第一部 十二話 【逃走と絆】
「やはりこれは転移魔術ですね。
火を媒介にした転移術式、高度な魔術です。
それを麻痺した状態で発動するとは・・
フォシュラ・バーン、侮れないですね」
コルリルはフォシュラが消えた地点から魔力の残滓を感知し、転移魔術と判断した。
ヒロシの麻痺を受けた身で、高度な転移魔術による逃走。
フォシュラの実力はコルリルの想定よりも遥かに上の魔術師だった。
そしてヒロシは激しく落ち込んでいた。
せっかく捉えたはずの研究材料を逃がした後悔は計り知れなかった様子だった。
「はぁ〜〜マジでやっちまったなぁ・・・
転移魔術かぁ・・・そんな高度な技を持つ個体を逃がすなんて・・・はぁ〜」
「ヒ、ヒロシ様、そんなに落ち込まないで下さい。これは転移魔術の可能性を伝えなかった私の責任です」
コルリルは魔術について簡単には説明したが転移魔術までは話せていなかった。
もし話していたらヒロシなら必ず対策出来ていただろう確信があるので、コルリルも悔しかった。
「悔やんでも仕方ありません、ひとまず今は逃げましょう」
「は?逃げる??」
コルリルの提案にヒロシは驚いた様子だった。
「はい、今感知した所フォシュラは兄の元へ転移した様子です。
2人が合流してしまった今、勝ち目はありません・・・
私は撤退するのが良いと思います」
元よりバーン兄妹を同時に相手取るのは今の自分達だけでは不可能とコルリルは判断していた。
最初の作戦では、盗賊団の下っ端のみを倒してから、
あわよくばバーン兄妹を奇襲で捉える、それが無理でも手下が居なければバーン兄妹も当面は大人しくなる、その間に王都から増援を呼ぶ、つまり今は戦力を削ぐのが目的だった。
全員確保が理想だが現実的には今の状況なら目的は達成したと判断出来た。
ヒロシのラボで逃走は容易に出来るのでこれ以上の戦闘は避ける。
コルリルとしてはこれ以上ヒロシを危険な目に合わすわけにはいかなかったが、
「冗談じゃない!せっかくの研究対象に逃げられたまま諦めきれるわけないだろう!
僕は一人でもバーン兄妹を確保するよ」
ヒロシはやはり諦めきれない様子だった。
しかしコルリルも譲れない。
「・・・ヒロシ様?言わせて頂きますが、フォシュラにはかなり苦戦したんじゃないですか??
手持ちのゴブリンもかなり少ないんじゃないですか??」
「そ、それは・・・」
コルリルの指摘はヒロシの痛いところをついたようだ。
確かにヒロシはフォシュラの攻撃を避ける事は出来ても、火炎を掻い潜りダメージを与える事はついぞ出来なかった。
最後のラボを使った奇襲も、もう警戒され通用しないだろう。
加えてヒロシが配下に置くゴブリンの内、戦闘を任される強さのゴブリンは今の戦闘で、かなりの数がが失われたはずだった。
「・・確かにフォシュラの火炎は脅威だし、
ゴブリン達も、もう残り少ない。今後の事を考えるならもうあまり無駄遣いは出来ないね。
・・・けど逆にあれほどの個体を研究出来たらどれだけ素晴らしい成果が得られるか!?
それにまだスタンモスの麻痺が残ってるはずだし
・・・戦う余地はあると思うよ!」
「スタンモスの麻痺は薬で治療可能です、今頃は麻痺を解除してるでしょう。
それにフォシュラよりもその兄、ディロン・バーンのほうが実力は上なんですよ?」
コルリルはあくまで撤退を勧める。
それにヒロシでもフォシュラに苦戦したのなら今の自分達でディロン・バーンに勝てるはずはなかった。
「・・・わかったよ。じゃあコルリルだけ逃げて?僕はフォシュラ達を捕まえる。
まぁ、全てのゴブリンを使ってなんとかしてみるよ♪」
コルリルの意見を聞くも、ヒロシは諦めなかった。
最初からコルリルの言うことは全く聞かないヒロシだったが、今回は明らかに決別の匂いを漂わせていた。
(やっぱり言う事聞かないかぁ。
どうやって納得してもらおうかな?)
コルリルは内心でヒロシを説得する為の策を考える。
コルリル的には逃げたい所だが、ヒロシを見殺しには絶対出来ないし、
なによりコルリルとヒロシはすでにパーティーを組んでいる。
ヒロシに言わせればアシスタントらしいが、それはコルリルにとってはパーティーを組んだという認識だった。
パーティーを組んで共に冒険に出る、
それはコルリルにとってはお互いに命を預け合うという大切な事だった。
だからどんな状況でもコルリルはパーティーを見捨てない。
「じゃあ♪そろそろ行くね♪
王様には僕はバーン兄妹に殺られたとかなんとか言えばコルリルは大丈夫だろ??
コルリル、短い間だったけどありがとうね」
コルリルの気持ちも知らずヒロシは勝手に決めて一人で戦いに向かおうとする。
コルリルはさすがにカチンときた。
「・・・ヒロシ様?いい加減にしてください」
コルリルは思わずポツリと呟いた。
「え?」
ヒロシが思わず足を止めたと同時にコルリルはまくし立てた。
「ヒロシ様!あなたが私の言うことを聞かないのはまだ良いです。
勝手に戦おうとするのもまだ許せます。
でも
私があなたを見捨てて逃げる
そう勝手に決め付けたのは許せません。
あなたと私はパーティーです!!
あなたの言葉を使うならアシスタントでしょう?!
パーティーを見捨てて逃げるなんて私は絶対しません!
王様とか命令とか関係ありません!
私は自分の意思であなたをサポートします!!」
コルリルは興奮で息を荒くしながらヒロシを睨みつけた。
「ヒロシ様、確かに私は撤退するほうが良いと思います。
だけどヒロシ様がどうしてもバーン兄妹と戦うというなら私は命がけでサポートします。
今は私達はパーティーです。一人で戦うなんて言わないでください」
ヒロシはコルリルの思いにかなり驚いた様子だった。
何か言おうとして、言い出せず、また言おうとして口をつぐむ。
しばらくそんな様子を見せてから、少し気まずそうにしながら口を開いた。
「・・・ごめんね?コルリルの責任感がそこまで高いとは思わなくてさ。
てっきり王様の命令で仕方なくサポートしてるだけと思ってたし。
・・・それに正直コルリルは僕の事嫌いだろう?」
ヒロシはあえて聞きにくい事を尋ねてくる。
「まぁ確かにヒロシ様の事は好きになれません。
研究熱心過ぎて周りを見てなかったりするので迷惑ですし、
私を無視したりするのは腹立ちますし、
残虐行為をいくら魔獣とはいえするのは、はっきり言って嫌いです。
でもそれでも私達はパーティーです。
きっかけは王様の命令ですが、それでも一度パーティーとして組んだ以上は絶対見捨てたりしません」
コルリルは嘘偽りない気持ちをヒロシに返す。
それは聞きにくい事を聞いてくれたヒロシに対する礼儀だった。
「・・・わかった。ありがとうコルリル。じゃあ申し訳ないけど引き継ぎサポートよろしくお願いできるかな??
二人でバーン兄妹を捕まえよう!」
ヒロシは納得し晴れやかな笑顔で握手を求める。
コルリルも苦笑いしながらヒロシの指先を握り返す。
「・・・はい。けど私がサポートしてもやっぱりバーン兄妹を捕らえるのは至難ですからね??
やばくなったら撤退しましょうね??」
「大丈夫だよ♪コルリルが居てくれたらきっと上手くいくさ♪」
ヒロシの笑顔にコルリルは内心で戸惑った。
(この勇者はほんとに苦手だなぁ。
・・・嫌なやつなのになんでそんな良い顔で笑うのよ)
こうして二人は再びパーティーとして改めてバーン兄妹に挑む決意を固めた。




