夢の世界
その男は、ただ無言で歩き続けていた。
脇に見えるのは巨大な水槽で、そこでは、ダイオウイカや長さ1メートルはあるヤツメウナギの他、ヌタウナギがそれぞれ自由に泳ぎ回っている。
その水槽の間の通路を通り抜けて、次に見えてきたのは暗闇に光る多数のモニター。
それらのモニターは、足の踏み場もないほど無造作に置かれており、それぞれ砂嵐やカラーバーを映し出しながら雑音を鳴らし続けている。男は歩いている途中、足元のモニターを逡巡なく蹴り飛ばし、強引に通路を作って奥のゲートへと進んでいく。
そして、その先にあったのは外の世界だった。頭上には晴天が広がっており、太陽が爛々と輝いている。どこから流れているのか、安価な食品を取り扱うスーパーマーケットで採用されていそうな賑やかな曲が聞こえてくる。
目の前に見えるのは、色とりどりの花が植えられている花畑だった。花の種類までは分からないが、それぞれ大きさや形状が様々だ。
そんな花畑のその中心には立派な樹木がそびえ立っており、真ん中には内部をのぞき込めるような穴が空いている。
男は小首をかしげ、その穴に近づき左手首をなんの気なしに突っ込んでみた。
すると、バスンという音が響くと同時に左手に衝撃が走った。
眉をひそめながら音のする方向を見ると、つい先ほどまで空いていたはずの穴はしっかり閉じられていた。自身の左腕を見てみると、そこには血肉の詰まった断面がむき出しになっており、血液がボタボタと垂れている。
男は深々とため息をつく。自身の左腕はこの木にちぎられてしまったようだ。
たったそれだけ。痛みも苦しみも驚きもない。
不意に、木を見上げてみる。
どれほど体重をかけても、簡単には折れそうのない太い木の枝が何本も力強く生えており、その存在感をあらわにしている。
そんな木の枝のうち、男の背丈よりわずかに高い位置に生えている1本にはロープが垂れていて、その下には、針金で出来た輪が括り付けられていた。
数秒ほど考えた後、男は自身の目の前に都合よく置いてあった小さな椅子に両足を乗せて、右手で輪を掴んで首に通す。
そして、そのまま足元の椅子を蹴り飛ばした。
その直後、首に全体重がかかってわずかな息苦しさを感じたものの、次第に霧がかかったように脳内がぼんやりとしていき、気が遠くなっていく。
やがて、男に永遠の静寂が訪れた。