第一部 二十六話 【新たな勇者と先生】
ヒロシは謁見の間に入ってからバラマール王を観察していた。
豪華な衣装と身体から出る小物感、
遅れたとは言え任務をやり遂げたコルリルに対する酷い対応、
醜く怒りまくるその姿には憐れみすら感じられた。
(なんだ、王というからどんなもんかと思えば。
ただのカスか)
ヒロシはすでにバラマールに対する興味を失っていた。
実際見るまでは、王族の特別な何かがあるのではと期待していたが、
バラマールにはなにも特別感じる所はなかった。
これならまだ先程会ったバニラの方が力を感じた。
(まぁ何の能力もない者が血族だけで王になる場合もあるのか。
はっきり言ってつまらないな~)
ヒロシの内心は冷めきっていた。
早く終わらせてバニラに魔術を習いたいと思っていた。
だから王に話しかけられても無礼な態度になってしまうのも仕方なかった。
けれどバニラに魔術を習う為には王に愛想を振る舞うのが良いのだが、
コルリルが容赦なく罵倒されているので、愛想すら出なかった。
むしろ敵意すら沸く程で、怒りをなんとか抑えている所だった。
そんな折に現れた新たな勇者。
その存在はヒロシに興味を引くに充分だった。
(新たな勇者かぁ!ワクワク♪♪)
新たな勇者はエディ・グラムスと名乗った。
身体は長身で手足は細いモデル体型。
金髪の髪を短くカットしつつ完璧にセットしていた。
顔は本来なら柔和な表情が似合う爽やかなイケメン顔だが、
今のエディはヒロシを睨みつけ、見下し、挑発する醜悪な表情をしているので、どう贔屓目に見てもイケメンとは言えなかった。
華やかな衣装は花と火をイメージするピンクと赤の色彩がよく映えていた。
アジアンテイストなダボッとしたズボンも見るからに高価な布を使っている。
そして腰には長い刀を差している。
この国の兵士が持つ剣ではなく、日本刀のような刀だ。
その刀に手をかけながら、ヒロシ達を睨みつける姿はさながら山賊のようだった。
「お前が自称勇者ヒロシか。
召喚されてから五ヶ月以上も陛下へ謁見しなかったくせに、よく今頃戻ったもんだ」
エディはヒロシの事が嫌いなようだった。
ヒロシからすると何故嫌われているかわからないが、ひとまず謝る事にした。
「これはこれは。まさか新しい勇者様がいるとは知らずすみません。
これならもっと早くに参上するべきでしたね」
素直に頭を下げるヒロシにエディは
ふんっ!
と鼻を鳴らし満足気に微笑んだ。
ヒロシが自分に恭順したため少し満足したらしい。
「ちょ、ちょっと待って下さい!!
ヒロシ様が遅れたのは私の未熟さ故です。ヒロシ様には責任はありません!!
それに新たな勇者様って??
一体誰が召喚したんですか??」
コルリルが新しい勇者の召喚について尋ねた。
ヒロシの聞いていた話だと、サイマール国には、勇者を召喚出来る召喚士はコルリルしかいなかったらしかった、少なくとも二ヶ月前までは。
だからこそコルリルは自分がいない間に現れた勇者にとても驚いているようだった。
そんなコルリルをバラマール王は怒鳴りつける。
「黙らんかこの羽虫が!
この勇者エディは貴様が旅立ってすぐに我が国に来た流れの勇者じゃ!
以前仕えていた国が無くなり放浪していた所をわしが召し抱えたというわけじゃ!
貴様ごときがおらずとも勇者は現れたのじゃ!!カカカ!!」
そう言ってバラマールは高笑いする。
コルリルの力がなくとも構わないと、言わんばかりだった。
コルリルは笑われても気にならない様子だったが、流れの勇者というのにはヒロシ同様引っかかったようだった。
(流れの勇者??もしやディロン達の国を滅ぼした??)
ヒロシは改めてエディをよく観察する。
ディロン達の情報ではその勇者は痩せ型で髪は長く黒い。
顔にはいつも笑みが張り付いていて、柔和な笑顔が印象的だったという。
年齢は30くらい、名前はホムラに来たときにはアッシュ、盗賊団を率いている今はバンダラと名乗っている。
(まぁ、特徴はあんまり一致しないね。
けどこの世界には姿を変える魔術もあるみたいだし、名前も偽名の可能性があるし、今はまだわからないな??)
ヒロシは冷静に新しい勇者を品定めする。
場合によってはフォシュラ達の国を滅ぼした勇者の可能性もあり、最大限注意すべきだったからだ。
「陛下、ご紹介ありがとうございます。
さっそくですが、私はこの勇者を信用出来ません。
召喚から数ヶ月も遅れて謁見しておきながら、このふてぶてしい態度を見てください!
まともな勇者ではないことは明白です。
私はこんな奴と同じ勇者でありたくありません!」
エディはさっそくヒロシをこき下ろし、ヒロシは信頼出来ないとバラマールに進言していた。
バラマールもヒロシの態度から同じような意見のようだった。
「確かにのう。エディや、お前の言う通りじゃ!
こやつはわしをバカにしておる!
わしもこやつは信頼出来ぬわ!!」
バラマールはエディを信用しヒロシには罵声を浴びせた。
ヒロシは何も言わずただ頭を下げていた。
「何も弁明しないのか?!
お前のような腰抜け勇者はこの国には必要ない!
この俺、エディ・グラムスがいれば充分だ!
ですよね?陛下??」
エディは自信満々な態度でバラマールに同意を求める。
バラマールはすぐに同意するかにみえたが、少し考えるように唸りだした。
「うーむ。確かになぁ、いや、しかし・・・」
ヒロシにはバラマールの煮えきらない態度の裏が透けて見えた。
バラマールは強欲そうな王だ。
いくら気に入らないかと言って勇者ほどの戦力を放逐するのはもったいないと考えるだろう、
なんとか手駒に出来ないかと考え、
すぐには追放しないんだろう。
とヒロシは正確にバラマールの心中を読み取った。
「陛下??」
「うーむ、おい!ヒロシとやら。
貴様のスキルはなんじゃ??」
バラマールはエディを無視し、ヒロシに問いかける。
ヒロシは頭を下げたまま答えた。
「はい、私は【ラボ】というスキルが使えます。
私の望む空間を作り出すスキルで、私の意思のままに出入り口を作り出せます」
ヒロシは淡々と説明した。
やはり愛想も何もなかったが、
バラマールは不機嫌な表情のまま質問を続ける。
「空間を作る?それだけか??」
「はい、あとは私自身の技術や知恵くらいです」
「その空間とやらは敵を攻撃する事は出来んのか?」
「出来ませんね」
「ではそのスキルはなんの役に立つ??」
「主には私の知的好奇心を満たせる場を作れるくらいでしょう」
「・・・話にならんわ!!」
バラマールは再度激昂しヒロシを怒鳴りつける。
「貴様!そんな役に立たんスキルでよくわしの前に現れたな!!
魔族や敵を倒せんスキルなぞ何の役に立つ?!!
エディよ!真に必要とされるスキルはどんなものか見せてやれ!」
「はっ!」
バラマールの言葉にエディはすぐに反応した。
ヒロシ達の近くに移動し腰に差していた刀を抜き放つ。
きらりと刀身が光りいかにも業物な雰囲気の刀だった。
「ヒロシとやら、見るが良い!これが真の勇者スキルの力だ!!」
そう言ってエディは刀を振った。
何も無い空間に向かって振った。
しかし刀よりエネルギーが突然噴出し、前方に発散された!
キンッ!
甲高い音がして何かが切れる音もした。
ヒロシ達が振り返ると先ほど入って来た分厚い大きな扉が袈裟斬りに一刀両断されていた。
「どうだ!これが俺のスキル
【断空刀】だ!
このスキルはあらゆる物を切れる!
しかも斬撃を飛ばし遠隔で切る事も可能だ!
貴様のラボとやらでは遠く及ばない力だろう!?」
得意気にスキルを自慢するエディ。
あらゆる物を切れるスキル、確かに攻撃力ではヒロシのラボを圧倒する強さのスキルだった。
しかしヒロシはエディのスキルを特に凄いとは思わなかった、
それよりもスキル名が気になっていた。
(断空刀って昔のロボットアニメみたいだな。
やってやるぜ!とか言っちゃうのかな??
スキル名はあの白い奴が名付けたのか??
それとも僕みたいに自分で名付けたのか)
自分の思考に集中し、特にスキルについて反応しないヒロシにエディはイライラしだした。
「おい!俺のスキルを見ただろう?!
お前なんかじゃあ俺には勝てない!
よってこの国には使えない勇者は必要ない!
さっさと出ていくんだな!」
ヒロシに国外退去を命じるエディ。
バラマールは特に反対せず、このやり取りに飽きたのか侍女に酒を注がせていた。
コルリルはエディのスキルの凄さに唖然としつつ、どうすれば良いかわからない様子でおたおたするばかりだった。
「お待ち下さい!」
そんな中バニラが声をあげた。
バニラはヒロシの前に立ち弁明を始める。
「陛下!並びに勇者エディ様!何卒ご一考くだされ!!
この勇者ヒロシ様は確かに謁見に遅れました!
しかし!遅れたのは召喚士のコルリルが召喚を失敗したためでございます!!
そしてコルリルは私めの生徒でございます!
生徒の失敗は教師である私めの失敗でございます。
今後はコルリル、ヒロシ様、両名が陛下に失礼なきよう指導致しますので、
何卒!此度はご容赦お願いいたしまする!!」
そう言ってバニラは深々と頭を下げた。
今回の件ではバニラは全く悪くないはずなのだが、誠心誠意謝罪してくれた。
コルリルによるとバニラは国でナンバー2の要人だ、
そんな重要人物が頭を下げ赦しを乞う、
しかもバニラは人民や王宮内からの信頼も厚く、バラマールにも極めて忠誠だという。
そんなバニラの願いをバラマールは無視できないだろう、とヒロシは考えたが、
エディが待ったをかける。
「バカな!貴様もわかっているだろう!勇者を二人も抱える事の愚かさを!
陛下は懸命な御方だ!勇者を二人も抱えるなどされるものか!
どちらかが去らねばならんのならより強い者が残るのが通りだろうが!
・・・ですよね?陛下??」
「う、うむ。確かによくよく考えると二人も勇者を抱えるのはリスクがあるのぉ。
やはりここはエディに残ってもらうかのぉ」
エディの剣幕に押されバラマールはヒロシを国外退去にしようとする。
バニラは必死に抗弁した。
「お、お待ち下さい!な、なればヒロシ様がより有用だと証明出来ればいかがでしょう??
勇者二人を抱えるリスクを超える力をヒロシ様が示せればよいのではないでしょうか??
陛下も以前までは勇者は何人居ても良いとおっしゃっていたじゃありませんか??
私の顔に免じて、せめてヒロシ様にチャンスをください」
必死に抗弁するバニラ、バラマールが考えていると更に続けようとする。
「ヒロシ様が我が国に来てくださる有用性ですが・・・」
「もうよい!もうよい!好きにせぇ!!」
バラマールはめんどくさそうに手を振る、どうやら酒が回ったようで顔を赤らめふらふらしだしていた。
「もうめんどうじゃわ!バニラ!貴様に全て任せる!余はもう休むぞ!」
そう言って席を立つバラマール。
エディは慌てて止めようとする。
「陛下!お待ち下さい!あのような勇者必要ないでしょう?私がいれば良いじゃありませんか??!」
「くどい!もうわしは疲れたのじゃ。
あとはバニラと話せ」
そう言い残しバラマールは側近達と共に謁見の間をあとにする。
残された面々に漂う空気はまるでお通夜だった。
新たな勇者エディは理不尽な扱いを受けたと言わんばかりの態度で顔を赤らめ全身から怒りを発散させていた。
「バニラ!貴様!こんなやつの肩を持つとは!この一件しっかり覚えとくからな!
ヒロシ!貴様も隙あらば王宮から叩き出してやる!!覚えとけ!!」
エディもそう叫びながらすぐに出ていく。
ヒロシ達もすぐに謁見の間をあとにし、
ひとまずバニラの私室に移動した。
「はぁ〜〜〜!良かったぁぁぁ!
私危うく処刑でしたよ!!けどバニラ様のおかげで助かりました!ありがとうございます!」
まずコルリルが一息ついたあとバニラに感謝を述べる。
バニラはなんてことないといった様子だった。
「いやいや、私は何もしてないよ。
ただちょっと口を出しただけさ。
それにコルリルは私の大切な生徒だからね。
口を出して救えるなら助けるに決まっているよ」
「はぁぁぁ。バニラ様には頭が上がりません!ありがとうございますバニラ様ぁぁあ!」
コルリルはバニラの言葉に感激し涙を流しながら辺りを飛び回っていた。
すると突然カクッと力が抜け、コルリルは床に落ちた。
「あ、あれ?私どうしんたんだろ?
なんだか身体が急に・・・
疲れたのかなぁ?」
どうやら急激な脱力感だったようだ。
飛べないほど消耗したコルリルをヒロシはそっと拾い上げる。
「コルリルお疲れ様♪
多分謁見に疲れたんだよ。
一旦ラボで休んだらどうかな??」
「うーん、まだまだ話したい事はありますが、仕方ありませんね。
すみませんが少し休ませてください」
コルリルはまだ話したそうだったが今の体力では使い物にならないと自分でも判断できたのだろう、一旦ラボで休む事にしたようだった。
「すみませんバニラ様。少し休んだらこれからの事を話し合いましょうね?」
「あぁ、もちろんだよ。今はゆっくりお休み」
ヒロシはラボを開きコルリルを中に入れる。
その後一旦外に出てバニラと向き合う。
「ではコルリルが休んでいる間は僕もラボにいようかと思います。
今日はありがとうございました」
うやうやしく頭を下げるヒロシにバニラは笑顔で対応する。
「あれくらい構わないですよ、たいしたことじゃない。
それよりヒロシ様のスキルも凄いスキルですね!王はああ言っていたがこれは戦闘にも役立つはずだ!」
「ありがとうございます。
あ、バニラ様は僕に敬語は必要ないですよ??
今後はバニラ様に色々教えを乞う身ですから、だから普通に接して下さい」
「ははは、そんな事気にすることないのに。
まぁ、ではヒロシ様とも先生と生徒という立場で接しさせてもらおうかな??
一応勇者様を呼び捨てにはできないから名前には様をつけさせてもらうけど、
それ以外はコルリルと同じようにさせてもらうからね」
「はい!ご指導よろしくお願いします」
ヒロシは頭を下げバニラに恭順を示した。
「じゃあ僕の方も一つお願いなんだけど、ヒロシ様のラボに入らせてもらっても良いかな??」
「それくらい全然構いませんよ。
・・・その前に一つ質問してもよろしいでしょうか??」
「・・・何かな??」
雰囲気が和やかなものから少し変わる。
「バラマール王になにを飲ませたんですか??」
ヒロシの質問にバニラは無表情だが声色は固く問い返した。
「何、とは??私は何もしていないがね」
「いえ、バラマール王の酔うタイミングが良すぎたので。
あと王に酒を注ぐ侍女とバニラ様が目で何か合図し合っていたので、何か酒に混ぜて飲ませたのかな?と思いまして」
ヒロシの質問にバニラは何も反応しなかった。
少し間を空けて突然バニラが笑い出した。
「ははは!ヒロシ様は素晴らしい生徒になりそうだね!」
「ありがとうございます」
「質問に答えよう!酒はあくまで酒だよ。
ただ陛下が普段飲まれる酒よりかなり強めの酒だった。
後学のため教えてあげるが、この世界には魔術師により魔術を付与された物品、
【魔具】という物が存在する。
魔具には皿やコップといった日用品もあり、
そういった魔具は飲食物以外の異物は全て弾く能力がある。
魔具になったコップに毒を入れようとしても必ず弾かれ未遂に終わるんだよ。
だから王族や貴族の方の器や食器は全て魔具と思っていい、常に毒殺の危険がある方達だからね」
「なるほど、そんな物があったんですね。
では逆に酒しか注げない魔具には、
酒だったら何でも注げるという事ですね?」
「理解が早いね!その通り、酒しか注げない魔具には酒なら何でも注げる。
だから陛下には普段よりかなり強い酒を召し上がってもらった。
陛下の性格やエディの事を考えると、ヒロシ様達が窮地になりそうな予感がしたからね。
だからあらかじめ侍女に金を握らせ、合図で強い酒を飲ませ謁見を終了させる策だった」
「なるほど、私達の為に配慮してくださりありがとうございます。
けど王はよく気付きませんでしたね?そんな強い酒を飲まされたら気付きそうですが」
「あぁ、それは私が無詠唱で味覚を狂わせる魔術を使ったからね。
陛下自身を魔術でどうこうしたら不味いが、
強い酒を飲む手伝いくらいは構わないだろう??
まぁあまりに強い酒だからか酒気でコルリルには悪影響が出てしまったみたいだけどね、
あの小さな身体には漂う酒気もきつかったんだろう」
事も無げに言うバニラにヒロシは、
(この人も中々ヤバいな)
と内心思いながらも不思議と悪い印象は抱かなかった。
「ありがとうございます。バニラ様とはこれからも仲良く出来そうな気がします」
「それは良かった!私もヒロシ様とは仲良く出来そうだよ」
「ではラボに入られますか??」
「・・・いや、やっぱり止めておこう。
今はお互いゆっくり休もうじゃないか??」
「そうですね。では今は休んでから、また後ほどご指導よろしくお願いします」
そう言ってヒロシはラボに戻った。
バニラはヒロシに自分の策を見抜かれていた事に警戒しラボへ入るのを止めたようだった。
しかしバニラもまたヒロシの事を悪くは思っていないようなので、
ヒロシは嬉しかった。




