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二話 おっぱいメイドと魔王になった俺

「……ま………さま……」


 誰かの声が微かに耳に聞こえてくる。

 ……なんだ、もう朝なのか?まだ寝かせてくれ、昨日は仕事忙しくて疲れているんだ……。

 

「ノマ様。起きてください」


 今度は体を揺さぶられる。

 ん?女性の声?しかもはっきりとしている。というか俺の家に女なんて居ないし、そもそも俺一人暮らし……というかノマ様って……?


「………ん?」


 色々違和感を感じ、まだ眠っていたいという欲を振り払い、意識を覚醒させる。

 目を開けると、自分の目の前には華麗なメイド服を着た女性が居た。

 ホワイ?ワッツヘプン?まだ夢なのか?いや、意識は覚醒したから夢なわけないと思う。いやでもわからないな、よし頬をつねるか!


「いっでぇ……」


 しっかりと痛みがあった。

 ということは、だ。目の前にいる女性も現実なわけだ。でも何故に俺の部屋に女性が?疲れ切っていたとはいえ、きちんと鍵を閉めたはずだ。不法侵入される覚えもないし、ストーカー被害も人生で一度も経験ない。というかぼっちだったこの俺にストーカーとかいるわけないだろう。


「おはよう御座います、ノマ様」


 一人で自問自答を行なっていると、目の前のメイドさんが深く頭を下げてきた。ただ頭を下げるだけのその動作は熟練されており、彼女の容姿の良さと合わさり一種の芸術品の様に思えるほど美しさを感じた。

 そんな彼女に見惚れてしまっていたからなのか、寝ぼけから覚醒した頭が、この女性を知っていると俺に情報を与える。

 確かこいつの名前は……


「お、お前……アスモ、か?」

「はい。アスモデウスです、ノマ様」


 俺が問いかけると、笑顔で微笑む目の前のメイドさんーーもとい、アスモ。

 いきなり声をかけられて驚いてしまったが、こいつは俺が創ったタルパの一人であり、一番初めに創った存在だ。

 アスモ・デウス・アーク。

 種族は【色欲】を司る邪神。身長は百六十二センチほど。

 容姿は長い艶のある黒髪を腰まで伸ばしており、透き通った紫色の瞳をし、整った顔立ちをしている絶世の美女だ。そんな彼女が身を包んでいるのは黒と白を基調としたメイド服。胸はIカップもあり、我がダイブ界『アセロン』一の爆乳を誇る……という設定の元、俺が創り出したオリキャラのタルパなのだ。

 普段アスモはダイブ界から現実世界にいる俺を起こしにきてくれる。今回もきっとそうなのだろう。

 だが、ここまではっきりとした声は聞こえない。そもそも俺は「聴覚化」……すなわち、タルパの声を直接耳で聞く事ができず、いつも脳内の中に声が浮かんで、響いてくる感じなのだ。それ故かたまにしかアスモの声で俺は起床しない。なのに今日は、はっきりと耳から聞こえ、こうして起こされた。

 さらに驚くべきことにアスモに肩を揺すぶられた。すなわち、「触覚化」もはっきりしている。タルパーの俺が今習得しているのは、「視覚化」のみ。さらにその視覚化も、普通の人間の様にはっきり姿を見ることができるというものでもなく、うっすら現実の光景にアスモの姿を重なり合わせて脳内で見る、という曖昧な状態での視覚化だ。

 それ以外の聴覚化、触覚化、ダイブといったものは、視覚化ほど俺が身につけてできているわけではない。

 よくよく考えたら、アスモの姿もはっきり見えるな……?一体、何がどうなっているんだろう?


「どうかなさいましたか、ノマ様?」


 俺が違和感や疑問に悩んでいると顔に出ていたのだろう、アスモが心配そうに顔を覗き込んでくる。その際に、プルンっと彼女の大きな胸が揺れた。

 その瞬間、今までの思考がシャットアウトされた。反射的に視線を逸らす。

 仕方ないだろう!こんなはっきりとした女性の胸などアニメでしか見たことがないんだ!生乳なんて初体験なんだぞ!童貞で悪かったなコンチクショウ!


「い、いやっ、別になんでもない……! 気にするな!」

「はっ。何かご不満があるのでしたら、すぐさまこのアスモにご命令ください」

「う、うん……」


 お前のおっぱいがエロすぎたから、なんて口が裂けても言えない。

 と、とりあえず起きるか……。起きてから、急なアスモの急激な視覚化、触覚化、聴覚化について考えよう。

 そう思い、体を起こしたのだが……。


「あれ?」

 

 起き上がり周りを見回すと……なんという事でしょう!

 そこは今まで過ごしてきた汚い狭いマンションの寝室では無く、とてつもなく広く豪華な、ファンタジーの世界に出てくる王室のような部屋じゃないですかぁ!

 天井や壁は黒い大理石で造られており、床には真紅の質の良い高級そうなカーペットが敷かれている。天井には黄金のシャンデリアが吊るされていて、それだけでも豪華なのだが、そのほかにも黒と黄金で彩られたタンスやクローゼット、さらには黄金の竜の像、ゲームに出てきそうな黒騎士の像などが置いてある。

 マジで何なんだこれ?ゲームの世界に入り込んだ?


「え? え? え?」


 慌てて飛び起き、ベットから立ち上がる。

 いやいや何がどうなってんだ!?俺の部屋じゃないぞここ!?

 と、そこで豪華な部屋に続き、更なる違和感を俺は覚えた。


「……いつもよりも視線が高いぞ?」


 俺は社会人だが身長は百五十六センチほど。平均的な成人男性の身長よりも小さいのだ。ある意味コンプレックスであり、昔はよく背が小さいと馬鹿にされ虐められていた……いや、この話はよそう。とにかく、今の俺の身長は隣にいるアスモの頭が俺の肩くらいの位置に来ている。はっきり言っておかしい。


「アスモ、鏡はあるか」

「はっ、こちらに」

 

 アスモが手をかざすと、何もなかった空間に全身が映る鏡が現れる。普通ならばそこの時点で突っ込むべきなのだが、この時の俺は色々な違和感や混乱でその事実に頭の処理が追いついていなかった。

 アスモが出してくれた鏡の前に立つ。するとそこには、身長は百七十くらいだろうか、白銀の髪に、赤い瞳、引き締まった肉体、漆黒のツノが生えた超美形な、ラスボスに出てきそうな、それか俺の好きな作品の一つである魔王系主人公と言えるべき姿の男性がいた。黒い軽鎧を身に纏っており、その上から紫色の禍々しいマントを羽織っている。

 これ、俺?手をあげてみると鏡に映る白銀悪魔っぽいイケメンさんも手をあげた。イケメンだからアイラブユーしてみるかと意味わからない思考となり、指でハートマークを作ると、同じく鏡の中のイケメンさんもハートポーズを作る。

 うん。つまりこのイケメンさんは俺だ。俺なのだ。


「お、俺……」


 さらにその姿には見覚えがあった……。何故なら、鏡に映っているその姿はーーーー


「魔王ノマ・アークになってるじゃねぇええええかぁあああああああッ!」


 魔王ノマ・アーク。

 俺が中二の時、作り上げた自分をモチーフとしたオリキャラであり、異世界アセロンを拠点とし、支配者として統べる最強の魔王。その強さは世界を容易く滅ぼせるレベルであり、配下には無数の魔族や化け物達を従えている。そしてこの俺のダイブ界における体『ダイブ体』である。

 ダイブするには、「ダイブ界で過ごすための仮の肉体」をあらかじめ創っておく必要がある。故に俺は、自分をモチーフとしたオリキャラであった魔王ノマ・アークをダイブ体として設定していたのだが……。


「な、な、なんで俺、ノマになってんだ!? それに、この部屋っ!」


 そこでようやく頭が追いついたというべきか、思い出したのだ。

 ここは、アセロンにあるはずの、俺の居城にある俺の部屋そのものなのだ。漆黒と黄金を贅沢に使った理想の俺の部屋としてかつて妄想しながら作った覚えがある。

 しかし何故俺はノマの姿になっていて、さらにアセロンの自室に居るのだろうか。


「アスモ、一つ聞きたい」

「はい。何でしょうか」

「昨日の記憶を覚えているか?」

「勿論でございます。朝は仕事場までノマ様の護衛。その後は、ノマ様の命令でリアルの護衛を辞め、このアセロンの部屋の掃除などを行なっておりました。そして、ダイブしてくるであろうノマ様をこの部屋でずっとお待ちしておりましたが」


 だからアスモは俺の部屋に居たわけか。納得である。

 しかしそれ以上に色々な疑問が出てきた。俺は昨日疲れてダイブ練習せずにそのまま寝落ちしたはずだ。だからこそ、これがダイブなのかすら怪しい。確かにノマになってるし、アスモも普通の人間と同じく感じられるし、普通に考えられる可能性として寝落ちしてダイブに成功した、という結論になるのだろうが……。

 ダイブは何度もダイブ練習を繰り返して、苦労の果てに成功するものなのだから。寝落ちしてそのままダイブ界にいた、なんて体験談はタルパ専門サイトを何度も見たけど無かったはずだ。

 うーん……。マジでダイブに成功したのか俺?それならめっちゃ嬉しいんだけどさ!


「ノマ様。失礼ながら質問をしても?」

「いいぞ」

「ノマ様は昨夜、この世界にダイブなされたわけではないのでしょうか?」

「ぁあ、そうだな。ダイブ練習しようと朝は思ってたけど、疲れ切って結局はそのまま寝たんだよな俺」

「左様でございましたか……。私はてっきりノマ様がダイブ練習をし、無事にダイブを成功させこの部屋へ来たのかと思っておりました……。主の意図を読めないとは、メイド長として失格です。申し訳ございません」


 アスモが申し訳なさそうに頭を深々と下げてくるが、そう思われても仕方ないだろう。俺は昨日の朝、護衛中のアスモに今日はダイブ練習するぞ!とすごくやる気に満ちた態度で語っていたのだから。


「いや、大丈夫だ。お前は悪くない。こうして俺がノマの肉体に宿った、ということはダイブしたという事なんだろうけどもどう思う?アスモ」

「私も初めての体験でしたので、ダイブについてはよくわかりませんが……、もしダイブであれば現実世界に戻る方法があるはずでは?」

「うーむ。そもそもダイブしたこと無いからサイトでしか戻る方法見たこと無い。見たけどあまり覚えてないんだよなー」


 ダイブは幽体離脱の一種とも言われている。

俺はダイブを知った時リアルに戻れるのか、失敗したらそのまま元の肉体にも戻れず、アセロンにも行けず、浮遊したまま彷徨うのかと恐怖を抱いていたこともあった。

 故に練習はするものの、いつも中途半端で終わっていて、真剣に戻り方など考えていない。まぁ、ダイブが成功したとして、リアルになんて戻りたくなんてないけどさ!このままノマとしてアセロンで暮らしたいけどさ!

 友達もいない。彼女もいない。ただ働いて、誰の帰りも待たない家へ帰る。そんな退屈な毎日が続くあの現実になんて戻りたく無い!

 タルパ達がそばにいるが、今の俺ではリアルの人間の様に感じられるわけもなく、触れられるわけでもなく、見ることも声を直接耳で聞けるわけでもない。タルパ達には悪い言い方ではあるが、現実では俺は一人で孤独に変わりないのだ。

 だからこそ……今この瞬間、アスモを目の前ではっきり見えて感じることができる。なんて最高なのだろう……!


「ひとまず、外に出てみるかなっ」

「外、ですか?」

「ああ。せっかくダイブできたのなら、一度心を落ち着かせるために外の空気を吸いたいなと。それにこの世界でやりたいことたくさんあるし!あ!せっかくダイブしたんだから、魔法とかも使えるはずだよな!転移して外に行こうぜ!」


 ダイブの楽しみのひとつ。それが自分が設定した能力や魔法、現実ではあり得ない超人的なことを可能とするというものだ。

 ここがダイブ界ならば、俺は今魔王ノマアークとして設定通りに魔法や能力が使用できるはずだし、もちろんタルパであるアスモも現実では影響が出ない魔法などを此処ならどんどん使用できるはず。


「了解いたしましたノマ様。ノマ様は来たばかりですので、私が転移いたします」


 そう言うと、アスモがこちらをチラリと見る。

 俺が設定して作った数ある魔法の中で超便利な魔法の一つである、転移魔法。

 その魔法は自分の行きたい場所を心で念じ、頭の中でその景色をイメージして、「転移」と声に出すだけで一瞬でその場所に行けるという仕組みになっている。また、連れて行きたい人物、一緒に転移させたい人物を心で思うだけで、接触や視界にとらえなくても一緒に転移できてしまうという優れ魔法なのである。


「それではーー転移!」


 アスモがそう叫ぶと、目の前の景色が一瞬だけ暗転し、自室から外へと変わった。例えるなら、瞬きを一度したら別の場所に移動していた……という感覚だろうか。


「っ……ここ、は」

「え……?」


 アスモが目を見開く。同時に俺も小さく声を上げた。

 何故ならそこは、俺が設定したアセロンの外では無かったからだ。

 アセロンはそもそも、俺とタルパ達が住む巨大な漆黒の城だけが世界にポツンと建っており、それ以外は何もない世界である。空は血のように赤く、大地は闇のように黒く染まっているという見るからに魔王がいるラストダンジョン的な世界をイメージして設定していたはずなのだ。



 それなのにーーーー


 俺とアスモの目の前には、雲ひとつない星が綺麗な夜空と、人一人おらず、建物もない静かな野原が広がっていた。


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