本
貧民街で生まれたその少年は、分不相応なことに王女に恋をした。
少年は、来る日も来る日も努力し続け、青年になるころには、なんと王女に会えるほどまで登り詰めた。
しかし、青年に付けられた生まれの差という足枷が、あと一歩の邪魔をした。
王女と引き離され、長年の恋に見切りをつけようとしていた。
しかし、その一歩を王女が踏み出した。
地位も財産も全て捨てて、青年と生きる道を選んだのだ。
そして二人は結ばれて、幸せに暮らすのだった。
「王道で素直な物語だけど、登場人物がみんな魅力的で引き込まれちゃうんだ。良いよねえ、身分違いの恋!」
「確かに面白いけどよ。王女様、ほぼ夜逃げじゃん。残された家族が可哀想だろ」
「だからいいんだろ! 家族よりも主人公を優先したんだよ王女様は! そこに大きな愛を感じるんじゃないか!」
机に身を乗り出し、食い気味に語る友人に、少したじろいでしまう。
彼が特に好きと言っていた恋愛小説を、貸してくれと言ったのが一週間前。
それから毎日のようにキラキラした目で読んだかどうか聞かれて、少しずつ面倒になってきて一気に読み進めたのが昨日の夜。
おかげで寝不足で疲れ気味の俺の脳を、かつてないほどテンションを上げ彼の声がぐわぐわと揺らしてくる。
まあ夜更かしして一気読みできたぐらいには、確かに面白い作品ではあったのだが。
「――そして、何よりすごいのは主人公の愛の力だよね!」
ひたすら語り続けていた友人が、一際興奮したような声を上げる。
「ああ、あれなあ。きっかけがただのひとめぼれなのに、それだけに自分の人生を十年近く捧げてるんだから、すごいよな。俺には真似できねえわ」
「だからこそ、王女様に思いが届いたんだろうしね」
彼はうんうんと頷き、満足そうに笑った。
それを見て俺は、ほっと安堵した。
恋愛小説なんてほとんど読んだことがなかったから、面白いと思えるか不安があったのだ。
友人の趣味を理解してあげたいという気持ちはあれど、感性が合わなければどうしようもないのだから。
それでも俺は、確かにその作品を楽しんだ。
ならば、まだ読める作品もあるのだろう。
「また別のも紹介してくれよな」
そう言って俺は微笑んで、
「あ、続編持ってきてるよ!」
その言葉とともに差し出された本を見て、笑顔が固まった。
「なんと珍しく、結ばれたその後を描いているんだ! でも蛇足じゃなくて、ちゃんと面白くてさ。特に残された王家の人たちの心情描写が――」
話半分で聞きながら、渡された本を眺める。
分厚い。俺が普段読んでる本の二倍は分厚い。
ぺらぺらとめくると文字がぎっしりと詰め込まれていて、まだ寝させはしないぞという強い意思を感じさせた。
「感想待ってるからな! それじゃ!」
どうやら一通り語り終えていたらしい友人があわただしくその場を後にする。
そして一人だけ残された俺は少しだけ考えて、
「仕方ないなあ」
そう呟いて、俺はまたその1ページ目を開くのだった。
練習なので、よければ忌憚のない感想をください。