第一部 二十五話 【謁見と新たな勇者】
コルリルはようやく、ヒロシを王都に連れて来る事が出来た。
サイマール国、王都バラモン、
この都はこの国一番の大都市で、
大規模な商店の集まりや、
ギルドを代表する冒険者の施設、
病院、厩舎、食堂、教会や墓場、
学校に歓楽街まであらゆる店や施設が集まる場所だった。
コルリルは最初にこの都をみた時は仰天し、数週間は街中を飛び回りあちこち見て回ったものだった。
「どうですヒロシ様!この都すごいでしょう?!」
コルリルは好奇心旺盛なヒロシはさぞかし歓ぶと思ったが、
「ん?あ〜そうだね?まぁまぁ良い街なんじゃない?わかんないけど。
なんとなく僕の居た世界のアラビアみたいな感じの街並みだな〜」
ヒロシは全然街に興味がなさそうだった。
道行く魔獣の糞にはものすごく関心を持つのに、この王都にはなんの興味もない様子だった。
「え?ヒロシ様?もしかして興味ないですか?」
「うん。だってただの街でしょ??
それより早く王宮に行って魔術師さんに魔術を習いたいよ♪」
ヒロシはそう言って街の検問所へさっさと歩き出す。
コルリルは慌てて付いていきながら内心でツッコんだ。
(この勇者の興味を引く基準がわからない!!)
街の入口には検問所があり、通常は入場するために検査や、書類審査等手続きが必要になる。
コルリルは検問所の兵士に自分の身分とヒロシの素性を明かす。
すると二三確認をしたあと、すぐに入場が認められコルリル達は街に入れた。
「なんかあっさりだね?検問所の意味あるの??」
「私達が勇者パーティーだからですよ。
王宮からすぐに迎えがくるみたいですから少し待ちましょう」
少しして豪華な装飾の馬車が四頭の虎に引かれ現れた。
流石にヒロシもその馬車を見た時は驚きを露わにしていた。
「えぇ〜!豪華な馬車だねぇ?しかも馬じゃなくて虎が引いてるけど??」
ヒロシが驚いていると馬車の中から一人の男が現れた。
「おかえりコルリル、長旅だったね。大事なかったかな??」
「バニラ様?!まさかバニラ様直々にいらっしゃるなんて?!」
現れたのはリザードマンのバニラだった。
緑と灰色で彩られたトカゲの顔、手は水かきがついており、三本の指で器用に長い杖を握っていた。
着ている服はヒラヒラとした魔術師のローブでローブのしたからは尻尾が覗いている。
コルリルの知るバニラの出で立ちだが、バニラが現れた事にコルリルは馬車を見たヒロシの驚きに負けないくらい驚いた。
「コルリル?この人?は誰かな??」
ヒロシはコルリルの驚きように戸惑いながら尋ねてきた。
「この方はバニラ様です!王宮で一番の魔術師様で、私の先生です!
王の次に身分が高くて、まさかわざわざ出迎えて下さるなんて!」
バニラは王宮で二番目に偉い人物だった。
魔術師としての力、無数の知識とそれを活かす知恵、さらに国への忠義も厚い。
偏屈な王からも気に入られている人格者だった。
そんな重要人物のバニラがわざわざ街の入口まで出迎えにくるなんてコルリルは思いもしなかった。
「ははは、可愛い生徒がようやく帰ってきたんだ、出迎えくらいするさ。
・・・ではこの方が迷子の勇者様かな??」
バニラはヒロシに笑顔を向ける。
ヒロシも笑顔で返し挨拶をした。
「はい。お初にお目にかかります。勇者ヒロシと申します。
バニラ様の事はコルリルより伺っています。
お会いする日を楽しみにしておりました」
(ん?何この勇者?!私の時と全然態度違うじゃん?!)
慇懃丁寧に挨拶するヒロシに、コルリルは内心で驚きと納得のいかなさを感じた。
一方バニラはヒロシの態度に恐縮していた。
「よしてください。あなたは勇者です。
私は王とこのサイマールに仕える身。
その国を守護してくださる勇者様には、むしろ私の方が慇懃な態度であるべきです。
ですから私にはそのように丁寧に接する事はありませんよ??」
恐縮し腰の低い態度のバニラはとても国で二番目の実力者には見えなかった。
しかしヒロシも丁重な態度を崩さなかった。
「いえ、実はというとバニラ様には是非魔術のご指導をお願いしたいのです。
もしお引き受け頂けるならば、バニラ様は私の師となります。
でしたら尊敬をもって接するのは当然かと思います」
ヒロシが出会ってすぐだというのにバニラへ弟子入り希望した、
よほど魔術を習いたい気持ちが強いのだろうが、その図々しさにコルリルは呆れた。
バニラも流石に苦笑していた。
「弟子入りですか・・・
私程度で指導出来るかわかりませんが、王の許可さえ出れば喜んでご指導しますよ。
とりあえず今は王の下に参りましょう??」
「ありがとうございます」
ひとまず話はまとまり、まずは王に謁見する事になった。
この国では何事も王の許可が必要なので、いくらバニラでも簡単には指導するとは言えないからだ。
虎が引く馬車に乗り王宮に向かう道中、
コルリルはバニラに会えてとにかく嬉しいので旅の話に花を咲かせた。
「バニラ様!外の世界はなかなか波乱に満ちていましたよ!
様々な魔獣や、盗賊達との戦い!
王宮に居ては体験出来ない事ばかりでした!」
「それはよかったよ。我ら魔術師は数多の戦いを経験し魔術を磨く、
座学も大事だが、実際に魔術を使って経験した事がなにより自分の成長になるからね」
バニラは興奮し話すコルリルを微笑ましくみて優しく話してくれた。
コルリルはそんなバニラの優しさがとても好きだった。
「はい!実地体験は私に新しい魔術の可能性に気付かせてくれました!
バニラ様も昔は各地を旅し、魔術を磨かれたんですよね?
私もバニラ様のように立派な魔術師なりたいので今回の旅は本当によかったです」
これはコルリルの本音だった。
ヒロシとの旅は大変だったし、嫌気もさしたが、魔術師としては、実戦をたくさん経験した事で成長を感じれていた。
だからコルリルは今回の旅はトータルでは良い旅だったと思っていた。
(魔術の訓練には最適だったし、
フォシュラさんと出会って初めて魔術友達が出来たしね!
・・・勇者はちょっとアレだけど)
「うんうん。良い旅が出来たようで良かったよ。
ただコルリル?立派な魔術師を目指すのは良いけれど、自分の本来の目的を忘れちゃいけないよ??
もちろん今回の事じゃないからね?」
バニラはそっと釘を刺してきた。
コルリルは、はっ!として、バニラから目をそらした。
「だ、大丈夫ですよ??まだあと三年くらいは残ってますから・・・」
「やれやれ。七年かけて見つからないのに残り三年ではより難しいだろうに」
バニラはしどろもどろなコルリルに呆れていた。
ちなみにヒロシは全く事情がわからないので黙っていた。
こうして話すうちに馬車は王宮にたどり着いた。
王宮は大きな花蕾のような見た目をしており、真黄色の外壁、黄金の屋根、庭には温暖地域の植物が綺麗に植えられ、
水辺には象魔獣が水浴びをしていた。
馬車は正面入口に着きコルリル達は王宮に降りた。
迎えの兵士が駆けつけ王がすぐに来るようにとの伝言を伝えてくる。
「あ〜バニラ様?王様はもしかして怒ってましたか??」
コルリルは恐る恐る尋ねる。
バニラは苦笑しながら答えてくれた。
「ん~まぁかなりね。
けどいきなり打首とかはないと思うから安心しなさい。
今はコルリルが旅立った二ヶ月前とは少し状況が変わったからね」
コルリルがヒロシを探しに旅立ってから二ヶ月以上が過ぎていた。
本来なら往復十日あれば充分済む旅路もヒロシのせいで数倍の時間がかかったからだ。
「そ、そうなんですか??
私が居ない間になにがあったんですか?」
「今は後だ。これ以上王を待たせるのは良くないからね」
そう言ってバニラは大階段を上がり王宮の中に入って行く。
コルリル達も後に続いた。
「・・ねぇコルリル?王様ってもしかして短気なの??」
ヒロシはそっとコルリルに尋ねてきた。
「・・・はい、短気ですし、自分の思う通りに物事を進めたがる方ですね。
しかも待たされるのは非常にお嫌いなので、本来十日で済む旅が二ヶ月以上かかったので大変お怒りかもしれません」
コルリルは少し震えながら答えた。
「そうなんだ〜じゃあもっと早く王宮に来たらよかったね♪
コルリルってばのんびり屋なんだから♪」
「誰のせいですか!!?」
ヒロシに茶化され、コルリルは怒りで元気を取り戻せた。
そうして二人が話している間に謁見の間にたどり着いた。
「さぁ、着いたよ。私は王の後ろから見守るからね。
コルリル、ゆっくり落ち着いて話せば大丈夫だよ。
時間はかかったけど勇者を連れ帰ったのは間違いないんだから。
ヒロシ様、王は大変気位が高い方なので、くれぐれも失礼の無いようにしてください」
二人にアドバイスと激励をしてバニラは立ち去った。
コルリルは深呼吸し、自分を落ち着かせてからヒロシに向き直った。
「ではヒロシ様準備は良いですか??」
「OK♪グーグル!」
「・・・誰ですかグーグルって」
気の抜けたやり取りをしながらコルリル達はゆっくりと謁見の間に入った。
謁見の間はとてつもなく大きな大ホールだった。
入口のドアからして数メートルはゆうにある巨大さで、
中も同じく天井は高く高く作られており、
床面積は民家の十個分はあるだろう。
豪華なカーペットが一面に敷き詰められ、
一番奥の玉座に王は居た。
サイマール国、国王バラマール。
一国を預かる国王、身につける衣服は全て絢爛豪華な装飾があり、頭に被った王冠は黄金細工で事細かに彩られており、
手にした王笏には拳大の魔石が使われていた。
全身を権威と金で彩った王だった。
そして肝心の中身は小柄で怒りっぽい小男だった。
「おそいわ!このたわけが!!一体なにをしておったのじゃ!!」
開口1番、コルリルを怒鳴りつけるバラマール。
コルリルはすぐに頭を下げ謝罪した。
「すみません陛下!不慣れな旅で遅くなってしまいました。
陛下をお待たせしてしまい大変申し訳なく思っております!」
頭を下げるコルリルをバラマールは容赦なく罵倒した。
「言い訳などするな!!
このわしを待たせるな!
ただでさえ無能な妖精めが!!」
「大変申し訳ありません!陛下のご期待に応えるべく最大限の努力をしたのですが、力及ばず陛下をお待たせしてしまいました。
このコルリル一生の不覚でございます」
コルリルはひたすら下手に出て謝りたおす、
それを罵倒するバラマール。
しばらく同じようなやり取りが続いた。
「全く!貴様のような無能な召喚士は見たことないわい!
貴様が無能なせいでわしの顔にも泥が塗られるわ!!
とっとと失せろこの羽虫めが!!
・・・それで!貴様が遅れてきた勇者か!」
バラマールはヒロシに水を向ける。
ヒロシはコルリルが罵倒されている間はただ跪き黙っていた。
しかし心なしかその体から怒りの気配がしていた。
「はい。私が勇者ヒロシと申します」
ヒロシは固い声で挨拶をする、そこには愛想もなにもなかった。
バラマールは途端に怒り出し、コルリルは内心かなり焦った。
(ちょっと!その態度はヤバいって!!)
「何じゃその態度は!?まずはわしに礼を尽くさんか!!
わしを誰と心得る?!大王国サイマールの国王バラマールぞ!!」
案の定バラマールは怒りを露わにし、ヒロシを怒鳴りつけた。
「申し訳ありません、育ちが悪いもので礼の尽くし方も知りませんので」
しかし、ヒロシは無礼な態度を改めず、しれっとしていた。
そんなヒロシにバラマールが怒鳴ろうとした時、バラマールの背後から新たな声が聞こえた。
「ふん!新たな勇者は礼儀作法も知らん蛮族か。それで勇者を名乗るとは笑わせる」
バラマールの背後から一人の男が現れた。
「俺はサイマール国に仕える唯一の勇者。
エディ、エディ・グラムスだ!
俺がいる限り貴様の席はないぞ!」
新たな勇者の登場にヒロシとコルリルはお互い顔を見合わせるしか出来なかった。




