第3話 理外の力
「これが私の異能。色々なことに使えて便利」
少女は自分の近くに残した鎖をジャラジャラと空中で弄びながら柊斗の方へ視線を向けた。
その間の狼に残した鎖は全身に巻き付いたままで、首には他の鎖より長い鎖が複数回巻き付いており、ぐりぐりと狼の首を絞めている。
そして「ゴギッ」という音がして狼の首が関節を無視して垂れ下がった。
「……異能って言うのか、それ」
柊斗はその光景に内心少し引きながら、だからと言って特に表情を変える訳でも無く少女に話しかけた。
異能力者がどうのだの異能がどうのだの、耳では聞いていたが目の前の状況に必死だったためほとんど聞き逃していた。
「うん。異能力者はそれぞれ一つずつ持ってる能力。それとは別に身体能力も上がるし、体も頑丈になる。治癒能力も普通の人より高いし、出血もある程度なら簡単に止まる」
「俺の出血が止まったのも異能力者の力か?」
左腕が無いため体のバランスがおかしく感じるが、少しあった痛みも治まり、出血も止まっている。
「そう。しかも止血の速度がかなり速かったし、身体能力の強化幅もかなり高そうだね。……というか本当に何も知らない? 何者?」
「……ただの高校生だ。本当に」
疑ってくる目に居心地が悪い気分になりながらも口を開いた。
「それと君の事も聞きたい。あの生物についてもだが、異能とやらのことだって常識のように話しているのは俺からしたら良く分からないんだ」
柊斗は少しヒヤヒヤしながら質問した。
相手は今、自分よりも有利な立場にある。謎の力を扱えるし、怪しさというなら、いきなりここに現れた自分の方だ。
「……本当に不思議。詳しい事はともかく害獣のことも、私たち異能力者のことも、実際常識。……覚醒に伴った異常で記憶障害? とりあえず覚醒者は連れて行かないとだし、記憶のことも一緒に連絡しないとかな」
「……」
とりあえず相手を疑っていると思わせる適当な発言をして様子を見ようと思ったが、それに動揺する気配もなく柊斗の方がおかしいというスタンスは崩さなかった。
それどころか柊斗の事を気遣うような雰囲気すら感じる。
こっちは元々家の中にいたのにいきなり知らない外に来たのだ。
自分でも自分の状況がわからないし、怪しさで言えば柊斗も自分の方がおかしいと断言できる。
「連れて行くって、どこへ?」
周りのことが何もわからない状況で、どこかに連れていかれる。少なくとも片腕で抵抗は出来ないだろうし、少女の操る鎖に拘束でもされたらどうにもできない。
状況からしてついていくしかないが、少しでも情報を集めようと質問をした。
「ん、まずは自己紹介からした方がいい」
彼女は綺麗な指でスマホのような端末を操作した後、失念していたというように言って柊斗に体を向けた。
「私は異能遊撃部隊05小隊所属アナスタシア・ヴォルコフ上等兵。知らないかも知れないけど、『異能科学大学付属高校』東京校の一年生。よろしく」
彼女が言う通り、『異能科学大学付属高校』という長々とした学校名には聞き覚えがない。
ただ、彼女の名前の後に付いた階級のようなものと、彼女の軍人のような服装が学生の身でありながら軍人の一人ということを示している。
そして同時に彼女の容姿は日本人では無い血が混ざっているとても綺麗な顔立ちをしており、同じく日本人ではあり得ないであろう青い瞳と銀色の髪がとても目立っている。
その特徴と名前の雰囲気から親が北欧あたりの人種なのだろう。
今はそんなプライベートなことは尋ねず、それよりもよほどインパクトのある軍人にしかないであろう肩書きについてたづねた。
「軍人? 学生なのだろう?」
「基準を満たして本人が望んだ場合、異能力者は中等部から戦闘の訓練を受ける事が出来る。私は訓練兵とは少し違うけど」
「……」
ここまでの話はまだ謎の生物や異能など、普通なら混乱を避けるために隠されていそうな国の最高機密のような話をこの少女は常識だと思っていた。
……という様な考えも、限りなく可能性は低そうだがありえない訳でもないと考えていた。
だが、大規模な軍や大学の話となると、柊斗のような一般人に知られないようにして来たか、という話になる。
そしていきなり自分の家で謎の痛みに襲われ、気が付いたら化け物と謎の力を使う少女、荒廃した街中にいて今この状況だ。
さらに、自分の知っている文化はあるが明らかに違う世界観。
(――別世界。周りの文字は日本語だし、地球と全く違う異世界というわけじゃない。宇宙にあるどこかの星じゃない。平行世界って解釈で良いのか?)
害獣という化物や、異能力者という存在がある地球。俗にいうパラレルワールド。
そう考えればとりあえずの説明はつく。
「あ、どこに行くかだったね」
考え事に集中していた柊斗はその声で意識を現実に向けた。
「あぁ、何がどうなってるのか訳が分からん。今からどこに連れていかれるのか、せめて名前ぐらいは知って起きたい」
「わかった。今から行くのは、『日本異能科学研究所』の関東支部。なんの捻りも無い名前の通り、異能化学を研究する施設の名前。別に軍の施設でもいいけど、そこがここから一番近いから」
「いきなり拘束されたりしないか?」
「……私達、民間人を守るのが仕事なんだけど」
不服、という感情を顔に張り付けた表情に、思ったよりも冗談が通じるもんだと愉快な気分になる反面、少し本気で言ったという感情もあるのでその言葉に安心した。
「あの狼は放置で良いいのか?」
「もう動けない。もし動いても首を折ってるから嚙みつけないし、死体は他の害獣が処理する」
「怖くないんだな」
「慣れてる」
「そうか」
適当な会話をしていると、少女が端末を取り出しポチポチと何か操作し始めた。
今から行くなんとか研究所とか軍の上司への連絡とかそういうのだろう。
ただ恐ろしかった事は、端末を弄りながら軽くではあるが俺と会話をしていても、鎖はグリグリと狼の体を締め続けている事だ。
しかし柊斗はその鎖に、少女を守るように漂っていた二本の鎖と同じ様な少女とは別の意思を感じた。
少しして、狼を締め付けている鎖は満足したのか締め付けるのをやめ、ただ強く絡みついたまま動きを止めた。