五話 エルフと騎士団
この世には、奪う者と奪われるものが存在する。
力無き弱者は力ある強者に一方的に奪われ、踏み躙られるだけである。
奪われた者はさらに奪われ続ける。生き物とは強欲な心を持ち、人であれ、人外であれ、それは等しく変わらない。
アリュゼナ野原
見た感じは普通の野原であり、少し遠くには巨大な森がある。
しかしこの野原、そして森にはモンスターは存在しておらず、人工建築物なども存在はない。
かと言って、この野原自体に何か生物が住めないほどの毒ガスが満映しているだとか、この野原の地下に凶悪なモンスターが生息し、縄張りにしているから……という訳でもない。
それは何故か。
原因は、エルフにある。
彼女達が住むのは、アリュゼナ野原近くに存在する森の中。
この世界のエルフには男はいない。それ故に非力な者達が多く、小さな村を構え暮らしている。
しかしながら、エルフはかつて、巨大な魔法国家を繁栄させていた。
エルフは魔法に激しく特化した種族なため、多種多様な魔法が使える。それ故にかつては人間の王国や帝国に並び立つほど、恐れられる程の強大な力を誇っていた。
しかしそれはかつての、過去のお話。
魔族と人族の争い。
この世界の歴史に刻まれた大戦争によって、魔族に加担した妖精族達の魔法国家は人族により滅び去り、エルフ達は各地に散り散りとなってしまったのだ。
この森林にできた村もエルフも散り散りとなった一部の者達が集まり生み出された、エルフ達の唯一の心の拠り所のひとつでもあった。
この村へと集まったエルフ達は魔法の力を活用し、自分達の村がある森はもちろん、アリュゼナ野原にも人祓いの魔法の結界を広範囲に置いて発動しているのである。
それ故にこの地域一帯は完全に安心で安全なエルフ達の住処となっていた。
それも、つい先ほどまでの話だ。
数ほどにして五十人程。
神聖魔法が施された純白で造られた鎧を纏った騎士達がこの村を襲撃し、村に住むエルフは皆、囚われたからである。
森から少し離れた場所に、エルフの村を夜襲したラティスナーシャ聖国に所属する騎士団は滞在していた。
松明に火を灯し、見張り役を命じられたであろう数人は緊迫な表情で当たりを巡回する。
残りの者達は任務成功と勝利の酒に酔いしれ、笑い語り合っている。
まさに何も知らない者たちが側から見れば、彼らは名誉ある任務を無事に成功させてきた、もしくは誇りある行いを完遂し勝利と無事を喜び合っている風景に見えるだろう。
(なん、で……)
騎士団に捕われた一人 この森で暮らすエルフの村の長を務めていたエルフーーツララは心の中でそう呟いた。
ツララの容姿はとても美しい。白銀の艶のある長髪に、淡い青い瞳。整った顔立ちに、エルフの証拠たる長い耳が生えていた。しかし、そんな彼女は今衣服を身に纏わず、全裸であり、彼女の首には奴隷の証たる首輪をされ、手足は拘束されていたのだ。
自分達は何故襲われたのだろうか?自分達が何かしたのか?
その疑問で、心はいっぱいだった。
先ほどまで自分達は夜の食事を取っていたはずだ。
これから明日の支度を整えて眠り、また明日を迎え、森の中で採取を行い、採れたての果物や野草を調理し、近くに住む仲間のエルフ達に振る舞い、楽しく過ごす平和な日常。
幸せが続くと思っていた。
その、はずだった……。
(なんで……?何で、私達は、襲われたの……?)
心の中で何度も呟く。
かつての戦争。
人間が、魔族及び異種族を根絶やしにしようと始めたという大虐殺。
それのせいで、自分達のいた国は滅び、親は殺され、残された仲間達と共に死に物狂いで逃げた。
エルフである事を変身魔法で隠しながら、人間の国や町をいつバレるか、いつ殺されるかという恐怖の中、転々としてきた。
そうした中で同じ境遇のエルフ達と出会い、こうして安寧の地を作り、平和に暮らしていた、だけなのに。
(どうして……!)
歯をギシリと噛む。
あるのは怒り。
平和を、幸せを蹂躙された。自分達は幸せに暮らしてはいけないのか。自分達は殺されるか奴隷にされるだけの運命しかないのか。その理不尽さに怒りが込み上げてくる。
周りを見ると、ツララと同じく全裸となった妖エルフ達が首輪をつけられ、拘束具で動けないようにされている。この拘束具には魔法を封じる効果があり、魔法主体のエルフが付けられては抵抗は全くできない。
全員が下を見下ろしており、誰一人として騎士達に立ち向かおうと、抗議しようとする者はいない。
自分達は何故なら、この騎士達に負けたのだから。その証拠にここに捕まったエルフ達は皆、体の至る所に騎士達から受けた斬り傷が痛々しく残っている。
村を襲撃され、混乱したものの自分は咄嗟にエルフ達に指示を行い騎士達に対して魔法で対抗した。
だが、騎士達には魔法が通じなかった。
ツララは、かつてエルフの魔法国家で優秀と謳われていた魔法使いである。
自分の他にも高い魔法力を誇っていたエルフは数人いた。それこそ、ただの人間では確実に死ぬレベルだ。
それなのに、自分の率いる村にいた全てのエルフ達が敗北した。
よく考えたらその通りだろう。
この辺りには人が来れないように、モンスター達が近寄らないように結界をかけておいた。村の周りにも不可視の魔法をかけて発見される危険を最小限にしておいたはずなのだ。
それなのに、夜襲を受けたのだから。
すなわち、この騎士達が自分達の魔法を突破する強さを、何かしらの力を誇っている証拠であり、魔法を攻略された力が非力なエルフでは、訓練された男達で構成された騎士達になす術が無くなってしまう。襲撃された時点で、抵抗など意味はなくーーーー自分達はこの騎士達に捕まる運命だった。
「いやぁ、お見事な勝利です。流石はカンナヅキ隊長。此度の勝利はあなたのお力による物でしょう!」
そんなツララの心情を知らないであろう、勝利の酒を飲んでいた騎士の一人が祝杯を述べる。
それを受け、カンナヅキと呼ばれた男は微笑む。
「いえいえ。私はただ指揮を行っただけ。彼女達に勝てたのは貴方方の素晴らしい実力のおかげですとも」
他の騎士達が白い鎧を着ている中、このカンナヅキという男は幕末の武士のような少し薄汚い袴を着用し、腰には日本刀を装備しているという異様な格好をしていた。
歳は三十代後半くらいだろうか。ボサボサの黒髪、顔にはシワが微かにでき、静かな微笑みを浮かべている。騎士というには周りと比べ、痩せ細った体つきをしており、騎士団の中ではとても浮いていた。こんな弱そうな男が隊長だと全く知らない者が聞けば耳を疑うだろう。
「そう自分を謙遜するな、カンナヅキ。この勝利はお前の能力あってこその勝利。それを俺を含め、お前の部下達は全員わかっているんだから、素直に受け取れ」
カンナヅキの隣に座っていた筋肉隆々な軽装備をした巨男が重々しい口調で喋る。
「そうですか……。では、フドウ君の言葉通り、ここは素直に可愛い部下達の言葉を受け取ることに致しましょう」
巨男ーーフドウの言葉に肩をすくめ微笑むカンナヅキ。
「しかし、今回は余裕だったな。本国は今回のエルフの村を警戒していたようだが……」
「そうですねぇ、フドウ君。かつての戦争の時には人の村を一瞬にして燃やし大地獄を作り出すほどの魔法を放ったり、数十人ほどを瞬時に凍らせ、生きたまま氷の中へ閉じ込められる魔法を使用する凶悪な力を持ったエルフ達もいたらしいです。
我らが聖王は今回見つけたこの村に住むエルフの中にそういったエルフがいると深く警戒していたのでしょうねぇ」
「それ故に聖王国第ニ魔族殲滅部隊である我らを送り込んだ、というわけか?」
「そういうことになりますねぇ」
彼らはラティスナーシャ聖国の誇る騎士団の中で最高峰の実力を誇っている騎士団に所属する第二魔族殲滅部隊。
隊長を務めるカンナヅキは国内では十指に入る実力者であり、これまでに魔族の殲滅任務にて数多くの修羅場をくぐり抜けており、多くの死闘を経験した歴戦の猛者だ。
かつての魔族との戦争は経験していないが、聖国からは戦争当時に居たのなら、多くの魔族の首をとっている英雄級の活躍をしたであろうと予想されているほどの人物である。
彼を強者たらしめるのは多くの戦場の経験とある。だが、それよりも、彼の持つ能力が一番の恩恵とも言える。
カンナヅキの能力。
能力名『月神超愛』。
その力の正体は【月が出ている時、自身に向けられた攻撃、魔法のダメージを喰らうことのない無敵状態となり、自身の戦闘能力を五倍に跳ね上げる】というチート級の力である。
さらにこの力はカンナヅキが認めた者達に、効果はカンナヅキ本人よりも薄まってしまうが一時的に付与することが可能という驚くべき反則級な応用方法も存在する。
これにより、カンナヅキの率いる第二魔族殲滅部隊は今までの魔族狩りにて全戦全勝を誇っていた。
「今宵は絶好の満月。今夜は私の能力が最高に輝く時。月神の加護を受けたこの身にエルフの魔法程度……この私にとったら、恐るるに足りませんとも」
「間違いなくそうだな」
二人の会話を聞いていた騎士達は心の中で頷く。
カンナヅキの能力は間違いなく圧倒的であり、魔族ですらこれまで容易く殺している。自分達は彼の力のおかげで魔族からの攻撃も魔法も受けずに戦場を駆け抜け、魔族に制裁を与え、勝利を国へ届けることができる。
その気になれば能力を自身にだけに切り替え、この場にいる騎士全員を瞬殺可能であるし、捕らえたエルフ達ですら皆殺しができるのである。そう考えただけで恐ろしい。
「ふざけるなッ!」
急に怒号が上がる。
捕われていた一人のエルフがカンナヅキを鋭い眼光で睨みつけていた。
「何故我らを襲った! 我らはただ、平和に暮らしたかっただけなのだ! その幸せを! その願いを! 何故貴様らは蹂躙し、踏み躙り! 嬉しそうに語る事ができる!?」
先程までフドウとの会話でにこやかや笑みを浮かべていたカンナヅキだったが、エルフのその言葉を聞き、表情が変わる。
無言で立ち上がり、フドウにむけていたにこやかとは思えない冷たい笑みを浮かべながら、そのエルフに近づく。
「決まっているじゃないですかーーーー貴方達のような魔族はこの世界に存在してはいけないからですよぉっ」
「ゴァッ!?」
そう言い放ち、エルフの顔を蹴り上げる。(エルフはそれだけで遠くに吹き飛ばされ、地面に強く背中を強打する。
カンナヅキはそれだけでは飽き足らず、そのエルフに近づき、髪を鷲掴み持ち上げる。
「ぐっ……ぅう……ッ!」
それでもエルフは睨み続けるのを辞めない。負けたとしても、実力差が分かっていても、自分達の幸せをこの者達に奪われた、自分達の幸せを奪い平気で笑っていられるこの者達が許せない、そんな怒りが彼女の奥底から湧き上がっていたからだ。
「やれやれ。醜い顔ですね……。自分達の立場をわかっていない。愚かです……。これだから魔族は嫌いなのです、よっ!」
「ッッッが、は……!……ぅ……ぁ…」
無防備な腹に一撃、重たい拳がめり込む。それだけでエルフは吐血し、苦しさに呻く。
カンナヅキにとっては何ともないただの殴り。
しかし、カンナヅキは歴戦の猛者でありその筋力はこの場にいる全員の中で一番高い故に、能力によって筋力が底上げされている。
非力なエルフの女が食らえば、それだけで激しいダメージを負う一撃となる。
「いいですか? 貴方達のような魔族はっ! 徹底的に! 潰し根絶やしにしなければ! ならないのです! この世界に魔族は必要ないのですよ!」
「グッ!? や、めっぁがっ!や゛めでッんぶぅっ!? ぐだざっングァ!」
無慈悲に容赦なくやめてと懇願するエルフの顔を何度も殴りつけるカンナヅキ。
最初は懇願していたエルフだったが、次第に何も言わなくなる。顔は腫れ、歯は俺、鼻は曲がり、額から血を流し、ビクビクと体を痙攣させており、弱々しく呻く程度だ。
その姿は先ほどまでの鋭い眼光で睨みつけ、強気に抗議していた同一人物とは思えない。
「やれやれ。やっと静かになりましたか。コレだから魔族は鬱陶しいのですよ。自分達が消えなければならない種族だという自覚がない。自分達が平和に暮らせる? 幸せに家族と共に笑い合える? はははっ! 笑わせないでくださいよ! 貴様たちは我々人間に支配される側! あの戦争においてそれが証明されたのです! 私に逆らうようであれば、この愚者のように裁きを加えますが……」
カンナヅキは弱々しく痙攣し血だらけエルフを周りへと見せしめるようにさらに高く持ち上げる。そして、静かな笑みを浮かべ、周りを見渡した。
エルフ達は皆、ただただ顔を伏せるのみ。
その光景を見て、「ふむ」とカンナヅキは顎に手を当てる。
「つまらないですね。仲間がこうして目の前で痛めつけられているのに……」
面白くなさそうに手に掴んでいたエルフを軽く地面に投げ捨てた。
エルフ達は皆、何も言わない。言えない。言えば自分もあの仲間のように見せしめに痛ぶられるだけなのだ。
(………許せないッ! 許せない許せない! よくもっ私の大切な仲間をッ! でもっ、一番許さないのは私。こんな奴にすら勝てない私自身が許せないッッッ)
仲間であったエルフへの制裁を見たツララは自分の弱さを呪い、憎み、怒る。
長である自分がもっと強かったら……。皆に苦しい思いをさせずに済んだのに。今この場でカンナヅキや騎士達を殺し、皆を解放できたのに。
そう願うも現実は残酷であり、ツララ自身ではカンナヅキに勝つことはもちろん、カンナヅキの加護を得た騎士達にすら傷ひとつすら負わせることができない。
だからこそ、黙って見ることしか叶わないのだ。
「ならば、そうですねぇ……。フドウ君、それに騎士の皆さん。いい案が私に浮かびました」
「いい案だと?」
「ええ……」
フドウが眉間に皺を寄せ尋ねると、カンナヅキはエルフ達を舐め回すようないやらしい視線で見つめる。
「先ほどのエルフのようにまた歯向かわれたら面倒なのでーーーーこれより徹底的に痛めつけましょう」
「………ぇ?」
カンナヅキの言葉に、思わず声を漏らしてしまうツララ。周りのエルフ達も動揺し、騒めく。
「……お願いですッ! 他の者に罪はありませんッ! もし、もしっ、痛めつけるのであれば族長である私だけにしてください!」
咄嗟の叫び。
それは族長としての責任からか、それともこれ以上仲間が傷ついてほしくないという願いからか。
ツララが叫ぶと同時に、前へ乗り出す。が、一人の騎士がツララの首輪を掴み、後ろへ投げ飛ばされる。
「そういえばあの村のエルフ達の長は貴女でしたねぇ……」
投げ飛ばされた痛みを呻くツララの所まで歩いてきたカンナヅキが笑顔で見下ろす。
「貴女が全て、我らの裁きを受けると?」
「は、はいっ! ここのエルフ達は悪くありません! 罪を問うならば私が一番受けるべきですッ!」
「それはそれは……。良い心がけです。素晴らしい」
「お願いしますっ……! どうかっ! どうかっ!」
「ええ、わかりました。貴女のその態度に免じて……」
カンナヅキが笑顔で騎士達に告げた。
「このエルフ以外を徹底的に痛めつけ、その有様を貴女に見せるとしましょう………やりなさい」
「ぇ……ぁ………そ、……ん、な…」
ツララの顔が絶望に染まる。
次の瞬間、カンナヅキの命令で騎士達は一斉にエルフ達に襲い掛かった。
「いやぁっやめっぁぐぅ!?」
「お願いですっもう斬らないで! やめてくだぁぁぁあっ!」
「嫌だ嫌だなんで私達がこんな目にひぎぃっ! ぐっぅ!? ぁあっ!」
「ぎぃぁあっ! おぶぅっ!? おねがっぐっやめでっがぁっ!」
「助けてっ!助けてっ!ぁっ……ぁぁあ!?耳っわた、しの…みっぎぃぐぅぅう! がぁぁぁあっ!」
悲鳴が響き渡る。圧倒的なまでの蹂躙。
涙を流しながら逃げ惑うも騎士達に捕まり、泣き叫ぶエルフ達の姿がツララの目に映る。
耳を斬られ、腕を斬られ、足を斬られ、胸を斬られ、背中を斬られ、頬を斬られーーー血が飛び散る。
「や、め……お願いっ……もうやめてっ……あぐぅ!?」
カンナヅキがツララの髪を掴み引っ張る。
自分も何かされるのかと一瞬考えるツララだったが、何もしてこない。
「どうですか? 素晴らしい光景でしょう? しっかり見ておくのです。貴女の大切な仲間がさらに傷ついていく様を……。もちろん、貴女に何もしません。何故って? 貴女の願いを真逆の意味で叶えてあげているのですからっ! ぁあ、私ってなんて素晴らしく慈悲深いのでしょうねぇ」
「ぁ……」
「ご安心を。我が国に着いたら、今よりももっと貴女達を丁重にもてなしてあげます。ええ、我々の裁きをより一層その身に刻んで差し上げましょう。ふふふ……」
何故、ここまで自分達に酷いことが、これほどの仕打ちが行えるのだろう。それ程までに自分達が生まれたのは罪なのか、自分達はこれからこの男達に傷つけられ、道具のように扱われ続けるのか。
目の前でただ傷つけられていく仲間達を、髪を掴まれたツララは黙って見ることしかできない。ツララの心はすでに折れており、一刻も早くこの惨劇が終わる事を心から祈るだけだ。
(お願い……神様……。どうか、私達を、助けて……)
心の奥底から願ったツララの一つの願い。
それが果たして神と呼ばれる存在に聞き届けられたのかは不明である。
しかし。不幸か、幸せか。どちらかは不明であるが。
この場にいるツララも、カンナヅキも、フドウも、騎士軍も、傷つけられているエルフ達も
この場所の近くで、魔王が降臨したという事にーーーまだ気づいていないのだ。