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第一話 静かなる追放

「またなー!」

「おう」


(さむっ……もうコート()てきた方がいいかな……?)


 眼鏡を付けた高校生、月宮(つきみや) 柊斗(しゅうと)はそんなことを考えながら話していた友人に返事をして帰路についた。


 高校生活が始まってから半年がたった。秋も終わって、本格的に寒くなってくる季節。

 曇り空を見ながらこれから来る寒さを想像して更に体を震わせた。


 家から徒歩で通える高校を選んだため、登下校は基本的に自転車だ。

 ただ、朝の時間に余裕があって放課後に習い事がある時は歩きで登校し、帰りはウォーミングアップを兼ねて走って帰る。


 今日は放課後に習い事があるので、制服のボタンを少し外して軽いペースで走り始めた。



「ただいま……まぁ、誰もいないんだけど」


 待ち人がいない家に向かって荒れた息を整えながら独り言をつぶやく。


 柊斗は現在一人暮らしをしている。週に何度かは祖母と祖父が雇ったお手伝いさんが掃除などに来るが、それ以外の日は完全に一人だ。


 その原因は、柊斗の家族が中学生の頃に交通事故に巻き込まれて他界したことにある。

 その後は両親が一軒家を買うために溜めていたという貯金と保険金を元に一人暮らしを始めた。


 近くに住んでいる祖父母や他の親戚からは「家族を失ったばかりの子供を一人には出来ない」とさとされたが、少し我が儘を言って強引に一人暮らしをしている。


 もちろんただの一人暮らしはさせて貰えず、一年間ほぼ毎日祖母の知り合いで信頼のできるお手伝いさんが来ていた。


 母親の家事について回っていた事もあって、高校受験が終わって数か月がたった頃にはしっかりと一人暮らしが出来ているとお手伝いさんにお墨付きをもらった。


「随分と慣れたもんだよな」


 誰も居ない部屋でぽつり口から言葉が漏れる。


 母親のやり方が染みついている家事を全て自分でこなす生活も。

 騒がしい妹に絡まれないリビングも。

 疲れた父親を迎える事がない静かな夜も。

 返事の帰って来ない独り言を溢すのも。


 一人でいる事に、簡単に慣れてしまった。


「……何考えてんだ」


 変なことを考えだした自分に少し呆れながら、学校から帰った後のいつもしている事をする。


 リビングから移ったのはすぐ隣にある畳の部屋。

 そこはかつて両親の寝室だった部屋で、今も布団は引いていないが机などはそのままだ。


「――ただいま、母さん、父さん、かすみ


 机の上には母と父、そして妹の写真を並べてある。

 目を閉じ手を合わせ、両親に今日も安全に、そして元気に過ごしていると伝えた。


 家族がいなくなりある程度の期間、困惑もしたし悲しみもした。

 感情は時間が解決してくれるが、その時間を世界は待ってくれない。


 だから高校の入学式にはある程度普通に振る舞えるようにした。

 幸い人と話すことは嫌いじゃないから、それもあって家族の死を乗り越えるのに時間は掛からなかった。


 ただ時々、中学生の頃の自分とはどこか違う人間のような感覚を覚えてしまうが、それを気にできるほどの余裕は無い。



 そろそろ祖父の道場に行こうかと目を開け立ち上がろうとした瞬間、ズキッとした鋭い頭痛が柊斗を襲った。


「……風邪でも引いたか?」


 最近はどんどん寒くなってきているし、昨日お風呂に入った後薄着のまま映画を見ていたせいかもしれない。

 そして頭痛と同時に、軽い倦怠感も襲ってきた。


「今日は道場休むか」


 少しずつ強くなる頭痛に不安を感じながらスマホを取り出し、道場の師範である祖父に連絡しようとすると、


ズキッ――


「――ッ! あー……いった……風邪にしてはやけに物理的な痛みだな」


 頭の内側から殴られたような痛みが走り、思わず手に持ったスマホを落としてしまった。

 痛みの種類的に疲れや気温の変化での体調不良では無い気がする。


 思ったより重症だと判断して、祖父では無く今日来る予定のお手伝いさんの方へ連絡しようと地面に落ちたスマホを掴むが、今度は手に力が入らない。


 それどころか、立つことすらままならなくなって冷や汗をかきながら畳の上に手をついた。


(これは風邪って感じじゃ無いな……力も入らないし耳鳴りも始まった。頭痛もひどくなってる。部屋の壁全力で殴ったら心配して部屋の人が来てくれるだろうけど、それすら出来そうにない)


 肉体は激しい頭痛とめまい、耳鳴りと吐き気や末端の痺れに激しい動悸とひどいものだ。

 だが頭は落ち着いていて、ゆっくりと立ちあがろうと体を確認しながら、何とか出来ないかと思考を巡らせる。


 しかし頭痛や他の症状は更にひどくなり、ついには体の構造自体を弄られているような違和感が全身に走り出した。


(……やば、意識飛びそう)


 いくら思考が落ち着いていても、体の症状が消える訳では無い。


 段々と視界が狭くなって行き、そのまま抗う事も出来ずに意識を薄れさせていく。


 最後に視界の端に映ったのは、家族写真の中で今では考えられない無邪気な笑みを浮かべる自分の姿。

 そして重力に従うように体が勢いよく倒れる。


 その衝撃で、かけていた眼鏡が畳の上にコロンと床に落ちた。

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