第一部 二十七話 【王宮の暮らしと学び】
コルリルの疲労は結局一晩経たないと回復しなかった。
コルリルは何故これほどの疲労が出たのか分からなかったが、旅の疲れが出たのだろうというバニラの意見に納得していた。
そして一晩ゆっくりラボで休んだコルリルは早朝から張り切っていた。
「さぁ!今日からまた頑張りますよ!
ヒロシ様!バニラ様に師事するからにはきっちり魔術を練習して立派な勇者を目指しましょうね!!」
「コルリルは朝から元気だねぇ。
もちろん魔術はちゃんと練習するけどさ♪」
ラボで朝食を摂りながらコルリルとヒロシは今日の予定について話し合っていた。
そんな様子をフォシュラが羨ましげに見ている。
「いいわね楽しそうで、私達はずーっとラボなんでしょ??さすがに飽きちゃうわよ」
「あ、すみませんフォシュラさん、フォシュラさん達の気持ち考えれてなかったですね・・・」
コルリルがフォシュラの気持ちに気付き謝っていると
するとヒロシが横から口を挟んできた。
「フォシュラ達にもちゃんとやる事あるから大丈夫大丈夫♪
実はフォシュラ達にお願いしたい事があるんだ♪」
ヒロシはにっこりしながらフォシュラを見ている。
フォシュラは露骨に嫌そうな顔をした。
「・・・お願いって何よ?」
「いや〜ラボを色んな場所に開けるようになってから素材集めが非常に手広く出来るようになってね?
素材が集まるのは良いんだけど管理が追いつかなくてねぇ。
だからフォシュラとディロンにはゴブリン達が集つめた素材をキチンと分類して収納する役目をしてほしいんだ♪♪」
ヒロシはそう言ってラボを操作し、コルリル達のすぐ近くに一時保管庫の部屋を繋げた。
コルリルが中を見ると、
大量の魔獣の死体やら、
石や植物が山積みにされ、
中には腐って異臭を発する物や虫が集っている物もあった。
「ひぃ!こ、これを仕分けるんですか?!」
「そうだよ♪一応ゴブリンにも手伝わせるけど基本的にはフォシュラ達だけでお願いしたいかな??」
コルリルは絶望的な作業を命じられたフォシュラを恐る恐る見た。
するとフォシュラは意外にもあっさりとしていた。
「わかったわ。
それぞれ分類分けして収納すれば良いのね?時間はかかるけど、どうせ暇だしやってあげるわよ」
あっさり了承したフォシュラにコルリルはそっと耳打ちする。
「・・・フォシュラさん良いんですか?
こんな作業嫌じゃないんですか?」
「・・・別に?元から整理整頓するのは嫌いじゃないし、
虫や臭いも盗賊してたら慣れたわ。
むしろ暇なのは性に合わないからちょうど良かったわ」
コルリルはフォシュラへの印象を見直した。
「なんか意外です。
王族の方なのにそんな作業をしてくれるなんて・・・
フォシュラさん、あ、フォシュラ様って呼びたくなるくらい感動しました!」
コルリルはフォシュラの態度に感動しての発言だったが、
その発言を受けフォシュラはキッ!とコルリルを睨む。
「元王族だろうがなんだろうが、私は私!
地位や肩書きなんて私を彩る一部にしか過ぎないんだからそれで私の事を勝手に判断しないでくれる?
あと、あんた次にフォシュラ様なんて言ったら許さないからね??
・・・友達に様なんて普通言わないでしょ」
フォシュラの言葉にコルリルは、はっ!とした。
「・・・ごめんなさい、私ちゃんとフォシュラさんの事見れてなかったですね。
うん、フォシュラさんの言う通り、友達には様は付けないですね。気を付けます!」
「・・・バカ、本当は、さん呼びも敬語も要らないわよ」
そうしてフォシュラ達はラボの整理整頓をして過ごすことに決まった。
ちなみにディロンも快く快諾してくれた。
フォシュラと同じく暇なのが嫌だったので有り難いと言っていた。
コルリル達はラボから出てからまずはバニラの下に向かった。
そして改めてヒロシは王宮付きの勇者となった事を告げられた。
そしてコルリルはひとまずはヒロシのアシスタントの立場のままになった。
もちろん王より指示があればすぐに新たな勇者召喚準備に入らなければならないだろうが、
バニラによるとそれはしばらくないだろうとの事だった。
「バニラ様?何故新たな勇者を召喚するのはないと言えるのですか??
昨日もエディがなにか匂わせていましたが」
新たな勇者召喚についてヒロシがバニラに質問をした。
「良い質問だね、それは魔族に原因があるんだよ。
魔族は無差別に人を襲う。様々な国をランダムに襲撃するんだけど、
実はある法則があるんだよ、
魔族達はまず勇者がいない国を襲撃する。
勇者がいる国はその後。
けど勇者が二人以上いる国には優先的に襲撃をかける習性があるんだ。
これはおそらく勇者の危険性を認識しているからだと推測されている。
だから勇者を二人も抱えるのはリスクが高いんだよ。
国力は増すけど魔族に狙われる可能性もグッと高くなるからね。」
ヒロシの質問にバニラはしっかり答えてくれる。
ヒロシはすでにバニラをかなり気に入っている様子だった。
「なるほど!つまり二人ですでに危険性は高まるのに、三人も勇者が集まれば更に危険ですもんね。
バニラ様、ご指導ありがとうございます」
「いいんだよ。まぁ魔族に関しては詳しくは授業で話すからね。
とりあえず午前中に細々した仕事を終わらせてしまうから、
午後からはたっぷり授業の時間が使えるよ!
魔術や魔族の事、国の歴史や地理、
ヒロシ様が勇者として必要な知識は全てお教えしよう!!」
「ありがとうございます!」
すでにヒロシとバニラは良い生徒と先生といった風情で、王宮の者たちも微笑ましくみてくれていた。
ちなみにバラマールは二日酔いでまだ寝室から出れず、エディは姿を消し現れなかった。
そしてコルリルはどうにも釈然としない気持ちに襲われていた。
その後、バニラは王宮の仕事の為出発し、ヒロシ達は午後までは自由時間だった。
コルリルはさっそくヒロシに問いかけた。
「ヒロシ様!?私には最初からあんまりな態度だったのに、バニラ様はめちゃくちゃうやうやしく接しているのは何故ですか?!」
コルリルの詰問にヒロシは笑って答える。
「えー?だってコルリルは僕のアシスタントだし??バニラ様は僕に指導してくれるんだからうやうやしく接して当たり前だよ♪」
「私だって最初はヒロシ様に色々教えようとしましたけど?!」
コルリルは確かに最初はこの世界の事をヒロシに伝えようとしていた。
しかしヒロシは研究に夢中でコルリルの話はあまり聞いてくれず、
そのうちディロン達が増え余計に話すタイミングがなくなり、
コルリルも諦め、いずれ話そうと思って今日に至るのだった。
「まぁバニラ様はあくまで先生だからね♪
僕が一番信頼して、一番頼りにしてるのはコルリルだから♪」
そう言ってヒロシは満面の笑みでコルリルに笑いかけた。
ヒロシの顔は本当にイケメンなのでコルリルハやはりクラっときてしまった。
(この勇者はすぐ調子の良い事を言っちゃって!!そんな笑顔で誤魔化されないから!)
そう内心で思うコルリルだが、そこからのヒロシに対する態度は明らかに柔らかくなった。
午後になり、コルリル達は王宮の少し開けた部屋を借りて授業を受ける事になった。
バニラはすでに授業で使う物をいくつも運び入れており、
仮の教室のような部屋が出来ていた。
「さぁさぁ!ヒロシ様!今日から楽しい学習の時間だよ!
勝手ながら私が授業計画を考えたのでそれにそって進めていきたいと思うけど、よろしいかな??」
黒板のような板の前に立ち、笑顔で話すバニラ、その姿は教師そのものだった。
「はい!バニラ様の計画にお任せします!」
ヒロシも良い生徒のように従順に学ぶ姿勢を見せていた。
「バニラ様?私も授業に参加するのでしょうか??」
コルリルは私もしないとダメ?と匂わせながらぷかぷか浮いていた。
しかし、そんなコルリルにバニラは笑顔で答える。
「もちろんだよ!コルリルも知っている知識を改めて学ぶのは良い経験になるからね!
是非ヒロシ様と一緒に授業に参加してくれたまえ!」
「はぁ、わかりました」
こうしてヒロシとコルリルの受講が始まった。
「さてヒロシ様!ヒロシ様は異世界から来た、
つまりこの世界の事をなにもわからないし、知らない。
だからまずは基礎の基礎から始める事にするね。
今日までの旅で知った事柄もあるだろうけど、まぁおさらいという事で」
「はい!」
「はぁ」
バニラの講義を2人は対照的に受けている。
コルリルもバニラを尊敬はしているが、今更基礎の基礎を学びなおすのはかなり億劫だった。
「それではまずはこの世界とヒロシ様達の世界との大きな違い、魔力について話そうか。
この世界には魔力が存在する。
魔力とは、魔術であったり、魔獣であり、魔族といったヒロシ様の世界にはない部分の事柄に関わる重要な要素なんだ。
私達にも他の勇者様よりヒロシ様達の世界の情報は伝えられている。
ヒロシ様達の世界は魔力がない代わりに、人の技術が発展している世界のようだね?」
バニラの質問にヒロシはゆっくりと答える。
「そうですねぇ。魔力は多分ないと思います。
一般的には知られていないだけで、
気や超能力、といった言葉もあるくらいですから絶対ないとは言えませんが」
「ほう?気や超能力?それは興味深いね!」
「はい、僕自身は体験したことはないんですが。
あ、でも霊能力はあるかもしれません。
イタコや巫女といった職業もありましたし、
霊現象の話は気や超能力より遥かに多いですから」
ヒロシとバニラはヒロシの世界の事を熱心に話している。
コルリルは、
(自分にはあの勇者は何も話さないじゃん!)
とやや不満だった。
「なるほど!私個人的には是非その辺りの話を聞きたい所だけど、今はこの世界の話をしよう」
バニラが話を打ち切り授業を再開する。
「さっきも言ったけどこの世界には魔力がある。
魔力はこの世界のどこにでもある。
山や川、魔獣や魔族、もちろん私のような亜人やコルリルのような妖精、人にもね。
魔力は素晴らしいエネルギーだ、
使い方1つで様々な事に利用出来る。
例えば魔獣は体内の魔力を身体能力値をあげるのに使用している、もちろん意識せずに本能のままにね」
「なるほど!だから身体構造的にありえないパワーやスピードを魔獣は出せたり、
自重で潰れるはずの巨大な魔獣が存在するんですね!?」
ヒロシはこの世界の魔獣達が、何故明らかにおかしいパワーやスピードを出せるのかいつも不思議がっていた。
ゴブリンの森の熊魔獣にしても、あんな巨体で素早く動ける事自体がありえないし、
巨大な虫型魔獣のパワーや、猿魔獣の異様なスピード、
全てありえない事だ!と以前コルリルは詰め寄られたが、
コルリルはそんな事を気にした事もなかった。
だからその時はちゃんとした答えを出せなかった。
(はぁ~魔力がそんな風に使われていたのかぁ~
さすがバニラ様、博識だなぁ~)
バニラの授業でコルリルも新たな知識を得れて満足だった。
もう最初の不満な気持ちは消えていた。
世界の謎が1つ解明されヒロシも俄然やる気がみなぎってきたようだった。
「バニラ様!もっと色々聞かせて下さい!」
「ははは、ヒロシ様は勉強熱心だね。
そう!ヒロシ様の言う通り、この世界の魔獣達は魔力によって通常ありえない力をもっている。
そしてその力は私達も使用する事が出来る。
それが魔術だ。
私達は魔力を使い、魔力を魔術に変換し、使用する事が出来る。
今からその仕組みを説明しよう」
そう言ってバニラは身体の前で両手を上向きにかざした。
「ふん!」
バニラが力むと右手からは炎の塊が現れ、
左手には緑色のボールのような何かが現れた。
「さぁコルリル!私は今何を見せているか正確に答えれるかな??」
問いかけられたコルリルはあっさりと答えた。
「右手は火炎魔術のファイヤーボール、
左手は魔力をそのまま放出している形です。
どちらも同じ量の魔力を使っています」
「その通り!素晴らしい答えだね!
私は今右手には魔力を火に変換した魔術
ファイヤーボールを、
左手には変換させていない無垢の魔力をもっている。
さてヒロシ様?この二つの違いはわかるかな??」
バニラの質問にヒロシは少し悩みながら答えた。
「ん~。右手のファイヤーボールは火の魔力が混じっていて、
左手の魔力には何も混ざっていない??」
「正解!さすがは勇者様だ!」
バニラは満足気な様子で右手のファイヤーボールを消し、左手の魔力のみにする。
「この無垢の魔力は私の体内から生み出した魔力だ、
このまま使用しても・・・」
そう言ってバニラは無垢の魔力を部屋の隅にあったバケツに投げる。
魔力が当たってもバケツは何事もなくそこにあり、
魔力はバケツに当たった瞬間弾けて消えた、
「ご覧の通り何の意味もない。
これは私の魔力が何の混じり気もない無垢だからだ。
しかし、無垢の魔力に違う魔力を混ぜると・・・」
バニラは新たに出した無垢の魔力を掲げる。
そして呪文を詠唱し始めると、無垢の魔力がみるみるうちに変化し、再びファイヤーボールとなった。
「ほい!」
ファイヤーボールをバケツに投げる。
ボン!
と音を立ててファイヤーボールは命中し、バケツは衝撃で大きく歪み炎上し始めた。
「いまのは火の魔力を混ぜたファイヤーボール、
水の魔力を混ぜたらウォーターボール
風の魔力を混ぜたらウィンドボール
火の魔力をより濃くすれば、より強力な火炎魔術に変化する。
このようにこの世界の魔術は全て無垢の魔力と違う魔力を混ぜて完成するんだ。
ここまでは良いかな??」
「はい!わかりやすい説明です!」
(さすがバニラ様!
けど火事になるので室内でファイヤーボールは止めて!!)
変わらずヒロシは熱心に授業を聞き、
コルリルは返事をしながら燃えているバケツに水魔術をかけて消火していた。
「ありがとうコルリル!
それじゃヒロシ様、無垢の魔力は術者本人の身体から生み出される、
では混ぜる方の魔力はどこから生み出されるかわかるかな??」
バニラから再度質問されヒロシはかなり悩みながら答えた。
「うーん、おそらく、この空間にすでに存在している??」
「素晴らしい!ヒロシ様は飲み込みが早い!
そう!混ぜる方の魔力はすでにこの世界中に満ち溢れているんだ!
世界中に満ちている魔力、これを自然魔力という。
自然魔力と無垢の魔力、2つを合わせて魔術とする、これが魔術の基礎になる。」
バニラは飲み込みの早いヒロシを絶賛し、最初よりますます授業に熱が入る。
「自然魔力は世界中どこにでもある。
山にも川にも、城や家屋や、トイレや寝間にまでね。
そして自然魔力は術式によって変換させる事が出来るんだ。
自然魔力は【火】【水】【風】【土】【光】【闇】
この六種類に変換出来る。
それぞれの魔力と無垢の魔力を合わせて数多の魔術を生み出すのが魔術師というわけだ。」
「おぉ!凄く分かりやすいです!
その魔力の混ぜ合わせは異世界人の僕に出来ますか??」
「もちろん!過去に召喚された勇者様の中にはスキルより魔術が得意な勇者様もいらっしゃったからね!
現在いる魔術師の中で1番強いとされる魔術師も実は異世界から来た勇者様なんだよ?」
「え?そうなんですか??」
これはコルリルも知らなかったのでつい声をあげる。
バニラはコルリルにも優しく説明してくれた。
「実はそうなんだ。
先日魔術協会から連絡があってね。
新たな大魔道士に勇者様が選ばれたとの事だったよ。
勇者様の名前やスキルは機密みたいだけど、
異名は【魔導拳】らしいよ?
うちのエディ様の異名【斬魔】に負けず劣らずだね」
「はぁ~大魔道士様に勇者様が選ばれるなんて凄いですねぇ~
一度お会いしてみたいなぁ~」
「あの〜?その大魔道士や異名というのは??」
ヒロシが手を上げ質問する。
バニラはすかさずヒロシを指差し返答した。
「はい!ヒロシ様!良い質問だね!
大魔道士というのは魔術師の中でもっとも強いとされる魔術師1人に与えられる称号でね。
世界中の魔術師達の協同組合である魔術協会という所が与えているんだけど、
この百年くらいはずっとエルフのガンラー様が大魔道士だったんだ。
ガンラー様は闇属性の魔術、重力魔術を使える唯一の御方で、その魔術は魔族の大軍数万を一度に倒したとも言われる凄い御方なんだよ。
大魔道士になるには当代の大魔道士に認められ役目を譲られるか、一騎打ちにて打ち倒すかの二択なんだけど、
なんとその【魔導拳】の勇者様は百年無敗のガンラー様を打ち倒し大魔道士になられたみたいなんだ。
あ、あと異名は勇者様が名乗る通り名みたいなもんだね。
魔族達にはそう言う異名をかざして威光を出した方が牽制になるからね。
だからなるべく強い異名を皆つけるんだけど、
ヒロシ様は何か異名はあるかな??」
「はぁ~大魔道士に異名ですかぁ。
コルリルからは何も聞かされていないので異名は考えてないですねぇ。」
そう言ってコルリルの方をチラとみるヒロシ。
コルリルはすぐに弁解した。
「そ、それはヒロシ様が全然全く私の話を聞かないからで!
私はちゃんと最初に説明しようとしましたよ?!」
「うーん、だけど魔術の事も全然教えてくれないしなぁ。
もしかしてコルリルに意地悪されてたのかなぁ??」
ニヤニヤ笑いながら話すヒロシにコルリルはますますヒートアップした。
「だから!それには事情があったし!
それにあの時は盗賊騒ぎもあって、その後も色々あったでしょう?!」
「ははは。はいはいそこまで!
コルリル?君の言う事もわかるけど勇者様にはある程度は説明してあげるのも召喚した者の努めだよ?
ヒロシ様も色々あるのはわかるけど、コルリルが魔術を教えれないのにも理由があるんだからね?
あまり私の一番弟子を困らせないであげてくれないか??」
バニラがにこやかに仲裁してくれる。
ヒロシは「かしこまりました」と、とりあえず納得してくれた。
「二人ともわかってくれてありがとう。
それでは話を戻すけど、
魔術の基礎は今話した通り、では次は
私達の天敵、魔族について話そうか」




