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短編集  作者: 火海坂猫


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ゾンビもの短編


 よくフィクション映画を見ている時に思うことがある。あるシーンを見ていて現実ではありえないとか、自分ならもっとうまくやれるとかそういう感想だ。けれどフィクションはどこまでもフィクションで現実と重なることなんてまずありえない…………だからその思考を実践する機会なんてやって来るはずも無いのだ。


 しかし、しかしだ。現実というものは大抵起こって欲しくない事だけは実現する。


 そんな考えを試す機会なんて、別に一生必要は無かったのに。


                ◇


「ねえ先輩」

「なんだ後輩」


 そこはとあるアパートの一室。高校生くらいの男女が居間のソファに並んで座っていた。先輩と呼ばれた少年の方は気だるげな表情を浮かべており、後輩と返された少女はどこか不安げな表情だった。


 そしてそんな二人に共通していたのが服装の乱れだ。どちらも高校の制服らしきものを着ているのだが激しい運動でもしたように乱れており、そしてどちらもそんな余裕もないのか直すこともせずただソファにもたれかかっている。


「ゾンビ、いっぱいですね」

「そうだな」


 窓に近づく必要も無く、外から聞こえる音がその存在を物語っていた。無数に重なり合うそのうめき声は大量の人のなれの果てが窓の下に集まっている証拠だ。ようやく落ち着けた現状でわざわざそんなものを直視してまで確認したくはない。


「全く、なんでこんなことになったんだか」


 少年は大きく息を吐いてほんの数日の間の出来事を思い出す。海外での謎の暴動事件が話題になって、その原因が人間にのみ感染する特殊なウィルスであることが判明した頃にはもはや手遅れ。感染は収集不可能なくらいに世界中に広がってしまってた。


 原因は映画などでよく見るゾンビウィルス。そんなものが存在するのかと誰もが思ったけれど、実際にそうとしか言えないものが感染爆発してしまったものが現状だった。それが日本にも飛行機経由でやって来て、政府が対応を決める前にあっという間に広がって二人の暮らす街にもやって来た。


「先輩は生き残ってる人いると思います?」

「まあ、俺らみたいに逃げ延びた人はいるはずだ」


 外にいる時はひたすら追いかけて来た感染者も二人の姿が見えなくなるとどうやら落ち着くようだった。最初はこのアパートの扉もバンバン叩いていたが今はその音もない。外に集まった連中も二人を狙って待っているというよりは待機状態になったという感じだった。


「多分、少数なら生き残れた可能性は高い」

「…………避難所とかは駄目ですか」

「ああ」


 泣きそうな表情で尋ねる少女に少年は沈痛そうに頷く。


「あくまでこれはパンデミックなんだ。感染者は確かに脅威だがそれから守るために集まるなんて愚策に過ぎる…………それで起こることなんてゾンビものの定番だ」


 普通何かしらの感染症が流行れば人が密になるのを避けるべきだ。しかし感染者という明確な脅威に対してそれが守られなかった。密閉された環境で誰か一人でも感染者が混ざっていればどうなるかは正にゾンビものの定番の事態だ。


「お父さん、お母さん…………」

「悪いな」


 避難所になった市民体育館への移動を反対したのは少年だった。


「…………先輩のせいじゃないです」


 そのおかげで少女はこの場に生き延びているのだから。


「でも、これからどうしましょう」


 ようやく気分が落ち着いてきたのか、少女は服の乱れを直しながら少年に尋ねる。


「そりゃまあ、まずは現状の把握だろう」


 二人は追い立てられるまま鍵の開いていたアパートの一室に飛び込んだ。そして今まで半ば呆然としながら休んでいたので現状把握はほぼ出来ていない。


「というかこの部屋の安全確認くらいは真っ先にやっておくべきだったな」


 安心したところを潜んでいた感染者がなんてのは正に定番なのだ。


「あっ」

「まあ、今まで大丈夫だったならほぼ問題ないと思うがな」


 今気づいたというような少女に少年は肩を竦める。もしもこの部屋に感染者が残っていたならとうの昔にどちらかが喰いつかれていたことだろう。


「だが念のために確認するか…………ついでに使えそうな道具と食料も探すぞ」


 大きなアパートではないので室内は部屋が二つにキッチンとトイレに風呂程度。確認もすぐに済むが見つかる物もそれほど多くは無いだろう。


「一応手分けはせずに二人で確認だ」

「はい、先輩」


 映画などでは効率の為に別れて確認することが多いが、危険と遭遇する可能性がある物事は最低でも二人一組で動くべきなのだ。不意を突かれた時に助けに入れる人間がいるかいないかでは生存には大きな違いがある。


 とはいえこの場合はあくまで念の為であり、特に問題が起こることもなく二人は室内の確認を終えた。見つかった食料は一人暮らしの家だったようでそれほど多くは無く、使えそうな道具も簡単な大工道具程度だった。


「籠れて三日ってところだな」


 食料だけで見ればそんなところだった。


「ペットボトルの飲料は貴重だからとりあえず水道でいい…………ただこの状況で生を飲むのは怖いから煮沸して湯冷ましを飲もう。幸いガスもまだ残ってるみたいだしな」


 水道局がまだ機能しているかは知らないがとりあえず水は出るし、このアパートのガスはタンクの交換式のようだからそれが無くなるまでは使える。水に関しては感染の状況からすれば生で飲んでも問題ないだろうが念の為だ…………例えばだが水源に感染者の死体が浮いている可能性だってゼロではない。


「はい、すぐやりますね」

「頼む」


 この状況下において並行してやれることはすべてやれるうちにやるべきだ。ほんの一時間後の二人には悠長にお湯を沸かしている余裕もないかも知れない。


「それで先輩」

「なんだ?」


 やかんや鍋を火にかけながら尋ねる少女に少年が聞き返す。


「これからどうするんですか?」

「そりゃあ三日以内にここから出るしかないだろう」


 人間食べなければ死ぬのだから他に方法は無い。


「えっと、でも三日分の食料って言っても切り詰めれば一週間は持ちますよね? その間に救助が来る可能性だって」

「あると思うか?」


 やや冷たい声で少年が返すと少女は押し黙る。


「俺だって他人を当てにできるならそうしたけどな…………インターネットどころかラジオだって通じやしねえ」


 それでもまともに公的機関が機能しているなら何かしらの方法で生存者に知らせがあるはずだ…………けれど今のところそんなものは無い。


「確かに切り詰めれば一週間、水だけは潤沢にあるからやろうと思えばここに一月だって籠ることはできるだろうさ」


 それは確かに安全という意味では時間を稼ぐことが出来る。


「だけどそれで助けが来なかったらどうする? 栄養失調の状態でようやく脱出しようと思ってもそんな体力ないだろう」


 こんな状況下だからこそ体調は万全であるべきなのだ。もちろんベランダ伝いに他の部屋に渡るなど追加の食料調達の手段もなくはない…………けれどそれはリスクを伴うし破局を先延ばしにするだけだ。


「じゃあ、三日以内にここを出るんですか?」

「違う」


 少年は首を振る。


「三日以内にここに集まっている感染者を全滅させるんだ」

「えっ」


 驚きで少女の表情が固まる。


「そ、そんなの無理ですよ!?」

「なんで無理なんだ?」

「だってあんなにたくさんいるんですよ!」


 少女は少年の手を引いて窓際へと連れて行く。この部屋はアパートの二階に位置するので外の様子は間近に見える。二人のいる部屋の下辺りに大勢の感染者が集まっているのが少し覗くだけで見えた。


「二百ってところか」


 ここへ逃げ込むまでに二人を狙ってそれだけの数の感染者が集まっていた。二人が休んで静かにしていたからか、今は二人を求めて蠢くこともなくその場に立って僅かなうめき声を上げているだけだ。


「そんな数を二人でどうにかするなんて無理です!」

「声が大きい」


 少年がしぃっと指を立てると少女は慌てて口を押える。


「あのな、俺たちは今どこにいる?」

「アパートの一室です」

「そうだ。そしてそれはどこにある?」

「アパートの二階、ですか?」

「そうだ」


 少年は頷く。


「俺たちは奴らよりも高い場所に居て、しかもあちらの手は届かないわけだ」

「それは…………そうですけど」

「つまり俺たちは一方的に感染者に干渉できる立場にいるわけだぞ?」


 言葉にしてみればものすごく優位な状況だ。もちろん相手が普通の人間であればアパートの入り口まで回り込んで階段を上り、その数に任せて扉をこじ開けられて終わりだ…………しかし感染者たちにそこまでの知能は無い。それなりの数が二人を追って扉の向こうまで迫りはしたが、二人の姿が見えなくなってからは沈黙している。


「映画なんかだと運よく拠点に籠れても大抵が何もしない。そのまま安穏と暮らしてアクシデント我起こって慌てて脱出、その過程で何人かが犠牲になるなんて展開がよくある」


 脱出の為の計画を練るには練るが、大抵は時間が足りないせいで粗い計画になり想定外の場所に潜んでいたソンビを前に誰かが犠牲になる。


「俺から見ればそれは自業自得だ。安全な立ち位置を確保できたならそれを維持しつつ外の脅威を確実に排除していくべきだ。そうすれば想定外の事態なんて起こらないし脱出の際の案税制も高まる」

「でもあんなにたくさんいるんですよ?」

「確かにたくさんいるな…………だが少しずつでもやれば確実に数は減る」


 結局のところ数が多すぎるという言い訳はやらないための論理でしかない。どんなに相手が多かろうがやれば減っていくのだ。それは不可能かどうかではなく根気の問題だ。


「俺たちには三日の時間がある…………一日七十体弱。一時間に四、五体ずつ処理すれば充分達成できる数字だ」

「それは…………そうだけど」

「もちろん今からすぐに始められるわけでもないし、方法によっちゃ安全確保のためにもっと効率は落ちるかもしれないがな」


 それでも二人で決して不可能な数というわけではない。


「あの、でも感染者ってそこに集まってるだけじゃないですよね?」


 アパートに集まっているのは確かに二百くらいだが、この街だけでももっと大勢の人間が暮らしている…………つまりはその感染者の数も。


「ここで減らそうとしてもその分集まって来ちゃわないですか?」


 そうなれば流石に二人で処理できる限界を超える。


「それなら大丈夫だ」


 しかし少年は確信を持ってそれに答える。


「逃げる時に気付いたが感染者には俺たちに気づいて追って来るものとそうじゃないものがいた…………それなりに距離があった奴らだ。音か臭いか視覚化までかはわからないがあいつらが獲物を知覚するにはかなり制限がある」

「そう、なんですか?」

「現に俺たちが部屋に籠って静かにしただけであいつらは沈静化しただろ?」


 外にいる感染者はぼんやりと立っているだけで、もう二人を探すような行動を取っていない。


「多分だが、今生き残っている人間の今後の生存率は高いはずだ…………生きている人間が多く活動するほど奴らが活性化するってことだからな」


 そのせいで瞬く間に感染は広がったが、だからこそ今は落ち着いてしまっているはずだった。


「えっとでも、安全にやる方法なんてあります」

「そんなのいくらでもある」


 少年はベランダの方を指さす。


「例えばあの物干し竿だ。あの先端を工具で尖らせて反対には穴を開けて回収用の紐を通せば即席の槍になる。ここは二階だから投げ落とすだけで簡単に頭に突き刺さるだろう」


 回収するのも単純に腕で引き上げるのではなく、ベランダの柵を支点にして体重をかけて引き上げれば腕力の消耗も抑えられる。その分ロープの耐久は削られていくだろうが幸いにしてロープの代わりになるものはいくらでもある。


 仮に竿を回収し損ねたとしても多少のリスクはあるが隣の部屋のものを回収して再び加工すればいいだけ…………つまり何度かはリカバリーが利く。


「でも、先輩」

「なんだ?」


 聞き返す少年に少女は躊躇うように口を開く。


「先輩はあの人たちを…………みんな、殺せるんですか?」


 感染者ではなく、あの人たちとあえて少女は呼んだ。


「殺せるも何も…………ここまで殺して来たじゃないか」


 少年は少女がずっと握っていたバットへと視線を向ける。部屋を調べる時はもちろんとしてソファで休んでいる時も彼女はそれを離さなかった…………その気持ちは彼にもわかる。それが外での安全を保障してくれた唯一のものであるからだ。


「だってあれは…………仕方なかったじゃないですか」


 迫る感染者の頭をそれでぶちのめさなければ二人とも死んでいた。


「そうだよ、仕方がない」


 言うなれば正当防衛だ。感染者の治療が可能かどうかなんて現状ではわからない。もしかしたら今も機能している公的機関がその治療法を必死で研究している最中かもしれない…………だがそんなことは今危機にある少年や少女には関係がない。


 例えそれがいつか治療可能な物であったとしても、今を生きるためにそれを踏みにじるのは正当な権利だ。


「だから、あれも仕方がない」


 確かにそれは目の前に迫る脅威というわけではないが、今のうちに排除しておかなくては詰みになる可能性もあるものだ。


「俺は俺の安全の為に将来助かるかもしれない人たちを殺せる」


 もちろん彼らが助かる可能性が本当にあるかどうかなんて少年にはわからない。少なくとも現在政府機関からの放送などは全くないし、仮に研究が行われていたとしても一朝一夕に完成するようなものではないだろう…………その間にあの感染者たちは朽ちていくのではないだろうか。


 なにせ見た限り日差しや雨などを避ける様子もないし、非感染者を襲う意外に水や食物を採っている様子もないのだからそう遠くない内に活動不能になるはずだ。


 問題はそれよりも前に二人が襲われる可能性があることで、だからこそ今排除しておく必要があるのだ。


「それでもまあ、お前に抵抗があるのはわかる」


 襲ってくる相手に必死に対抗するのではなく、少年が提案しているのは安全な位置で行う作業的な処理だ。もちろんそれが出来るからこそ少年は今やるべきだと判断しているが、心理的に抵抗があるのは理解できる。


「だからまあ、ぶっ刺してのは俺がやる。お前は周囲の警戒と引き上げる作業だけ手伝ってくれればいい」

「…………すみません」

「謝るな」


 これは向き不向きの話でしかないのだから。普通に考えておかしいのは自分の方だと少年は理解している。


「じゃ、やるか」


 気軽に、これまでの日常の延長の様に少年は準備を始める。


 それに少女は、今度こそ躊躇うことなく追随した。


                ◇


「ねえ、先輩」


 淡々と山を崩すように作業を進める中で少女が口を開く。


「なんだ?」

「もしも私たち以外の生き残りがいなかったら、先輩はどうします?」

「どうもしない」


 迷うそぶりも見せずに少年は答える。


「生き残りがいようがいなかろうが…………これまで通り、俺はお前を守るだけだ」

「…………はい!」

なろうでの一話分+αで書いたら短すぎてヤマもオチも無く終わった。でもこれ以上書く気もしないのでこの話はここで終わりです。続きを書くと色々設定に矛盾があるのが露呈して困るしね。

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