルリルも安全の為ヒロシと一緒に図書館で過ごしている。
そうするとヒロシからよく本の内容について質問される。
ただ、
「・・・はい、なんでしょうか??」
「この世界にも食糞の文化もあるんだね!
ドラゴンの糞には強い火炎耐性があるみたいじゃないか!!
食べることで一時的に完璧な火炎耐性を付けれる。
ぜひ一度食べてみたいよ!
コルリルは何かの糞食べた経験はあるかな??」
「・・・ありません」
「ないかぁ〜僕の居た世界にも食糞文化はあってね?
一般的に有名なのは猫の糞から作る飲み物の話で・・・」
「・・・興味ありません」
「いや!一般的な話よりマニアックな話がより楽しくてね??
僕が見た人は出来立ての人糞を・・・」
「気持ち悪いからその話は結構です!!」
このようにヒロシからの質問は時折とんでもない内容の場合があり、コルリルは非常に疲れていた。
(おっかしいなぁ??この間はあんなにキュンとした感じだったのに今はウンチの話してる?なんでかなぁ??)
コルリルは未だにこのヒロシという人物が分からなかった。
良い人間なようで、外道な気もする。
けど不思議な魅力もあり、嫌悪感も抱く。
その日その時によって全く印象が変わるヒロシにコルリルは戸惑いっぱなしだった。
(私は、この人のパーティー。
だからサポートはする。
けど、今はなんだろう、
不思議な気持ちが自分の中に生まれてる。
役割だからサポートするんじゃなくて、
この人を助けてあげたい。そんな気持ちになってる。
・・・けど役割が解かれたらすぐに退散したいような感じもあるしわっかんないなぁ!!)
自問自答しながら苦悩するコルリルの事は全く気にせずヒロシはまた質問をしてくる。
「ねぇコルリル?魔術師や戦士にランクみたいな階級って言うのかな??
そんなのがあるんでしょ??
コルリルやフォシュラ達はどのくらいの階級なのかな??」
「あ〜はい、魔術師は見習いのE級から始まって、
D級、C級、B級、A級、最強はS級まで等級があります。
私はC級でフォシュラさんはA級ですね。
A級以降はAAA級といったように細かく分類されます。
戦士は駆け出しの5級から
4級、3級、2級、1級、初段、二段、三段と続いていき最強は10段、つまりは皆伝ですね。
ディロンさんは7段の戦士になります。」
コルリルはしっかりと返答した。
ヒロシはちゃんとした質問もしてくれるので、完全には無下に出来ない。
少し面倒だけど、ちゃんと質問に答えれるのは嬉しかった。
「へぇ!フォシュラもディロンもそんなに強いんだ!?
コルリルってばそんなのと僕をよく戦わせたねぇ??」
「あの時はヒロシ様が戦うって決めたんでしょ?!!
私は何回も止めましたよね?!!」
「あれれ?そうだったかなぁ〜??」
嬉しい気持ちはすぐに雲散霧消し、激しい苛立ちがこみ上げる。
(やっぱりこの勇者無理!!)
その日の夜。
最近、コルリルはラボで休む事がほとんどだった。
ヒロシはずっと図書館にいるのでコルリルがヒロシと離れず休む為にはラボを使うしかなかったからだ。
「はぁ〜今日も疲れたぁ~!」
コルリルはラボに入るやいなや大声で叫ぶ。
するとラボの奥からフォシュラが来てくれた。
「おかえり、何よ?今日もまたあの勇者の変態会話に付き合ってたわけ??」
「そうですよ〜
あの勇者ずっとずっとずっ〜と図書館にいるんですもん。
私も離れられないし、何回も変な質問されました・・・
はぁ~疲れた」
毎日ヒロシと過ごし、夜はラボでフォシュラに愚痴る。
これが最近のコルリルの日常だった。
たまにフォシュラと一緒にディロンも居ることもあるが、たいていはフォシュラとふたりきりでヒロシの愚痴を言い合っているのだった。
「あんたも真面目というか、もの好きねぇ??
そんなに嫌ならずっとラボにいればいいじゃない??」
「そ、そうはいきませんよ!
エディが勇者を狙う可能性もあるんですから、
私としてはできるだけ側で護衛したいじゃないですか?
だからせめてお昼間は外で過ごさないと」
生真面目なコルリルの態度にフォシュラは半ば呆れたようだった。
「はいはい、ご苦労さんね。
じゃあせめて今はゆっくりしなさいよ。
今日は先に湯浴み?ご飯?コルリル程じゃないけど今日は私がご飯作ってあげてるわよ」
「本当に?!じゃあご飯いただきます!
ありがとうフォシュラさん!」
フォシュラはたまにご飯を作ってくれる。
疲れた日に自炊せず済む事は、コルリルには言葉では言い表せないくらいありがたかった。
「いいわよ、じゃあ持ってくるから待ってなさい!
それと何回でも言うけどあたし達友達なんだから敬語もさん付けもいらないわよ!」
フォシュラは照れたような態度のまま怒ってラボの奥へ消えていった。
コルリルはフォシュラの事を良き友人だと思っているが、どうにもタメ口や軽口は苦手な性分なので、未だに丁寧に会話してしまい、フォシュラを怒らせてしまう事が多々あった。
(フォシュラって良い人だなぁ。
もっと気楽に話せたら良いんだけど、なんか慣れないしなぁ〜)
「お、帰ったのか」
コルリルが悩んでいるとディロンもやってきた。
「あ、ディロンさん!
私は今帰った所です。
ディロンさんも今日は作業終わりですか??」
「あぁ、先程までフォシュラとしていてな。
外はどんな様子だ??」
ディロンとフォシュラはコルリル達が王都についてからずっとラボに籠もりっぱなしだ。
だから外の様子はわからないし、羽根を伸ばす事が出来ない。
コルリルは少し申しわけなく感じた。
「外はまだ何も変わりません。エディも王も何も変化なしです。
・・・ディロンさんすみません、お二人だけずっとラボに閉じ込めてしまって。
勇者が王宮の外に出たらラボから出れるんですが」
「構わない、始めからこうなるのはわかっていたからな。
それに兄妹水入らずで過ごせるのは悪くない」
ディロンは気にしていない様子だった。
コルリルは少し安心出来た。
「それなら良かったです。
お二人はずっと作業しているんですか??」
「あぁ、作業もかなり進み余裕が出てきてな、
今日は戦闘訓練もしていた。
俺がフォシュラに近接戦闘を教え、
俺はフォシュラに魔術を教わっている。
あの勇者から無茶な指示を出されても対応出来るようにな」
「なるほど、フォシュラさんは優れた魔術師ですから、私より良い先生になりそうですね〜」
「そんな事はない、コルリルも良い魔術師だ。
いつも助かっているぞ」
ディロンの優しさにコルリルは嬉しくなった。
ディロンはフォシュラにもコルリルにも優しく接してくれるので、コルリルはだんだんディロンがお兄ちゃんのように感じていた。
(ディロンさん優しいなぁ〜
なんか優しく見守られてるっていうか本当に安らぐなぁ〜)
コルリルは気持ちが安らぐのを感じた。
ディロンとフォシュラ、二人はもうコルリルにとって大事な人達になっていた。
(だから早く二人を自由にしてあげたい。
いつまでも人質なんて間違ってるよ!
まずは王宮から出て、旅に出る。
その旅で何か良い事をして勇者から認められれば・・・)
コルリルはそこまで考えてはっ!と気付いた。
その旅に自分はついて行けるのだろうかと。
もし明日にでも王から指示があれば、自分は今のパーティーから抜けないといけない。
いくら南大陸に行きたくとも行けない。
フォシュラという素晴らしい友人とも別れ、
ディロンの優しさも感じれなくなり、
ヒロシとの関係も終了する。
コルリルはそう考えると気持ちが一気に落ちるのを感じた。
「ほら!ご飯よ!ディロン兄ぃもいるなら一緒に食べちゃおうよ!」
コルリルが落ち込んでいるとフォシュラが料理を運んできた。
コルリルはとりあえず落ち込んだ気持ちに蓋をして食事を摂る。
しかしその食事がまた美味しく、フォシュラが頑張って作ってくれたことを感じ、
嬉しさと悲しみが両方襲ってきてコルリルの情緒は大混乱になるのだった。
(はぁ~もうずっとラボで暮らしたい)
翌朝、
コルリルはまだ気持ちが不安定だった。
今のパーティーに感じる安心感と居心地の良さ、
しかしそれがいずれ終わってしまう悲しさ、
自分だけパーティーから抜けるのはなんだかとても悲しい気持ちにさせた。
(はぁ〜もう鬱々するなぁ。
嫌だなぁ。ずっとこのパーティーで旅とか、したいなぁ。
けど王の命令には逆らえないしなぁ)
コルリルが図書館で鬱々していると、数日前から徹夜しているにしては元気なヒロシが明るく話かけてきた。
「コルリル?一体どうしたのかな??
なんだか元気ないけど?
あ、もしかしてお腹空いた??」
「いえ、大丈夫です。
すみませんお邪魔してしまって」
「ううん!全然邪魔じゃないよ!
コルリルがいるから勉強も捗るからね♪♪
最近は新しい知識を得れて素晴らしい日々だよ♪
本当は本じゃなくて授業が良かったけど、
でも本も悪くないね♪♪」
ヒロシは非常にご機嫌そうだった。
コルリルとしてはヒロシの機嫌が良いのは嬉しかったが、ちょっと羨ましかった。
「それは良かったです。
私もヒロシ様みたいに元気で過ごされたら良いんですけど。
最近ちょっと色々考え過ぎちゃって」
「あぁ〜わかるなぁそういう気持ち。
色々考えて頭が混乱しちゃう時あるよね
僕も研究が行き詰まったらそんな感じになるときあるもん。
・・・コルリルってさ友達とかいないの??」
ヒロシの突然の質問にコルリルは少し戸惑った。
「あ、はい。王宮にいる妖精は私一人ですし、
一緒に仕事をしていた魔術師の方達はいますが、友達っていうほど仲良くしてはくれませんでしたから」
「え?そうなんだ??」
「はい。妖精は普段里から出ないのでこの世界でも珍しいんです。
それに王宮唯一の勇者召喚士という事で妬まれたりした事もあります・・・
だから親しい人ってバニラ様くらいなんです。
今はフォシュラさんやディロンさんが仲良くしてくれてますけど。
あ、もちろんヒロシ様も仲良くしてくれてありがたいです」
「そっかぁ〜この世界にも色々あるんだねぇ。
・・・よし!コルリル!それじゃあ僕とデートしよっか??」
「デート?デートとはなんでしょう??」
コルリルにはデートという単語は分からなかった。
召喚した勇者の言葉はこちらの世界の言葉に変換されるが、
たまに変換が上手くいかなく、意味がわからない単語が出る場合がある。
ヒロシからは特にそんな単語が多く出て、
例えばフォシュラの事をブラコン、
ディロンはシスコン、
私の事はロリババァ
と呼んでいた事があるが意味は全く分からなかった。
あとから意味を聞いた時は思わずヒロシに魔術をぶつけたくらい腹が立ったので、
今回のデートもどうせロクな意味じゃないとコルリルは思っていた。
「あぁ〜デートがわかんないか!
じゃあこう言えばわかるかな?
逢引しよう♪♪」
「・・・えっ?!」
コルリルはようやく意味がわかり、鬱々した気持ちが吹っ飛んだ。